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与野党は正面から憲法を争点にすべし

2013年07月03日 20時30分 JST | 更新 2013年09月02日 18時12分 JST

憲法改正が参院選の争点に浮上してきた。国政選挙で憲法改正が争点となるのは昭和33年(第28回衆院選)以来、55年ぶりとなる。

周知のとおり、現行憲法典は一度も改正されていない。改正するには、衆参の総議員の「3分の2以上」の賛成に加え、国民投票の承認(過半数の賛成)が要る(96条)。以上のハードルは、きわめて高い。だが、そう認めない論者もいる。たとえば「毎日新聞」は社説で、こう自民党の主張を批判した(今年5月3日付)。

外国と比べて改憲条件が厳しすぎる、というのも間違いだ。/米国は今も両院の3分の2以上による発議が必要だし、59回も改憲している例として自民党が引き合いに出すドイツも、両院の3分の2以上が議決要件となっている。

だが、その米国にもドイツにも、日本国憲法96条の国民投票に類したハードルはない。失礼ながら、間違っているのは毎日新聞のほうではないのか。

いまなお代表的な教科書の指摘を借りよう。

「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」と、国民投票における「過半数の賛成」という要件は、他国に比べて、硬性の度合いが強い。
(芦部信喜『憲法』岩波書店)

硬性の度合いが強い。言い換えれば、改憲条件が厳しい。ゆえに「硬性の度合い」を多少、緩和する程度の改正は許される。

けっして独り善がりな解釈ではない。古い教科書も、こう明記していた。

国会の議決における「硬性」の度合いをいくぶん変更したりする程度の改正は、改正権者の意志に委せられているものと解せられる。
(清宮四郎『憲法Ⅰ』有斐閣法律学全集)

自民党は、発議要件を「3分の2以上」から「過半数」へ緩和すると同時に、国民投票のハードルも残した改正草案を公表した。以上は「硬性の度合いをいくぶん変更したりする程度の改正」に過ぎない。

もし、それすら許されないのなら、改正要件を定めた96条は未来永劫、改正できない〝世界遺産〟になってしまう。それを当然視する向きもあるが、それでは憲法典に改正条項が明記された意義を失わせかねない。

7月2日、民主党の海江田万里代表が街頭演説で「憲法の中身をどうするか言わずに(発議要件を)2分の1に変えるのは間違っている」と安倍自民党を批判した。しかし、この批判は当たらない。自民党は「憲法の中身をどうするか」を明記した「日本国憲法改正草案」を公表しているからだ。民主党その他の政党こそ、憲法の中身をどうするか具体的に明示せず、自民党案を批判し続けるのは公正でない。いささか卑怯な態度ではないだろうか。

そもそも憲法を改正すべきでないというのなら、正々堂々そう主張すべきであろう。もし、本気でそう主張するなら、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と明記された憲法前文が、今日の国際環境で妥当である根拠を明示してほしい。憲法明文の根拠を持たない「自衛隊」をどうするのか、明言してほしい。元自衛官として申し上げる。これ以上、自衛隊をもてあそぶのは、止めてほしい。

自民党とて例外でない。正々堂々、憲法改正を訴えてほしい。相次ぐ「いまは改憲より経済優先」云々の発言は、せっかくの機運に水を差す。

昨年12月の総選挙では、憲法改正に前向きな自民党、日本維新の会、みんなの党の3党が「4分の3以上」の議席を占めた。単純に合計すれば、衆院の発議要件は整った格好だ。

さて今後、参院はどうなるか。果たして(非改選を含め、ないしは三年後)改憲勢力が「3分の2以上」を占めるか。そうなれば、晴れて憲法改正が発議できる。

そのときのためにも、自民党などは改憲姿勢を崩すべきでない。この期に及んだ姑息な振る舞いは、後世に禍根を残す。甘言を弄して参院選に勝利し、憲法改正を発議できたとしても、それでは国民投票のハードルを越えられない。あとから「平成25年夏の参院選で自民党は有権者を騙した」などと指弾されることのないよう、せつに望む。

憲法は名実ともに、わが国の最高法規である。改正までの道筋に一点の瑕疵も残してはならない。