政治を動かした南アフリカの学生たちのデモ

2015年10月、南アフリカのほとんどの公立大学で、学生たちが立ち上がりました。

南アフリカの大学が大揺れに揺れています。

2015年10月、南アフリカのほとんどの公立大学で、学生たちが立ち上がりました。

最初はヨハネスブルグにあるWITS大学という、世界でも高い評価を受けている名門校で、来年の学費が約11%以上にも高騰する、ということに反対した学生たちのデモがきっかけでした。次に続いたのは、娘ショウコが通う、Cape Town 大学の学生たちでした。

Cape Town大学を始め、多くの公立大学が、いままさに始まろうとしていた学年末試験(南アの学校は、1月中旬、あるいは2月から11月まで)を中止して、学生たちとの交渉に当たっています。

23日は朝から首都プレトリアで、大統領Jacob Zuma氏に彼らの代表者たちが会って交渉するために、そのサポートをする数万人の学生が首都を目指して歩き始めたのです。

余談ですが、南アの非常に著名で実行力のあるNGO、Gift of Giversという団体が、大統領の執務室があるUnion Buildingまで歩いてくる学生たちに飲み物やスナックの提供をする、という報道が流れました。

これは、多くの南ア人の層が、学生たちを支援している表れ、と受け取られ、一気に学生たちへの支持が拡大しました。

英国ロンドンでは200名ほどの支援者が集まり、学生たちのデモの応援をしました。そういった様子はBBCや欧米のメディアでも大きく取り上げられ、南ア国内のメディアでは中東で起こった"アラブの春"と同じようなもの、と捉える記事もいくつか目にしました。

学生たちが立ち上がった背景は複雑です。

まず、この動きは、以前このコラムでも書かせていただいた、南アの大学のキャンパスで広がった、Rhodes Must Fall という白人至上主義の過去の遺物や考え方を排除せずに、南アに未来は来ない、という運動と無関係ではありません。

ソーシャルメディアでこの一連の動きは、上のRhodes Must Fallを受けて、#Fees Must Fallと名付けられました。

今年に入ってから、南ア全国の大学で、多くの学生たちがいまだに続く白人が牛耳る教授職や経営陣の体制に異論を唱え始めました。中でも、Cape Town大学は、いまだに経営陣は白人が圧倒的であり、授業料も他の大学に比べると高額なため、その不満のくすぶり方は、今回の授業料値上げが10%越えることをその激しい怒りに油を注いだような形になりました。

南アフリカで大学(短大を含む)に進学するのは、人口の2割程度です。しかし、学位を習得し卒業できるのは、入学時の45%に当たる学生です。55%もの学生が、学業の厳しさ、そして経済的な理由から脱落していきます。南アの大学は英国の大学に近いものがあり、一般教養的な科目はほとんどありません。息子は建築の修士課程、娘は舞台芸術の学士課程でそれぞれ勉強していますが、週の途中は授業と課題に終われ、アルバイトなどする暇もなければ、週末の数時間を除く以外遊ぶ時間もないほど忙しい学生生活を送っています。学位をとる課程は厳しく、教科をひとつでも落とせば即、留年です。

今回、学生たちが求めていたのは、来年の授業料の値上がりを0%にすること、将来的には、大学の学費を無料にすること、そして、大学内で働くスタッフの雇用条件を改善することでです。

教育省の大臣が、最初、上げ幅を政府の発表しているインフレ率6%という数字を提示しましたが、学生たちはそれを受け入れることなく、大規模なデモが連日続きました。そして、とうとう10月23日、Zuma大統領から、少なくとも2016年の授業料の値上げはなし、という回答を引き出したのです。

ただ、大統領はまだどこを財源にこの提案を実現させるのか、ということを明言しておらず、不安はまだ続いています。タスクチームを立ち上げて、将来の大学無料化などを検討させる、ということまでは約束したのですが。

南アでは、私立の大学は数が限られていて、学生はほとんどが公立大学を目指します。年間の授業料は大学ごとに差はあるものの、約40万円から70万円ほど。生活費は寮に入ったとしても食費を含め、年間60万円はかかります。そうすると、大学生の学費、生活費は最低でも年間100万円はかかってしまうのです。

これは日本の感覚では安い、と思われるかもしれません。が、南ア全体で、国民の9割近くが所得税を払う義務から免除されているくらい少ない所得しかないのです。実に、人口のたったの13%しか所得税を納めていないのです。所得税は月額6.5万円から発生します。つまり、国民の9割近くが月収6万円以下の収入しかないのです。年額100万円を月単位で考えると優に8万円を超えてしまいます。月額6万円の収入ではいかんせんこれを負担するのは不可能です。

故に、多くの学生は奨学金や教育ローンを組んで、やっと金銭的な工面をします。よく聞く話が、卒業に必要な単位はすべて履修しているのにも関わらず、卒業するためには、大学への授業料の支払いが滞っていて、卒業証書をもらうのに数年かかってしまった、という例です。

それだからこそ、今回の学生たちのデモは、多くの人々の支援を得ました。一部ではタイヤを焼いたり、バリケードを張ったり、という暴力に走った学生もいたようですが、多くはかなり平和的にデモをしていました。

その正反対だったのは、警察の対応です。催涙弾やゴム弾を撃ったり、スタン手りゅう弾と言われる"武器"を使って学生たちを鎮圧しようとしました。これは、いま、やりすぎであった、と様々な人々が意見を述べています。

さて、学生側は当初の要求の一つであった、授業料凍結を勝ち得ました。が、デモはまだまだ続いていて、2015年10月26日現在、多くの大学の授業はまだ再開されていません。

どうしてかというと、学生側のもう一つの要求が、まったく解決の糸口さえ見えてきていないからです。

大学で働く多くのスタッフは、派遣労働者です。学生側はこれこそ、昔からあった人種に階級性がある制度の名残であり、大学では労働者を直接雇用し、彼らの待遇を改善しろ、という要求を強くしているのです。

この闘争、解決策が打ちさされるには、難題がまだまだ山積みです。

二人の大学生を持つ私としては、彼らの気持ちは痛いほど分かるとしても、学年末の試験が受けられないとすると、結果的に彼らの今年の努力とか、授業料は、どうなるのかな?と不安も募ります。

デモの最中にソーシャルメディアを活用する学生たち

写真のクレジットはすべて、 Shoko Yoshimura。

(2015年10月26日「空のつづきはアフリカ」より転載)

注目記事