小学3−4年生を対象にした放射線教育の実施レポート

南相馬市立原町第二小学校の山邉彰一校長先生から依頼を受け、小学3-4年生を対象にした出前授業「放射線(ほうしゃせん)って何だろう?」を実施いたしました。

東日本大震災とそれに伴って発生した福島第一原子力発電所の事故から5年4ヶ月が経過しようとしている現在、南相馬市では各地で相馬野馬追の準備が行われています。

さて、私たちはこの度南相馬市立原町第二小学校の山邉彰一校長先生から放射線教育の依頼を受け、平成28年7月5日に小学3−4年生を対象にした出前授業「放射線(ほうしゃせん)って何だろう?」を実施いたしました。対象となるこどもたちは震災当時就学前の幼稚園生あるいは保育園生であり、担任の先生によると「避難の経験は覚えていたとしても極端な被災経験については覚えていないかもしれない」とのことでした。

一方、校長先生のお話では一般的に学校現場での放射線教育では専門家が持ってきた放射線測定器を使った実習や霧箱などによる放射線の可視化実験などが行われることが多いそうです。

確かにそれらはある程度科学の基礎知識がある大人向けであれば有効なやり方だとは思いますが、放射線測定器にしろ、霧箱にしろ、一般の人々の生活の場では目にすることがないものですので私は大人にもこどもにもわかりやすい放射線教育にはもっと別なやり方があるのではないかとずっと思っていました。

南相馬サイエンスラボは「人々に実験や観察を通して科学の素晴らしさを伝えること」を目的にした任意団体で、私たちは設立からこれまでの2年間で科学や農業や食育や乗馬などをテーマに40回を超える親子で学ぶ体験教室を実施してきました。そうしたイベントでいつも大切にしているのは身近なものを題材にして科学の素晴らしさやものごとの仕組みなどを体験を通して学ぶやり方です。

私たちが親子イベントを行う際にそうしたやり方を貫いているのは私が学生時代に指導教官から「研究者にとって難しいことを専門用語を多用して難しく説明することは簡単だが、難しいことを身の回りにある身近なものを使って出来るだけ専門用語を使わずに相手にわかりやすく説明することが実は一番難しいのだ」という内容の指導を何度も受けていたことが理由です。

さて、今回の出前授業の対象は小学3−4年生でした。大人でも目に見えない放射線への心配や不安を感じている人がまだ存在している中で、基礎学力がまだ不十分な彼らに対してシーベルトやベクレルといった生活の中でおよそ触れることのない専門用語を使うことは出来ません。

さらにじっと座って長い時間話を聞くことが難しい年代でもあることを考えれば彼らに対して放射線教育を行う際には座学だけではなく体を使った遊びなどを通して理解させることも必要であるとご理解いいただけるかと思います。

原発事故によって福島県の特に浜通り地方には岩手県や宮城県ではほとんど問題にされない放射能災害によって今も故郷を追われて生まれ育った家に帰ることが出来ないでいる人が数多く存在します。

地震による家屋の倒壊や津波被害だけであればこのようなことには成らなかったことを考えれば、震災から5年が経った今、改めてこどもたちに放射線教育をきちんと行い、今後避難指示解除がなされていくであろう浪江町や飯舘村の人々が抱えている問題を正しい知識によって理解できるようにすることは教育に携わる人間として大切なことだと私たちは考えています。

<放射性物質・放射線・放射能・半減期について>

さて、科学的知識が十分ではないこどもたちに専門用語を出来るだけ使用しないで放射線教育をどのように行うかは大きな課題ですが、その最も有力な候補は南相馬市に震災以降何度も訪れて人々に対して放射線教育を行ってくださっている上昌広教授のチームの手法だと私たちは考えていました。上先生のチームが行っている放射線教育とは放射性物質をプロ野球のピッチャーに例えるやり方でした。以下にそれらの対応一覧を示します。

・ 放射性物質(プロ野球のピッチャー)

・ 放射線(野球ボール)

・ 放射能(ボールを投げる能力)

・ 放射線のエネルギー(球速)

・ 放射線の種類(球種)

・ デッドボール(被曝)

・ 半減期(投球数が100球を超えて疲れてくること)

今回私たちはまず初めに公園などのボールプールに使われている柔らかいプラスチック製のボールを200個準備し、楽天ゴールデンイーグルスの野球帽をかぶり、こどもたちが担任の先生に対して実際にそのボールを投げる(ぶつける)ことで放射性物質・放射線・放射能について理解させるとともに半減期に関しては「疲れて半分元気が無くなること」と教えました。運動会の練習などで校庭を走る際にも疲れてくると速く走れなくなることなどを説明するとこどもたちもそれぞれの用語の意味をよく理解してくれたようです。

<電磁波の種類と生活現場での活用事例>

次に放射線が電磁波という大きなグループの一員であることを身近にあるラジオ(電波受信機)、携帯電話(マイクロ波送受信機)、リモコン(赤外線送信機)などを使って実際に電波の受信実験(特定の周波数に合わせて地元のラジオ番組を聞く)、マイクロ波の送受信実験(携帯電話でスタッフと会話)、赤外線の送信実験(リモコンでプロジェクターのメニュー画面を操作)などを行いました。これらの実験によってこどもたちは電磁波というものが生活の身の回りで広く使われていることを理解できたようです。

<太陽光線も電磁波の仲間>

さらに太陽光線に含まれている可視光線と赤外線、紫外線など目に見えない光成分に関して虹を使って説明しました。こどもたちにとっても大人にとっても虹はとても美しい自然現象ですので、そうしたものもわかりやすい題材なのだと改めて感じました。

<懐中電灯(光)を使った電磁波の性質>

続いて懐中電灯を10個使って数を増やすことで明るくなること、距離を大きくしていくことで暗くなることを実験によって示しました。これにより放射性物質から放出される放射線の影響を防ぐには放射性物質から離れることが大事であるという基本をこどもたちも理解できたようです。

さらに光であれば下敷きなどで遮蔽することが可能ですが、放射線の場合は通り抜けてしまうものもあるので注意が必要であることを説明することで光と放射線の性質の違いなどについても触れました。放射性物質と放射線測定器という「実物」を使うことが難しい教育現場ではこのやり方が最も妥当なやり方だと私たちは考えています。

<除染と農業復興への取り組み>

最後に南相馬サイエンスラボが公益財団法人浦上食品・食文化振興財団の支援を受けて行っている親子農業食育教室で実施した除染、野菜苗の定植、野菜の収穫、放射能測定、調理(カレーライス)と試食に関する活動紹介を行いました。

(1)南相馬サイエンスラボの敷地内にある畑の表土を5 cm, 10 cm, 15 cm掘ってそれぞれの土の放射能測定を行った結果、予想通り表面5 cmに全体のほとんど(86%, 1,200 bq/kg)が含まれていることが分かった結果を示し、

(2)表土を取り除き、堆肥などを混ぜてそこに親子で一緒に茄子、胡瓜、トマトなどの夏野菜を定植した様子を示し、

(3)親子で一緒に収穫した夏野菜の放射能測定を行い、どの野菜からも放射性セシウムが検出されなかったこと、それらを使ってカレーライスを作って食べた様子などを示しました。

これらの活動は科学的な調査結果をもとに規模は小さくとも表土を除く除染を行い、安全を確認した畑でこどもたちによって植えられた野菜を育て、再びこどもたちが収穫する喜びを体験するだけではなく、保護者の方にはそうした除染を行うことでまた再び農地を再利用できるようになること、測定によって地元で流通している野菜の安全性は確認されていることなどを知ってもらうことが目的でした。

校長先生のお話では今回の出前授業に参加したこどもたちが通う南相馬市立原町第二小学校やこどもたちの自宅周辺などはすべて除染が済んでおり、安心して学校生活を送ることができる環境が整っているそうです。今後こうした「放射線って何だろう?」を学んだこどもたちがこれから避難指示解除がなされていく飯舘村や浪江町の人々が現在も抱えている問題を理解するための助けとなることを期待しています。

<謝辞>

今回上昌広先生のご好意と原町第二小学校の山邉彰一校長先生のご依頼によって初めてこどもたちを対象にした放射線教育を実施することが出来たことについて改めて感謝申し上げます。ありがとうございました。

今回の出前授業をきっかけにして、上先生に教わったこども向けの放射線教育のやり方(学校現場での指導法)を放射能災害を受けた南相馬市から全国に発信し、原子力発電所が抱えている問題をこどもたちに正しく伝え、そうした問題を将来にわたって共有できることが出来ればと心から祈っております。

<最後に>

南相馬サイエンスラボは現在、福島県の担当者とNPO法人化に関するやりとりを行っている最中です。今年の秋には特定非営利活動法人として再出発をする予定となっております。地域の自然や歴史あるいは専門家などの「地域資源を活かした地域教育を主体とした新しい学校」を南相馬市に作ることを目標に益々頑張ってまいりますのでどうか今後ともご理解とご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。この度は誠に有難うございました。

<略歴>

昭和46年生まれ(福島県福島市出身)。幼稚園生の時に昆虫採集に熱中していたことで将来「いきものはかせ」になると決意。福島高校から埼玉大学、同大学院を修了し理学博士(専門は発生生物学)となる。その後、広島大学、日本医科大学、慶応義塾大学、東京医科歯科大学、その他バイオベンチャー企業などで遺伝子、タンパク質、糖鎖など生体物質の網羅的解析手法による癌や白血病等の病気の診断法や治療薬の開発を行う。平成25年4月に研究者から科学教育者へ転身。南相馬サイエンスラボ代表。先祖は奥州中村藩勘定奉行を代々勤めた紺野文太左衛門。平成28年の相馬野馬追いに騎馬武者として先祖の旗を背負って初参加。理学博士、高校理科教員免許、上級バイオ技術者、除染士、食品衛生責任者。趣味は家庭菜園、天体観測など。

sciencelabo2011@gmail.com

ホームページ:http://www.sciencelabo2011.com

(2016年8月17日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

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