2030年の世界のために、日本企業には何ができる? SDGsについて、そろそろ本気で語り合おう

社会変革を起こそうとしたとき、鍵を握るのが社会と密接不可分な関係にある”企業”の存在だ。

すべての人々に、質の高い教育を提供する。貧困に終止符を打つ。女性差別をなくす。――これらは一見きれいごとにも聞こえるけれど、私たちが達成しなければならない"目標"の一部だ。

国連は2015年9月、150を超える国がニューヨーク国連本部に集まった歴史的な「国連持続可能な開発サミット」で、『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』を採択した。このアジェンダに沿って、地球と人類の発展のための行動計画として発表されたのが、17の目標からなる『SDGs』だ。

SDGsの中には「すべての人々に包括的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」「あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困に終止符を打つ」といった、2030年までに各国が力を合わせて達成すべき目標が盛り込まれている。

社会変革を起こそうとしたとき、鍵を握るのが社会と密接不可分な関係にある"企業"の存在だ。アジェンダの採択から1年半が経ったいま、日本の企業はどのようにCSR(企業の社会的責任)を捉え、SDGsにどう取り組んでいるのだろうか。

朝日新聞の現役記者と一般参加者が、ともに考え社会課題の解決策を探る『未来メディアカフェ』。12回目となる今回は、2017年3月24日(金)に東京・大手町の3×3Lab Futureで開催された。SDGsを受けて「いま、日本企業が求められていること」をテーマに、活発な議論が巻き起こった。

この日は、キャスターの国谷裕子氏をモデレーターに迎え、パネリストとして住友化学代表取締役専務執行役員の西本 麗氏、慶應義塾大学大学院教授の蟹江 憲史氏、デロイト トーマツ コンサルティング執行役員/CSR・SDGs推進室室長の田瀬 和夫氏、朝日新聞 北郷美由紀記者を交え、SDGsに対する企業のあり方や取り組み方についてのトークセッションが行われた。

SDGsは、企業の"生存戦略"だ

社会変革においてキープレーヤーとなるのは、若者や企業と言われている。

特に企業は、技術も人材も設備も持っており、利益を生み出しながら課題解決をしていく存在だ。そんな大きな役割を担う企業が、今後どうSDGsと向き合っていくのか。国谷さんが、パネリストたちに問いかけた。

国谷:SDGsの採択から1年半が経ちました。田瀬さんから見て、企業の熱をどのように感じていますか?

田瀬:いま、浸透度が一気に跳ね上がる1歩手前、といったところだと思います。

気づいている企業は、SDGsを生存戦略だと思ってやっている。SDGsを使って新規事業を立ち上げるというよりも、経営理念そのものをSDGsに合わせる必要があり、そうしないとマーケットから追い出されるという危機感さえも持っていると思います。

国谷:SDGsを実践している企業は欧米に比べて少ないと言われています。何が壁となっているのでしょうか。

田瀬:SDGsは国際的な目標ではあるかもしれませんが、拘束力を持たない国連決議であって、政府の具体的指針があるわけでもなく、企業の人たちにとっては定義しづらい。「なぜやったほうがいいかが分かりにくい」というのも一因ではないでしょうか。

国谷:CSR(企業の社会的責任)は、どう変わっていくと思いますか?

蟹江:日本においてCSRは、「ついでにやるもの」というイメージが強かった。いま、さまざまな企業の中で、社会的価値を創出することが求められています。そこで出てきたSDGsは、みんなの共通言語となってゆくのではないかと思います。

国谷:SDGsが出てきて、企業はCSRを評価しやすくなったとも言われています。これまでにやってきた社会貢献をSDGsに照らしあわせながら棚卸ししてゆき、どう戦略的にCSRを作っていくかが肝ですね。

田瀬:最近では、社会的な価値を出す部分を定量化し、それによって投資を決めていこうという動きがあり、CSR担当者とIR担当者が一緒になって投資家対応にあたる傾向にあります。双方の重要な課題が、だんだん一貫したものになってきている。そして、CSRがそのまま会社の価値を測る尺度となりつつあり、CSR自体が本業となっていくのではないかと思います。

アポロ月着陸船打ち上げのように、"途方もない"目標を逆算して実現へ

ここで、会場に集まった企業のCSR担当者から悩みを聞いてみた。

「社内の上層部と現場では、CSRに対する理解の格差がある」「CSRという言葉の整理に課題を感じている」といった声が上がる。

また、「30〜40代の男性の中間管理職に理解がなく、自分ごとにできていない人が多い中で、どう説得させるかが難しい」という悩みも。そのような声に対してのブレークスルーとは?

田瀬:評価方法を変える、ということですよね。足元の売上を見ている企業は、たとえば「食糧廃棄を半減するっていうのは、うちにどう関係があるのですか?儲かるんですか?」と感じる。つながりが見えづらいことで、問題が自分ごと化されていないというのはあると思います。

ケネディ大統領が月に向かってアポロロケットを打ち上げるまでのエピソードにもありますが、SDGsは途方もない目標、いわば"ムーンショット"です。解決策は、まず目標を据えてそこから逆算し、いま何をやらなければいけないかを考えること。これは、SDGsコンパスの中にある「アウトサイドイン」(外にある課題を自社に取り入れ、事業化する)という言葉の真意だと思います。

国谷:これまで、MDGs(2000年に設定された開発目標)の取材もしてきた北郷さん。MDGsと比較して、SDGsの特徴をどう感じていますか?

北郷:MDGsよりもSDGsのほうが知られてきていますね。MDGsは貧しい国や飢餓をなくす開発協力から始まっているのですが、日本がODAを削減し、内向きになってきているのとちょうど同じ時期だったので、認知があまり進まなかった。

SDGsは、消費の仕方やライフスタイルという点で1人ひとりに関係してくるので、国連でも「先進国の課題」と言われています。SDGsは生活に多面的に関わっているので、ある意味ビジネスチャンスでもありますね。

日本企業はもともと、SDGsと相性がいい

SDGsは、ビジネスチャンスにもなりうる――。話題は、事業にSDGsを取り入れることで、企業にはどんなメリットがあるのか? 企業は変わるのか? というものに。

西本:SDGsであれ、CSRであれ、やはり社会貢献というものは「本業を通じてやる」。これがベースです。だから、SDGsができて、何かが特に変わったということではないと思うんですよね。

もともと日本の伝統的な企業は、社会性や公共性を非常に重視しながらビジネスをやってきたと思いますので、それはSDGsともCSRとも非常に親和性があるし、フィロソフィ自体は以前と何も変わっていない。

それをどうアピールしていくか、あるいは、社員の中にそれをどう意識づけしていくかという問題じゃないかと思います。そういうことができれば、もっともっと自発的にいろんなアイディアが出てくるんじゃないかと。

国谷:御社では、SDGsの提案を世界中に展開している海外支社やグループ企業からも募集されたとか。

西本:そうですね。弊社はSDGsの採択以降、社内上層部から啓蒙をしはじめ、漫画を使う、認定制度を設定するなど、浸透度を上げるためにさまざまな工夫をしてきました。

さらに、バーチャルで「サステナブルツリー」を作成し、ビジネスや日常生活を通じて貢献できることを募集して、6000件以上の提案を集めました。

3分の2は海外からの意見で、海外の方が関心が高いことがわかりましたね。今後もグループ会社を含め、全社的に共有していかなければいけないと思っています。

国谷:SDGsに積極的に取り組んでいる企業とそうでない企業の違いとは、どこにあるのでしょう?

田瀬:SDGsを取り入れていこうとする企業の共通点は、「搾取なくいい商売をしていこう」「みんなで繁栄していこう」というのが経営理念の土台にある点だと思います。

北郷:いまの若者は、自分の仕事がソーシャルアクションに結びついているかを重視します。SDGsを取り入れることは、学生を引きつけることにも貢献すると思うんですね。

企業同士の連携と女性の活躍が、社会を変える

国谷:ほとんどの人がなぜSDGsに取り組まなければいけないのか、まだ確信を持てていないのではないでしょうか?

蟹江:そうですね。ただ、このままやらないとまずいことになります。

グローバル化に伴い、私たちがエネルギーや資源をたくさん使ってきたことで、いま地球は悲鳴をあげています。それは人の面でも同じで、貧困が激化したり、格差ができたり、さまざまな問題が複雑に絡み合っている。

それを解決する知恵のひとつがSDGsです。2030年以降、次の社会のことを考えられない可能性もある、という危機感を原点として持っておかなければいけません。

国谷:先日、国連のトーマス・ガス事務次長補がわかりやすいお話をしてくださいました。昔は貧しい人に魚を与え、その次に釣り方を教えてあげれば一生食べていけた。しかし、いまは釣り方を教えても、湖や海に魚がいない世界になってしまった......。

蟹江:その問題を解決するためには、同じアイコンを持っている人が結びついて一緒にやることです。「こんないいことをやっている企業があるなら、似たようなことをやってみよう」とかね。また、認証やデファクトスタンダード(業界標準)をつくったりすることも有効です。

田瀬:SDGsを大切にしている企業は、基本的にはいい商売をしようとする。稼ぐ方法には2つあって、プラスサムで稼ぐかゼロサムで稼ぐかです。

プラスサムというのは、全体のパイを大きくしていって、その中でみんなで繁栄していこうという考え方。ゼロサムは、パイを大きくせず獲り合うので搾取が入る。SDGsを取り入れようとする企業には、プラスサムの考え方が経営理念の土台にあると思います。

国谷:目標達成には、さまざまなステークホルダーとの対話が大事だという声も聞きます。官民、NPOも含め手を取り合って社会を変革していく必要がありますし、共感力や信じる力を持つリーダーがもっと増えなければいけないですね。

田瀬:私は、日本においてはSDGsの5つ目の目標である「ジェンダー平等を達成し、すべての女性および女子のエンパワーメントを行う」が一番、重要な要素だと思っています。日本は、ここに危機感を持たないとまずいことになるのではないかと。

女性の活躍のためには、男性の意識が変わらなければいけない。私はインセンティブとペナルティ、エデュケーションの3つの要素があれば、人は変われると思っています。

モデレーター 国谷 裕子

キャスター

大阪府生まれ。ブラウン大学卒業。

NHK衛星放送「ワールドニュース」キャスター等を経て、93年から2016年3月までNHK「クローズアップ現代」のキャスターを担当。 02年第50回菊池寛賞、11年日本記者クラブ賞、16年ギャラクシー賞特別賞を受賞。

パネリスト 西本 麗

住友化学代表取締役専務執行役員

大阪大学経済学部卒業後、1980年4月に住友化学工業株式会社(2004年10月 住友化学株式会社に社名変更)に入社。20年以上にわたり、健康・農業関連事業に関わる。2009年4月に執行役員、2011年4月に常務執行役員を経て2013年より現職。健康・農業関連事業部門を統括。

2010年より農薬関係の国際団体CropLife International の農薬戦略委員会委員(2016年6月Chair就任)、2013年より日本農薬工業会の副会長、グローバルファンド日本委員会のAdvisory Boardメンバーを務める。2016年4月にロールバック・マラリア(RBM)の民間代表の理事として選出され、同年6月にMalaria No More Japan理事にも就任。

パネリスト 蟹江 憲史

慶應義塾大学大学院教授

東京工業大学大学院社会理工学研究科准教授などを経て現職。

国連大学サスティナビリティ高等研究所シニアリサーチフェロー、政府SDGs推進本部円卓会議委員も務める。専門は国際関係論、地球環境政治。特に、気候変動や持続可能な開発のガバナンス研究に重点を置き、2013年度から2015年度まで環境省環境研究総合推進費戦略研究プロジェクトS-11(持続可能な開発目標とガバナンスに関する総合的研究プロジェクト)プロジェクトリーダーを務めた。

パネリスト 田瀬 和夫

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員/CSR・SDGs推進室室長

1992年外務省に入省し、国連政策・人権人道・アフリカ開発・国際機関拠出金・人間の安全保障などを担当したのち、2004年に国際連合人道問題調整部人間の安全保障ユニット課長。大阪大学招聘教授。日本経済と国際機関・国際社会の「共創」をテーマに、企業の世界進出を支援し、人権デューデリジェンスをはじめとするグローバル基準の標準化、企業のサスティナビリティ強化支援を手がける。2014年6月より現職。

パネリスト 北郷 美由紀

朝日新聞記者

40歳手前までは政治部と国際報道部。インドネシア特派員時には政変や東ティモールの独立を取材。提携大学でのジャーナリズム講座にも6年かかわり、大学生からたくさん学ぶ。SDGs持業続可能な開発目標の取材を進めているが、自分の家族(夫と小学生の子どもが2人)の持続可能性も課題。

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