あの大ヒットドラマの主人公も、新聞記者も人工知能に仕事を奪われる日(上)

AIを東大入試に合格させるプロジェクトの新井紀子・国立情報学研究所教授と、世界のAI開発最新事情、私たちが未来に直面するAIと雇用の関係について討議された。

ゲストは「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターの新井紀子さん

皆さんとゲスト、記者が一緒に考える<朝日新聞・未来メディア塾 オープン・カフェβvol.4>(2015/5/18開催)

社会的な課題について専門家や記者から学びながら、一般の参加者が共に解決策を考える「朝日新聞・未来メディア塾」の「オープンカフェβ vol.4」が2015年5月18日、東京・渋谷の朝日新聞メディアラボ渋谷分室で開催された。「人工知能(AI)が私たちの仕事を奪う?」と題した今回は、AIを東大入試に合格させるプロジェクト(東ロボプロジェクト)を率いる新井紀子・国立情報学研究所教授をゲストに招き、プロジェクトの近況や世界のAI開発最新事情、そして私たちが未来に直面するかもしれない、AIと雇用の関係について討議された。

未来メディア塾では2回に分けて当日の模様をレポート。第1回(上)は、参加者の質疑の前提知識を共有する上で行われた、新井教授とコーディネーター役の原真人・朝日新聞論説委員の対談を中心に、驚くべき進化を遂げるAI開発の現状を報告する。新井教授がわかりやすい例えを次々に繰り出す中、まずは2021年を目標とするロボットの東大合格の可能性について討議された。いまや自動車業界やIT企業が自動運転の開発競争に注力する時代。新聞記者のような仕事もAIに代替不可能と絶対的に言えるのだろうか。 (文・ソーシャルアナリスト 新田哲史)

  • シャープ亀山工場で原記者が見た「近未来」

この日の参加者は、AIの動向に興味を持つ社会人ら約40人が参加。まずは新井教授の登壇に先立ち、原論説委員が今回のテーマについてイントロとして問題を提起した。

経済記者として約30年、日本経済の動向を追いかけてきた原記者。自己紹介では「新井さんは雇用の未来について大変心配されている。私も経済記者として同じ問題意識を持っている」と切り出した。

新井教授を取材する記者の多くが科学部所属だった中、経済記者である原記者がこの問題に関心をもったのは、ある取材体験がきっかけだった。バブル崩壊後の「失われた20年」に雇用を直撃したのは当初、多くの日本企業が生産拠点を中国等の新興国に移したことだった。ところが10年ほど前のこと。当時はまだ好調だったシャープが三重県亀山市に主力である液晶テレビの工場を建設。原記者が取材に訪れると、「巨大な工場に誰もいなくて驚いた」。すでに自動化が徹底され、生産拠点の国内回帰が雇用拡大につながっていない現状を目の当たりにした。その体験から後年、「ロボットや人工知能に雇用が奪われる」という新井さんの主張に関心を持ち、経済記者としていち早く取材。東ロボプロジェクトの動向にも注目してきたという。

東ロボプロジェクトは2011年、世界最先端の人工知能の研究をしている新井教授が中心となって始めた。AIが雇用を脅かす可能性がなかなか世の中で実感されにくく、「わかっていただきたかった」(新井教授)と話題づくりの狙いもあったが、21年の合格へ向け目覚ましい進歩を遂げている。すでに14年秋の大手予備校の模試では、8割の私立大学でA判定を受け、偏差値も50を狙えるところまで来たという。

  • クイズ王に勝ったコンピューターの"種明かし"

コンピューターが1997年にチェスの世界王者を破り、近年は米国の有名クイズ番組でクイズ王に勝利。そして日本では2年前、プロ棋士に初めて勝ったが、AIの実力のほどはどうなのだろうか。順調に進化を遂げていけば、ジョニー・デップ主演のSF映画「トランセンデンス」でも描かれたような、シンギュラリティ(技術的特異点)、つまりコンピューターが人知を超える日がやってくるのも遠くないように思われそうだが。。。

しかし、ここで登壇した新井教授は冷静な見方を示した。

「プロ棋士になる人よりも東大に入る人が多いので、東ロボが東大に入ってもおかしくないと思われそうですが、そんなに簡単な話ではない」と指摘。「脳の状態をコピーして、アップロードし、人間と同じ働きができるというSF映画があったが、脳の様々な状態を計測できることと「脳の状態をコピー」できること、「膨大なデータを格納できる」ということと「そのデータをアップロードすると勝手に動く」ということの間には埋めがたいギャップがある」と、疑問を投げかけた。

ここでスライドに映されたのが、犬と猫がそれぞれ映った写真。「どれが犬で、どれが猫か」というクイズが出されたが、人間なら一目で見分けがつく。会場の参加者も普通に難なく手を上げて回答した。すると今度は一見して犬か猫か見分けがつかない小動物の写真がアップ。会場の参加者たちが困惑する中、新井教授が「実は狐」と驚かせたのはご愛敬。画像が犬か猫かのどちらかなら、たとえそれが目をつぶっていても、人間であれば割合、正確に言い当てられると指摘した。

  • AIができること、できないこと

新井教授が画像を持ち出したのは、次のことを説明するためだった。

人間は初めて見るものでも比較的正確に見分けられるが、かつてはコンピューターにこの区別をさせることは難しかった。だが、最近はコンピューターもビッグデータや機械学習のおかげで出来るようになってきた」と述べた上で、コンピューターはデータを集めて分類はできるが、画像の猫が「猫である」ことを認識できているわけではない、つまり画像認識において識別はできるが、意味を考えるまでには至っていないというのだ。

また新井教授は、米のクイズ王をIBMのコンピューター「ワトソン」が破ったことについて「種のない手品はない」と論評。人工知能検索による膨大なデータを駆使し、固有名詞をキーワード検索的に回答するクイズ形式だったと解説した。

「ワトソンもうちの東ロボくんも記号列しかわかっていない。言葉を理解しているわけではない」と新井教授。もし現代文の問題文に夏目漱石の『吾輩は猫である』が採用され、「天璋院様のご祐筆の妹のお嫁に行った先のおっかさんの甥の娘」が誰を指すかという出題があったとしよう。人間の受験生なら前後の文脈から判断して回答することができるが、言葉を認識はできても、意味を理解しないAIにはまだ高いハードルなのだ。

その事実は現在のロボットの限界を示している。東日本大震災を機に災害現場でロボットが瓦礫を撤去して、中に埋まった人間を救助するような形での活用を期待する向きもあるが、ハードルは高い。瓦礫と人間の見分けをつけることは可能になりつつある。一方で瓦礫の中の生体反応を感知して人を傷つけないように細心の注意を払って救出するようなプログラムが実現するかどうかは、機械学習が得意な分類や検索では解くことができない。新井教授は「世界中で可能性は追求されているが、まだどこもその問題を解けていない」と語る。

ここまでの議論でAIの弱点と限界も浮き彫りになった。それでも、東ロボは昨年の大手予備校のセンター試験模擬試験で、900点中386点をマーク。偏差値は47と一見、まだまだのように見えるが、点数ごとに受験生のデータ母集団を分布した中で最も多い「最頻値」を超えたのは研究開始後初めてだった。「数年でここまで来たのはすごい」と原記者。「東大の合格目標が2021年。あと6年で行けますよね?」と水を向けると、新井教授は意外なことを口にした。(下に続く)

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