寝たきりの人がいきいきと生活するためには?【私達を支える看護学(1)】

日本では、寝ることが疾病対策の第一歩と考えられ、「生活の場」がベッドになっていることが多いです。ところが欧米では"Bed is bad"(高齢者がベッドに寝ているのは良くない)の思想が普及しています。
David Sacks via Getty Images

看護学研究の世界へようこそ!

本日より、私達を支える看護学シリーズを全5回に分けて連載させて頂きます。

皆さんは「看護」という言葉から何を連想しますか?おそらく看護師という職業ではないでしょうか。

看護師が心血を注いで行うケアは、そのほとんどが患者さんの健康を取り戻すために様々な根拠を踏まえて行われています。

その根拠を得るために多くの看護学研究が行われています。これが「看護学」という学問です。新しい学問として出てきたばかりなので、そういったことを知っている方は少ないでしょう。

多くの方は、看護師の仕事は断片的に病院で見ることやメディアから受け取ったイメージでしか知って頂けていないかと思います。しかし、看護学とは学問体系(知的)と実践体系(技術)の両面を持ち合わせた実践の学問(科学)なのです!

この知識や技術は看護師のみならず、これを読まれているあなたが身近な人の健康を守る上でも使える知識が数多くあります。

そこで、今日から数々の看護研究について紹介させて頂きます!

寝たきりの人の生活を取り戻す、看護師の起こすケア

「寝たきり」の人、2025年には230万人にも及ぶ。

日本には、「寝たきり」と呼ばれる人達は、1993年には90万人、2000年には120万人、そしてその数は年々増えつづけ、2025年には230万人にも及ぶと言われています。

この背景には、日本の高齢化と脳卒中が大きく影響しています。脳卒中は寝たきりの原因の第一位であり、全体の30%を占めていると言います。

加齢や脳卒中に伴う意識障害や運動障害は、日常生活全般にわたり支援や介護が必要になります。さらに、障害が大きくなるほど活動性が低下し、「寝たきり」状態に陥りやすくなるのです。この生活が長期化すると、心身の活動を低下させ、本来健康だったはずの機能さえも奪い、運動機能だけではなく生活の質の保障さえも危うくなってしまいます。

起こすことが自立した生活行動の再獲得を促す。

日本では、寝ることが疾病対策の第一歩と考えられ、「生活の場」がベッドになっていることが多いです。

ところが欧米では"Bed is bad"(高齢者がベッドに寝ているのは良くない)の思想が普及しています。また、スウェーデンのサービス・介護つき住宅でも、昼間からベッドに寝ている高齢者はほとんど見られない。高齢者たちは、個室に居ることさえ少なく、リビングやホビー室で過ごすことが多いともいいます。

起こすことは、患者さんを目覚めさせ、残存機能を使わせるチャンスを作り出します。すなわち、寝たきりになることを予防し、自立した生活行動の再獲得を促すのです。

しかし、もしかしたら寝たきりではなく、寝かせきりになっている人もいるのではないか? 起こすためにはどうしたらいいのでしょうか?

このような疑問を持った看護師が、自律神経の活動の観点から、背面開放座位(出来るだけ背面を支持しない空間をつくり、背筋を伸ばして背もたれにもられかからない姿勢かつ足の裏が床についている状態。)とその他の姿勢を比較する研究の積み重ねにより得た結果をご紹介します。

健康な男女11名(平均年齢26.5歳±3.56歳)を対象に、仰向けの状態、両足を接地した背面密着座位、背面開放座位の比較を行いました(以下の図参照)。ギャッジアップ座位とはベッドの頭部を75~80度拳上し、ベッドの下肢部分は150~160度に拳上したベッド上座位のことを言います。

研究方法は、自律神経活動を、心拍変動周波数解析(山本式自律神経機能調査CGSA法)を用いて比較検討しました。

その結果が以下のグラフです。仰向けの状態よりも両足を接地した背面密着座位の方が、有意に交感神経活動を活性化させ、副交感神経活動を低下させました。さらに、両足を接地した背面密着座位よりも背面開放座位の方が、有意に交感神経活動を低下させました。

よって、両足を接地していたとしても背面開放にした方が身体に刺激を与えることが分かりました。また、先の研究で、仰向けの状態とギャッジアップ座位において交換・副交感神経活動に変化がなかったことと、今回の仰向けの状態と両足を床に接地した背面密着座位の結果を合わせると、背面を密着していたとしても、両足を下げて床に接地させることで交換・副交感神経活動に影響を及ぼし、身体刺激になることが分かりました。

このように、一見ただ「起こす」という単純な行為に見えるものでも、実は患者さんの生活の回復には大きな効果をもたらすのです。

以上のような研究が進められていることから、寝たきりを防ぎ、表情の変化を見ることが出来るくらい意識レベルが改善されるような看護ケアが確立されていくのですね。

ちなみに、「背面開放座位」は年々学会発表数や雑誌掲載数が増加し、理学療法士や医師による研究も認められるようになりました。今では、意識レベル改善だけではなく呼吸器合併症の予防、食事時に喉に詰まらせるのを予防するためにも利用されています。

最後に

いかがでしたでしょうか? 看護学研究のことについて、少しでもお分かり頂けたでしょうか?

もし、身のまわりに寝たきりで動けない人がいたら、その人がその人自身の力で生活出来る、いきいきとした生活を取り戻すためにもぜ「起こす」ことを意識してみてください。

「看護学」は私達を救ってくれます。

私達を支える看護シリーズ第2弾、こうご期待ください。

文責:聖路加国際大学看護学部4年 松井晴菜

引用・参考文献:

・菱沼典子・川島みどり編集(2013) , 看護技術の科学と検証 第2版―研究から実践へ、実践から研究へ―,株式会社日本看護協会出版, p113-p119

・大久保暢子・品地智子・飯野智恵子,他(2010):急性期脳血管障害患者の"からだを起こす"看護ケアプログラムの構築, 日本看護技術学会会誌,9(1),p.69-82.

・『厚生白書』平成8年版

・スウェーデンの葬送と高齢者福祉-変わる家族の絆‐

注目記事