患者さんの機能に合わせた車椅子介助の仕方【私達を支える看護(5)】

どのように車椅子移乗介助が行われているのか、1つの事例を通して4つのポイントを紹介します。

看護学研究の世界へようこそ!

私達を支える看護シリーズ第5弾です! 前回は「意識障害のある患者さんの気持ちを知る方法」について紹介させて頂きました。

看護師の行う患者さんへのケアは、看護学の根拠に基づいて行われています。

そもそも「看護学」とは、学問体系(知的)と実践体系(技術)の両面を持ち合わせた実践の学問(科学)です。 この学問は、あなたの生活にも活かせるだけではなく、周りの友人や親の健康に関する悩み解決へのヒントになるかもしれません。

車椅子がより身近になる社会。

誰もが一度は目にしたことのある車椅子。 車椅子とは、高齢によって自立した生活を送ることが難しい方や肢体不自由である方など、身体の機能障害により歩くことが困難になってしまった人の移動手段として使われる福祉用具のことを言います。

現在、高齢者の車椅子の利用者は日本の介護保険制度において要介護2~4の方が多く、それぞれ全体の2割程度を占めています。

介護保険制度は平成12年(2000年)より施行されました。

要介護者または要支援者と認定された人は 平成21(2009)年度末で484.6万人となっており、高齢者の要介護者数は急速に増えています。

特に75歳以上で割合が高くなっているため、もしかしたらあなたの周りにも車椅子を必要とする人が出てくるかもしれません。

病院では患者さんをベッドから車椅子へ移乗(乗り移り動作)する場面が日常的に見受けられています。

また、厚生労働省の平成18年の身体障害者・児童の実態調査結果によると、国の18歳以上の身体障害者数(在宅)は、348万3千人いると言われており、肢体不自由者はその中の半数を占めています。

患者さんの機能に合わせた車椅子介助とは?

ある看護師が、学生に車椅子移乗介助についてどのように教えたらいいか悩んだことがきっかけで、Aリハビリテーション病院(以下、Aリハ病院)での取り組みを観察する看護学研究を行いました。

Aリハ病院では、リハビリテーション専門職と呼ばれている理学療法士や作業療法士が中心となり、患者さんの運動機能や認知機能、日常生活動作の状況を評価することで、それぞれの患者さんに合った車椅子移乗や介助の方法を選択し、病棟スタッフが統一した介助をするという先駆的な取り組みを行っています。ちなみに、その病院では理学療法士や作業療法士等の専門職が訓練室でのリハビリテーションだけではなく、病棟における日常生活援助を看護師や介護福祉士とチームを組んで行っています。

今回はその観察の結果、どのように車椅子移乗介助が行われているのか、1つの事例を通して4つのポイントを紹介します。

(以下、介助者とは 理学療法士・作業療法士・看護師・介護福祉士を指しています。)

1、状況に合わせた環境設定を行うことで、Bさんの持つ身体の機能を最大限に引き出すことができる

例として、病気によって身体の左側が麻痺し、さらに高齢による筋力の衰えから立つことができないBさんがいます。彼は、右側の腕は使えるため、右側に彼が自分で掴めるようなバーを取り付け、車椅子をセットするという環境を作ることで、彼が自分で立ち上がって方向転換し、車椅子に座ることが出来ることを助けています。

2、まず、仰向けから座る姿勢への動きを観察する

介助者は病室へ訪室した時、Bさんにまずは自分で移乗するように必ず伝えます。車椅子移乗前の仰向けの状態から座る姿勢への動きのなかで、介助者が介助してしまうのではなく、声掛けだけでBさんがどのように座る姿勢になるのかを観察するところからスタートします。

自分で動こうとする意欲があるか、麻痺している方の身体を意識できているか、どのくらい自分で動くことが出来るかなど、今のBさんの身体の機能を評価することで、Bさんの状態に合わせた車椅子移乗介助を可能にしていました。

3、残存機能を活用して、自然な立ち上がりを導く

ベッドに座っている状態で、自力で立ち上がるように伝えるとBさんは浅く座りなおして、動かせる腕でバーを握って足を引き前傾姿勢になり、まさに立ち上がろうという姿勢になりました。介助者は、麻痺している左側の身体のバランスを崩しやすいことを予測してBさんの左側に立ち、どれくらい立ち続けられるかの状態に応じて介助をしていました。

Bさんの疾患の症状から考えても、自分で立ち上がる姿勢をとってもらうことは、Bさんの立ち上がる機能を評価するとともに、自然な立ち上がりの動きを誘導することに繋がっているのです。

4、方向転換はステップを踏み、それは麻痺している方の身体の機能を向上させる

Bさんが立ち上がった後、動かせる右足に重心を置いて立ちます。安定したら、動かせる右腕でバーを掴みながら、ステップを踏んで方向転換をします。この時に、麻痺している方の左側の身体に車椅子を置いているので、左方向へ90度方向転換することになります。Bさんは、普段麻痺していない右側に重心を置くためそちらに身体がやや傾いています。なので、麻痺している左足を一歩出すことは簡単にできます。しかし、右足を一歩出すためには左側に身体の重心を移動させなくてはなりません。実はこの時、麻痺している左側の身体にあえて重心を移動させることで、そちら側の身体の機能を向上させていたのです。

このように、看護師も含め介助者が車椅子移乗介助時に患者さんの機能を評価し、患者の機能に合わせた介助方法を選択する意義を認識することが大切なのです。

いかがでしたか?

現実のところ、臨床現場において車椅子移乗介助が必要な患者さんの身体の機能をいつどのように評価し、それらを具体的にどのように介助に活用していくのか明らかにされていません。

これからもっと看護学研究が進めば、臨床現場においてもさらに、車椅子移乗介助の方法選択のためのアセスメントツールなどの作成が進み、それが活用されることで その人に合った車椅子介助が看護師によって行われる日を迎える事でしょう。

また、医療現場に限らず、もしあなたが身近な人を車椅子に移す機会があるとしたら、どのように介助すればその人の体の機能向上に良いのか是非考えて頂きたいと思います。

このように「看護学」は私達を救ってくれています。

最後に

皆様、このシリーズも今回で終わりとなりました!

実は、今まで看護学研究について分かりやすく一般向けに書かれたネット上での発信がありませんでした。

しかし、かの有名なフローレンス・ナイチンゲールは「看護覚え書」という本を著し、看護の知識や技術は一般市民が身近な人の健康を守るためにも役立つもの、といった内容を唱えてます。

そういったことから、私は看護師の役割を知ってもらうためには、自ら情報を発信する責任があるのではないかと考え、このような連載をさせて頂きました。

これらの情報は、あなたに自分の健康は自分で守る、もしくは周りの人を助ける術ともなるでしょう。

あなた自身やあなたの大切な人の健康的な生活を本当に守れるのは、あなただけなのです。

これが、私が言い続けてきた「看護学」は私達を救ってくれるという言葉の意味なのです。

またどこかで御目にかかりましょう。

■私達を支える看護学シリーズ

文責:聖路加国際大学看護学部4年 松井晴菜

引用・参考文献 / URL

・菱沼典子・川島みどり編集(2013) , 看護技術の科学と検証 第2版―研究から実践へ、実践から研究へ―,株式会社 日本看護協会出版, p137-p144

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