Huffpost Japan
ブログ

ハフポストの言論空間を作るブロガーより、新しい視点とリアルタイムの分析をお届けします

柳下桃子 Headshot

一貫してマタニティーピンクだった理由

投稿日: 更新:
印刷

2016-07-16-1468674166-3768377-1PnKSRxzCTam9rpQEbEuKiA.jpeg

産後6ヶ月経った今まで、多くの人が経験するマタニティーブルーや産後うつに全くかからなかった私。未だ産後クライシスとは無縁。その理由とは。

※マタニティーピンク...マタニティーブルーの反対(と勝手に定義しました笑)

母親教室や病院での入院説明書で教わることの中に、マタニティーブルーと産後うつがありました。

ポジティブに生きている私は産後うつになるとは思っていませんでしたが、マタニティーブルーにはなる可能性はあるだろうと考えていました。

しかし結果として、

今の今まで全くブルーな気分になることがありませんでした。

某体験記などでしばしば産後の記事を見たりしている中で、私は「なぜ毎日楽しく子供と生きてこれたのだろう...」
まわりとの違和感を感じてました。

その1:自分への自信と自己肯定


「子供を産んだ」それだけで自分は素晴らしいと思っていました。

優等生の妊婦ではなかったとは思いますが、妊娠中、「妊婦」ということにとらわれずに私は私のしたいことを行っていました。

ただ妊婦としてしっかり全うした仕事もあります。

例えば、10ヶ月も子宮という素敵なおうちを赤ちゃんに貸してあげたのです。

そして赤ちゃんが出たいと思ったその時、一緒に頑張って世の中に出したのです。

次の世代の人間を、この私から、世の中に生み出した!すごいじゃないですか!

我ながらあっぱれなまでの自信と自己肯定をもっていました。

その2:完璧な母にならない決心


学生であったこと。これは大きかったですが、この条件に縛られることはありません。

母になることなんてみんな初めてであって、年齢は関係ありません。

ただ学生であることで、周りの方や市役所の方、病院の看護師さん達、様々な方面から「大丈夫?」と心配されました。

そこで気づいたこと

「あ。私はまだ未熟なんだ。」

ここから完璧な母になろうとは思いませんでした。

なにも一人で育てることはないし、できる限りまわりの好意を受け取っていこうと思っていました。

「子供の命を私が背負っている」なんてこれっぽちも考えてないです。

私は子供と一緒に今もなお成長し、一緒に生きています。背負っているのではなく、隣にいます。

子供を育ててはいません。子供が育っていっています。

私が今完璧になる必要はなくて、足りないところは誰かほかの人に補ってもらおう!
このくらいの気負い方が最適です。(とにかく私には。)

その3:子供の生命力を信じる


病院から退院した後、自分で赤ちゃんのお世話をしなくてはならなくなります。もちろん不安ですよね...
しかし、そこは私。全く不安はなかったです。

赤ちゃんは生きていくものだと思っていました。

乳幼児突然死症候群だけ心配して、あとは私譲りの免疫力と生命力にかけていました。

さすがに添い寝している時は

「これ寝っ転がったらまずいな...」と思っていましたね笑

娘は低体重出生児だったので、本当にふにゃふにゃーとしてました。赤ちゃんより、生まれたての猿というほうが合ってました。

かわいかったですけど!

番外編:もっとも大切で、もっとも私を楽しませてくれたもの


夫の素晴らしい家事育児の協力(協力じゃないんですけどね。夫のほうがやってましたから)、関心をもって遊びに来てくれる友達、お祝いしてくれる先生方、なんだかんだ声かけてくれて、手伝ってくれて、安心んさせてくれる両家の家族。

感謝としか表せませんが、本当に私は素晴らしい人たちに巡り合ってきたのだとつくづく思いました。

一貫してマタニティーピンクであった私は、おかげさまで産後クライシスとは無縁でした。

夫との仲はより良く、娘がいることでさらに楽しくなりました。

一番大切なのは、夫と娘です。

娘>夫

ではありません。

夫=娘

です。

夫は私を大切にしてくれて、手伝ってくれます。

だからこそ、私が娘一番にして夫を蔑ろにしてはいけないと思ったし、そうしたくもない。

夫がいるからこその娘で、娘の父親なので。

夫婦仲あっての家族仲だと思っているので、夫を大切にした上で、(私のことも大切にしてもらった上で!笑)、子供を大切にしたいと思っています。

相手へのおもいやりと感謝を忘れずに...ですね。