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スポーツ界のソーシャルメディア革命「MLB Fan Cave」

2013年12月19日 23時33分 JST | 更新 2014年02月18日 19時12分 JST

ボストン・レッドソックスの上原浩治投手が帰国後、スポーツ紙からTV局までマスコミ各社から引っぱりだこです。12月9日にはフジテレビ系の「SMAP×SMAP」に出演していました。

今シーズン序盤まで、メディアの報道において中継ぎ投手の扱いが小さいことをツイッターなどで散々嘆いていた上原(「ダル、上原...MLB選手に軽んじられる日本メディア」)。しかし、シーズン中盤から名門球団のクローザーに抜擢されチームをワールドチャンピオンに導いたことで、今オフは一躍時の人となっています。まあ、マスコミとは現金なものです。

上原といえばその実力はもちろん、気さくで明るいキャラクターも人気。9月下旬にはMLB公式サイトにこんな動画も掲載され、日本でも話題になりました。

この動画は、上原がファンと"ハイファイブ"をしながらボストンの街を歩くという企画。上原は今季、チームメイトと「激しすぎるハイファイブ」を交わす姿がアメリカでも話題になり、ハイファイブはすっかり上原の代名詞に。現地では"High Five City"というキャッチコピーまで生まれました。

上原のオフフィールドでのリラックスした表情を見ることができるこの作品。面白いのは、この動画が"ファン発"の企画であるという点です。

元々この動画が掲載された「MLB Fan Cave」というサイトは、MLBが2011年からはじめたソーシャルメディアプロジェクトで、1万人を超える応募者から選ばれた数名の"ファン代表"によって運営されています。

Dwellerとよばれる"ファン代表"はシーズン中、ニューヨークにある専用のスタジオで生活しながら、2400試合に及ぶシーズン全試合を観戦(!)します。そして、ツイッターやFacebook、ブログなどを駆使して日々"ファン目線"での情報発信を行うという、ユニークかつ大胆な取り組みです。

スタジオには観戦用のモニターだけでなく、DJブース付き音楽ルームやビリヤードを備えたゲームルーム、さらには完全予約制のヘアカットサロンなどが完備されています。選手やセレブを招いてイベントやパーティーも行われる他、有名アーティストによるコンサートまであります。"ファン代表"の人たちの生活費は、MLBから支給されます。

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マンハッタン中心街の一角に佇むMLB Fan Caveのスタジオ(2013年7月撮影)

ここまで至れり尽くせりの環境を用意してまで、MLBがこのプロジェクトに取り組んでいるのはなぜか?

近年MLBはチケット販売で好調を維持している一方で、ファン層の高年齢化が叫ばれています。10代や20代などの若年層のファンが(以前に比べて)減少しているそうです。これは野球人気の低下というより、情報技術が発展し娯楽が多様化したことが大きいと思います。

そのような環境の下、従来のマスメディアを中心としたPRやマーケティングだけでは、なかなか今時の若者には興味を持ってもらえません。そこで、20代を中心とする若いファンが彼等彼女等の視点でMLBの魅力を語ることで、今まで野球に興味がなかった若年層にも興味を持ってもらう。これが「MLB Fan Cave」の狙いです。

スタジオで生活するファン代表には、MLBに囲まれた暮らしを満喫してもらいながら「あくまでファンとして」自由に情報発信してもらいます。「記者やレポーターではなくファンとして」というのがポイントです。

たとえば冒頭で紹介した上原の動画は、「もっと選手のプライベートな表情が見たい」「選手とファンがカジュアルに絡む様子を見たい」という思いを持つファンの視点があったからこそ、生まれた企画だったと思います。毎日球場で「仕事として」選手に接している記者の目線では、こうしたアイデアはなかなか思い付かない気がします。

"ファン代表"に女性が多く選ばれていることもポイントです。毎シーズン、ワールドシリーズが終わる頃にその年のFan Cave Winnerが決まるのですが、2012年度のWinnerはサンフランシスコ・ジャイアンツファンの25歳の女の子でした。MLBはおそらく、ファン層の裾野を広げるには"女性目線"がとても重要だと意識し、意図的に女性を一定数以上含めるようにしているのではないかと思います。

今年3月に行われたWBCでは「MLB Fan Cave WBC Edition」も期間限定で開催されました(「もうひとつのWBC「野球バカ世界一決定戦」」)。大会に出場した全16ヶ国からそれぞれ1名ずつ"ファン代表"が選ばれ、大会期間中やはりニューヨークのスタジオに常駐して、各々が自国を応援しました。

オーストラリアの"ファン代表"候補者が作成したPRビデオ。いかに自分が"ファン代表"に相応しいかをユニークにアピールしている

個人のブログやツイッターで情報発信をしているファンはたくさんいますが、MLBがきちんとプラットフォームを提供して「ファン代表を選ぶ」ことを通じてコンテンツをキュレーション(編集)している点が肝心です。誰もが好き勝手書いているだけでは単なる情報の海になってしまい、良いコンテンツも埋もれてしまいます。「MLB Fan Cave」では、選ばれしファンがコンテンツプロバイダー、そしてMLBがプラットフォーマー兼キュレーター(編集者)の役割を担っています。

日本のスポーツシーンでも近年、ソーシャルメディアの活用に力を入れているリーグやチームもありますが、その多くがあくまで「運営者側(リーグやチーム)によるSNSでの情報発信」に留まっているのが現状です。ソーシャルメディアの本質は、ファン(顧客)とフラットなコミュニケーションを図り、そしてファンをコンテンツ制作に参加させることだと思います。

ファンを"メディア"そのものにしている「MLB Fan Cave」の取り組みは、スポーツ界におけるソーシャルメディア活用のベスト・プラクティスといえるのではないでしょうか。

(この記事は、2013年12月11日の「Splash Hits」より転載しました)

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