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まさに「バーチャル・スタジアム」?メジャーリーグの最先端デジタルメディア活用

2014年08月24日 19時38分 JST | 更新 2014年10月24日 18時12分 JST

 今、甲子園の全試合がネットで見れることをご存知だろうか?

 朝日放送がウェブ上で提供する「バーチャル高校野球BASEBALL-COCKPIT」は、大会全試合のライブ中継やハイライト動画の配信するサービスだ。

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スポリューション×動画配信 ネット上でのスポーツ観戦が熱すぎる!

 映像は、TVでよく見る中継映像に加えて「バッター」「ピッチャー」「球場全景」と計4種類のマルチアングルで見ることができる。さらに、自分のお気に入りのシーンを切り出して最大20秒のオリジナル動画を作成し、サイト上やSNSでシェアできる「ハイライトジェネレーター」という機能もある。

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ユーザーがオリジナルの動画を作成、公開できる「ハイライトジェネレーター」

 スポーツコンテンツの(TV、ラジオから)ネット配信への移行。時代を考えれば当然の流れだが、日本では近年加速してきた感がある。

 よく知られているのが、プロ野球パ・リーグ6球団が設立したパシフィック・リーグ・マーケティングによる「パ・リーグTV」。試合のライブ中継に加えて、現在では試合を見ながら気になるデータをすぐに見ることができる機能なども搭載している。

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スポリューション×動画配信 ネット上でのスポーツ観戦が熱すぎる!

 先日のサッカーW杯ブラジル大会では「LEGENDS STADIUM」というサービスが、大会のデジタルプラットフォームとして全試合のハイライト動画を配信した(「好きな角度から見られる!W杯公式ネット動画のスゴさ」)。ライブ配信はなしだが、その代わり豊富なスタッツデータや、TV中継には映らないアングルで見れるマルチアングル機能などを搭載した。

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 スポーツコンテンツのネット配信、特に「パ・リーグTV」のようにプロスポーツリーグが自らプラットフォームを持ってコンテンツを提供する流れは、スポーツ大国アメリカではさらに進んでいる。

■「どこにいても、ベースボールを」MLBのネット映像配信サービス

 「パ・リーグTV」のモデルともいえるのが、本場メジャーリーグ(MLB)が提供するネット上でのライブ映像配信サービス「MLB.TV」だ。

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 「MLB.TV」は年間約110ドル、月額約20ドルで会員になれば、レギュラーシーズン全2430試合が見放題というサービス。PC、スマホ、タブレットなど、計400以上のデバイスに対応している。試合を見ながら、各種データはもちろん関係者のツイートをリアルタイムでリスト表示できたり、プレミアム会員になれば画面を分割して最大4試合を同時視聴できるなど機能も充実。『Bloomberg』によると今年、ライブ映像の視聴時間は計40万時間を超えるという。

 サービスのタグラインは"BASEBALL EVERYWHERE"(どこにいても、ベースボールを)。MLB.TVに加入していれば、たとえば通勤中の山手線で、ちょうど地球の反対側で投げているニューヨーク・ヤンキース田中将大の試合をiPadでライブ観戦することもできるのだ。

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 早くからインターネットメディアの可能性に目をつけていたMLB(米メジャーリーグ)は2000年、30球団の共同出資を得てMLB Advanced Media(以下MLBAM)というインターネット事業専門の子会社をニューヨークに設立した。

 昨年、マンハッタンのチェルシー地区にあるオフィスを訪問する機会があったが、壁にズラリと並んだモニター、カジュアルな雰囲気のオフィスには、伝統あるプロスポーツリーグというよりはまるでシリコンバレーの最先端テクノロジー企業!という印象を受けた。そして実際、MLBAMは今日「MLBのネット事業」という枠を大きく超えて、世界で最もイノベーティブなメディア企業のひとつとして評価を確立している。

 MLBAMの事業内容は多岐にわたる。先述したMLB.TVの他、リーグのオフィシャルサイト「MLB.com」やメジャー全30球団のオフィシャルサイト、モバイルアプリ『At Bat』の運用、TwitterやFacebook、Instagramなどのソーシャルメディアアカウント運用、さらには今年から導入されたリプレイ制度のビデオ判定などもここで行われている。

 『Forbes』の記事「The Biggest Media Company You've Never Heard Of」によると今季の売上高は8億ドルに上り、2016年には10億ドルを超えると見られているそうだ。収益の一部は30球団に分配される。

■公式サイト、スマホアプリ...MLBが推進するオウンドメディア化

 MLBのオフィシャルサイト「MLB.com」には、試合のスケジュールや結果、順位表、スタッツといった情報はもちろん、専属のコラムニストやビートライター(各チームの番記者)が執筆する全試合のプレビューとレビュー、各種コラム、膨大なハイライト動画など、MLBに関するありとあらゆるコンテンツがここに揃っている。オフィシャルサイトだからといってお固いフォーマルなコンテンツだけでなく、珍プレー集や面白動画、選手のツイッターまとめ、さらには大手デーティング(出会い系)サイト「Match.com」とのコラボ企画まである。

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「MLB.com」トップページ

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「好プレー集」「今日のダイジェスト」などカテゴリ別に表示される大量の動画コンテンツ

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選手やファンのユニークなツイートをトピック別にまとめた「The 140 Club」

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「私を野球場に連れてって」メジャーリーグと出会い系サイトがコラボ

 ファン目線で楽しめるコンテンツが揃った「MLB.com」は、いわばMLBファンにとってのポータルサイト。たたでさえ「世界一レベルの高い野球の試合」という強力なコンテンツを持っているMLBだが、このように自らプラットフォームを作り、さらにそれを充実させるための二次コンテンツ(動画やコラムなど)も内製しているのだ。ウェブサイトの訪問数やランクを調べることができるサービス「Similar Web」 によると、「MLB.com」は2014年7月の推定訪問数が6700万、サイトのランクはグローバルで356位、米国では129位となっている。

 そして、日々作られる大量のオウンドコンテンツをベースに、2008年にローンチされたのがモバイルアプリ「At Bat」だ。

 「MLB.com」のコンテンツを各デバイスに最適化されたUIで提供する「At Bat」は、過去にAppleが最もデザインの優れたiOSアプリに贈る「Apple Design Award」も受賞。年間9.99ドル、月額2.99ドルの有料アプリだが、2013年のダウンロード数は1000万を超え、全iOSアプリでもトップ10に入る売上を記録している(「MLB's At Bat app rakes in the viewers and sales」 )。

■チケット電子化にW杯の映像配信インフラ提供、"スポーツ版ツイッター"の立ち上げも

 今や"The king of live straming media"とも称されるMLBAMの事業は、オウンドメディアの運用に止まらない。

 たとえば、MLBAMは2005年、チケットのオンライン販売サイトの「Ticket.com」を買収した。このサイトではMLBに加えNBA、NFL、NHL、さらにはNASCARを含むメジャースポーツのチケット、さらにはコンサートやミュージカル、サーカスなど様々なイベントのチケットが販売されている。現時点では、モバイルからMLB.com経由での購入されるチケットは全体の5%に過ぎないが、今後2年以内に50%以上のファンがスマホ経由でチケットを購入するようになることが期待されているという(「The Biggest Media Company You've Never Heard Of」 )。

 チケット電子化の狙いは単なる効率化ではなく、蓄積される顧客データと連動した高精度のターゲット・マーケティングだ。今年3月、MLBAMはファンのエンターテイメント体験向上に特化したアプリ「Experience」 と業務提携。球場での使用に特化した「At The Ballpark」 に、ファンが試合中にスマホから座席をアップグレードできる機能などを搭載した(ちなみにMLBの全球場にはフリーWIFIが飛んでいる)。テクノロジーをボールパークでのサービス向上にも活用している。

 MLBAMはさらに、自社の事業で培った技術とノウハウを第三者に提供もしている。

 たとえば、先のFIFAワールドカップブラジル大会ではウォルト・ディズニー社所有のモバイルアプリ「WatchESPN」がオンラインでライブ映像を配信したが、このバックエンドのインフラを提供していたのがMLBAMだ。大方の予想に反し決勝トーナメントに進出したアメリカ代表の試合は100万人以上が同時視聴したが、映像が止まることはなかったという。

 技術提供だけでなく、自らイニシアティブを取って新たなスポーツメディアまでプロデュースしている。今年6月、MLBAMは「Sports Illustrated」を所有しているTimeやNHL、NBA、ゴルフのPGAツアー、NASCARなど各メジャースポーツリーグ/コンテンツのライツホルダーを巻き込んだパートナーシップを締結し、動画プラットフォーム「120 Sports」 をローンチ。様々なスポーツに関連する動画コンテンツを約120秒(2分)で区切り配信する同サイトは"スポーツ版ツイッター"とも言われている。

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「120 Sports」

■オウンドメディアは「バーチャル・スタジアム」

 MLBのオウンドメディアプロデュースはウェブだけにとどまらない。2009年には、自前の専門ケーブルTVチャンネル「MLB Network」 を、コムキャストやタイム・ワーナーとの共同出資で開局。試合の中継をはじめ、専用スタジオからのニュースやインタビュー番組、さらにはクイズ番組など、ありとあらゆるMLBコンテンツを24時間放映している。ちなみに、他の4大スポーツ(NBA、NFL、NHL)もそれぞれ独自のケーブルテレビ局を保有しており、既存のテレビ局に放映権を売るだけでなく自ら稼ぐチャネルを強化している。

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専門ケーブルTVチャンネル「MLB Network」

 MLBをはじめアメリカのプロスポーツが独自のメディアコンテンツ制作にこれだけ注力している理由のひとつには、国土が大きすぎることがあると思う。たとえばMLBは全30球団あるが、アメリカの国土は日本の約25倍。MLBのチームがない田舎街の方が圧倒的に多く、野球が大好きでもスタジアムに来れない人がたくさんいる。そうした人たちにもメディアコンテンツを通じて充分にMLBを楽しんでもらうことで、ファンの裾野が広がる。

 スポーツビジネスの世界ではよく「どうしたらファンにもっとスタジアムに来てもらえるか」という命題が議論の的になりがちだが、MLBはスタジアムというハコありきではなく、メディアも「バーチャル・スタジアム」としてマネタイズしているのだ。もちろん、スポーツには生観戦でしか味わえない価値は確かにあるのだけれど、逆にスタジアム外でしか味わえない価値が、これから追求されていくのではないだろうか。

Muneharu Uchino

@halvish

(2014年8月20日「Splash Hits」より転載)