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「データで感動をつくる」アイルトン・セナの走りを"音と光"で蘇らせたプロジェクト

2014年02月07日 16時29分 JST | 更新 2014年04月08日 18時12分 JST

 「セナの方がデータを超えてくる」。F1の世界ではかつて、こんなエピソードがあったそうです。

1980年代から90年代にかけて世界を席巻し、そしてサーキットで死んだ伝説のF1ドライバー、アイルトン・セナ。当時、セナのマシンにエンジンを提供していたHondaが人間の限界値をシミュレートして完璧な走行データを作ったそうですが、これをセナの走りが超えてしまったというのです。F1ファンでなくともちょっとゾクゾクする話です。

そんな「コンピュータを超えた」セナの走りを「コンピュータで再現する」 という、何とも胸アツなプロジェクトをご存知でしょうか?

Hondaが昨年6月にWebで公開した映像作品「Ayrton Senna 1989」。これは1989年に鈴鹿サーキットで行われた日本グランプリ予選で、セナが当時最速ラップとなる「1分38秒041」をマークした日の走行データを基に、そのときのエンジン音や走行軌跡を「音と光」で再現したというロマン溢れるコンテンツです。

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セナのパートナーだったHondaは当時、他チームに先駆けレース中の走行データを解析、記録する「テレメトリーシステム」を導入し、アクセル開度やエンジン回転数などのデータをリアルタイムに記録していたそうです。1989年10月21日の日本グランプリ予選2日目、セナがマークした最速ラップはHondaのエンジニアによって1枚の紙に記録されており、このたった1枚の紙から現代テクノロジーを駆使してセナの走りを"蘇らせた"のがこのプロジェクトです。

アイデアそのものが面白いというかロマンティックなんですが、このプロジェクトでは音と映像の制作にあたり、何と実際の鈴鹿サーキット(全長5,807m)に無数のスピーカーとLEDを設置し再現した音を走行データに合わせて鳴らすというとてつもない巨大インスタレーションを実施し、それを撮影しています。ただデータをビジュアライズするのではなく、データを基にまずサーキットの光景と音を実際に再現し、それを映像作品として収める。おそらく、そこまでやらないとリアリティが出せないというか、セナを"蘇らせる"ことはできなかったのでしょう。

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この作品は海外でも評価が高く、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門大賞にも選ばれました。「データが人の心を動かすことが出来るか」というミッションに挑み成果を出した点が評価されたようです。

ビッグデータというバズワードが巷に溢れる今日において、走行データが記されたたった1枚の紙、決して「ビッグ」ではないデータからこんな素敵な作品が生まれたということに、個人的には魅力を感じます。このプロジェクトを担当したチームメンバーの菅野薫氏(電通|クリエイティブテクノロジスト)と澤井妙治氏(Qosmo|サウンドディレクター)は、以下のように語っています。

菅野:この紙はセナが走っているその瞬間に書き込まれた、セナが残した足跡なんですよね。受け取った時、手が震えました。その気持ちをみんなに届けることがチャレンジでした。データのビジュアライズって今や様々な分野でめちゃくちゃありますよね。このプロジェクトはデータの単なるビジュアライズにとどめず、そこにエモーションやストーリー性をもたせて"データがひとの心を動かすことが出来るか"ということに挑戦しています。


澤井:僕らが目指したのは、気配を甦らせられるかということ。当時の映像を使うのではなく、音と光だけでの再現ですから、音量的に何デシベル出ているから再現出来ている、いない、がプライオリティではなく、聞いた時の印象として気配が甦っているかどうかなんですね。それが重要な要素でした。


アイルトン・セナの伝説の鈴鹿最速ラップを音と光で甦らせろ! Hondaインターナビ dotsプロジェクト「Ayrton Senna 1989」制作陣インタビュー!

データのビジュアライズにエモーションやストーリー性を持たせる」というのは、特にスポーツの分野では結構応用できそうなコンセプトだと思います。

F1をはじめとするモータースポーツは、人間の身体能力とエンジニアの技術力(メカニック)のコンビネーションで競う少し特殊なスポーツですが、たとえば野球やサッカーのようなスポーツにも様々なデータが存在します。加えてスポーツとは、本来的にエモーションやストーリー性が生まれやすいものだと思います。スポーツを見て一喜一憂する人々の脳内に物理的な損得勘定はあまりなく、むしろそこにはエモーショナルな結び付きしかない場合がほとんどです。

以前にNYのアートスクール学生が作った野球アプリを紹介しましたが、これもMLBの過去60年に及ぶまさにビッグデータをビジュアライズした作品です。また、少し古いですが『WIRED JAPAN』に掲載された記事「データ革命が、欧州サッカーを『マネーボール化』する」で紹介されていた、UEFAチャンピオンズリーグ決勝のバルセロナvsマンチェスター・ユナイテッドのゲームをデータに基づき可視化したアート作品も面白かったです(記事内に画像あり)。こういうデータを活用したクリエイティブは、スポーツファンに新たな感動や驚きを与える可能性を秘めています。

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僕はセナの走りを残念ながらリアルタイムでは見ていないですが、セナの"エンジン音"を聞いていると、何だか古き良きF1時代へのノスタルジーが沸き起こってくる気がします。奇しくも先日、今年の各チームのニューマシンが「ダサい」と話題になっていました(ノーズ部分のレギュレーションが変更され、これに対応したマシンをデザインするとどうしてもアリクイみたいな醜い形状のノーズにするしかないそうです。確かに、写真を見ると悲しいほどダサいです)。世の中の流れ的に致し方ないとも思うのですが、「昔は良かった」というF1ファンは少なくないのだろうなと思います。

ちなみに、このプロジェクトを担当されたチームメンバーであるライゾマティクスの真鍋大度氏(アーティスト/プログラマー)、そして先述の菅野氏は、Perfumeのライブ演出やMVを手掛けていることでも有名なお二人。昨年のカンヌ国際広告賞で世界を唸らせたプロジェクションマッピングは何度見ても圧巻です。日本が世界に誇るメディアアートを次々生み出すお二人にはリスペクトしかありません。

(2014年2月4日「Splash Hits」より転載)