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MET People – session #4「アメリカ人起業家が仕掛ける、口コミの力で人生を豊かに!」イベントレポート

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私たちMy Eyes Tokyoがリアルに出会った素敵な方々をリアルにご紹介する「MET People」。今回はMy Eyes Tokyoの原点に戻り、海外出身の方の生の声をお届けしました。米ミシガン州、デトロイト近郊の自動車の街"フリント"からやってきた、ローレン・ファイクスさん。"Quchy"というレストラン情報共有アプリを運営しています。

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おいしいレストランをお探しですか?それならQuchyでカードをGETしましょう!上の画像をクリックして、アプリをダウンロード!(*iOSのみ対応)

「アメリカの起業家=シリコンバレーで起業?」「アメリカでサービスを開発した後に、その日本版を作ったのかな?」・・・もしそうだとしたら、My Eyes Tokyoのアンテナはローレンさんには向かなかったでしょう。彼はこのサービスを日本で立ち上げ、日本から世界に広めようとしています。だからこそ私たちは、この一人のアメリカ人起業家に強い関心を抱いたのです。

昨年夏、Facebook上で人材募集をしていたローレンさんを、My Eyes Tokyo主宰の徳橋が偶然見つけました。これまでアートや音楽、ビジネス、スポーツなど様々な分野で活躍する様々な国籍の人たちにインタビューしてきたMy Eyes Tokyoとして、彼のような海外出身起業家には是非お話をお聞きしてみたいと思いました。それはやはり"日本からはイノベーションなんて起こせない"と諦めてしまいそうな人たちを勇気づけ、日本を元気にする起爆剤を投じることができるのではないか、と考えたからです。

そして徳橋は、中野区内にある彼のオフィスに赴きました。ローレンさんは徳橋にボリュームたっぷりのブルーベリースムージーを振る舞い、そして"Quchy"が描く未来を情熱的に語りました。

その"熱"を一人でも多くの人に届けるべく、My Eyes Tokyoは昨年11月に英語公開インタビューを開催(記事はこちら)。そして年明けに、この度の日本語でのトークセッションを敢行しました。すでに起業されている方、起業を考えている方、食に関心のある方など、様々な方々にご参加いただきました。

*会場:ギークカフェ水道橋
*協賛:マザーアースプロジェクト(詳しくはこちらをご覧下さい)

■重たい本を、スマートホンに

僕が運営している"Quchy"は、レストランやショップのレコメンデーション・サービスです。日本語の"口コミ"から名付けたこのアプリのポイントは:

(1)Facebookのフレンド同士でレストランやショップの情報を共有する一方、フレンド以外には広がらない。

(2)投稿件数に応じてユーザーの認知度や専門度が上がり、Quchyの加盟店による優待特典を受けることができる - これまでのレストランの口コミサービスと違い「自分の友達がお勧めするから、信頼度が絶対的に違う」という評判をいただいています。また"加盟店"については、私たちが選んだこだわりのあるお店をご紹介しています。

今はまだ、自分のお気に入りのお店を登録し共有するサービスのみですが、この先は"自分が優待特典を受けられる加盟店のリスト"をすぐに表示できる機能も付けていく予定です。例えば皆さんの勤務先が福利厚生の一環として優待特典を受けているレストランや、皆さんが使っているクレジットカードや航空会社と提携しているレストランが、ワンタッチで表示されるようなものです。それらのリストが載った重たい本を持ち歩く必要も無くなります。またお店からも、ユーザーに向けて情報発信ができます。

それと同様に、旅行雑誌に載っている各地のレストラン情報を"Quchy"に入力していただくことで、重たい本を旅行カバンに詰め込む必要も無くなります。テレビのグルメ番組から得た情報を入力しても良いと思います。あらゆる種類のお店のリストをスマートホンに収めることが第一段階のゴールです。

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■自分のアイデアで人を喜ばせたい

この間友達に「何で起業したの?」と聞かれました。その時僕は「モノづくりに近いことをしてみたかったから」と答えました。作ったモノは、そのまま自分の成果となって、その成果を人に見せることができる。そしてそれが評価され、それを使っていただくことで楽しんでいただけるし、感謝までいただける。そのモノを通して、人と人とのつながりを強くすることができます。

僕はこれまでに、証券会社やテレビ局で仕事をしてきました。仕事は面白かったけれど、会社の中でずっと働いていると、自分の成果が見えづらいです。それは自分が組織の一部に過ぎないからですね。もちろん上の役職に就けば、それだけ責任も伴い、自分の成果というものが見えやすくなるかもしれませんが、自分が作って世に出したモノがあまり無いというのが辛かったのです。

頭の中で考えていることを形にして、それを通して人に喜んでもらいたい・・・その気持ちがすごく強かった。それが起業のきっかけだったと思います。


■10セントで決めた"日本"

僕が日本に来ることになった大本のきっかけは、小学生の頃までさかのぼります。しかも最初は日本ではなく、中国でした。当時遠足で行った"中国五千年の発見"という展示会に、僕はものすごく惹きつけられたのです。

その展示会で、象形文字の書道教室が行われていました。中国の文字はそれぞれに意味があり、そして2つ組み合わせると別の文字になる。例えば「女」と「子」を合わせると「好」になり、「日」と「月」を合わせると「明」になる。英語の"Heaven"は「天」。そして「明」と「天」を合わせると「明天」すなわち日本語の"あした"になる。「明るい未来」が"あした" - つまり「明日はいつも明るい未来」ということ。そんなポジティブな言語だから「絶対に勉強する!」とその場で決心しました。それでハーバードで中国語を学びました。

しかしその一方で、日本語への興味も湧いてきました。当時はちょうど日本経済に勢いがあった頃で『Japan As No.1』という本が出版されました。「え!僕は中国語を勉強しているのに、経済的には日本が勝ってるじゃん!チキショー!」って(笑)

そこで僕は、10セントコインを投げて決めることにしました。表が出たら日本語を選び、裏が出たら中国語をそのまま勉強する - そう決めてコインを上に投げたら、表が出た。それで日本語を勉強することにしたのです(笑)結局は日本語も中国語も勉強したんですけどね。

もしコインが"裏"に出ていたら?その時は、もう一度コインを飛ばしたかもしれませんね(爆笑)


■象牙の塔からビジネスの世界へ

アメリカのハーバード大学を卒業した後、奨学金をいただいて東京大学で研究することになりました。いわゆる"委託費研究者"という立場でしたが、その時僕は日米の比較文学を研究していました。僕は大江健三郎が好きだったのですが、日本語で読もうとしても、難しくて全然読めませんでした(笑)駒場と本郷に通っていましたが、やがて自分が教授には向いていないことに気がつきました。教えるのは好きでしたが、教授になるとたくさん論文を書かなければならない。それよりは、世間に出て、もっと広い世界で物事を学びたいと思いました。

その当時、1997年頃でしたが、日本に残りたいと思っていた僕は、外国人だったために日本企業の新卒採用枠には入れず、外資系しか選択肢がありませんでした。そして証券会社とコンサルティングファームから採用されましたが、コンサルティングファームよりも証券会社の方が、成果が見えやすいと思ったのです。

コンサルティングは、クライアントの企業がコンサルタントの作った提案書に従わないということも起こりえます。その一方で証券会社は、企業の価値を評価し、"買う"か"ホールド"か"売る"かを顧客にアドバイスし、そのアドバイスに従って顧客が動く。だからもう少し成果が見えやすいと思いました。そのような理由から証券会社に入りました。


■「これからはコンテンツだ!」

入社したのは、当時のジャーディン・フレミング、現在のJPモルガン・チェースでした。僕は香港やロンドン、シンガポールを転々としました。その頃に、ある業界が大きな転換期を迎えていました。

KDDIやジャパンテレコム、NTTドコモなどの通信会社が、データ会社に移行しようとしていました。それまで通信会社が持っていた、ADSLやDSL、光ファイバーなどのパイプを使って、データを送れるようになったのです。その当時、僕は通信会社を担当していましたが、パイプを保有するそれらの企業や、当時自分がいた証券の世界よりも、パイプで送るもの - すなわち"コンテンツ" - に関わりたいと思うようになりました。

ただ一口にコンテンツと言っても、非常に幅広い種類があります。そこで僕はマトリックス図を作り、好きなことと嫌いなことを、思いつくままに書き連ねていきました。そして中でも自分の好きなことに、関係性があるかどうかを確かめてみました。"エンタメ""レッドカーペット""子ども""教育"・・・これらが全部入った仕事って何だろう?・・・"子ども向け教育エンタメテレビ"、つまり子ども向けのテレビ局が良いのではないかと思いました。そこでいろいろなテレビ局に電話をしたところ、MTV系列の"ニコロデオン"に採用されました。

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■"足跡"を思いつく

その後僕はシンガポールに赴任し、アジア各国の衛星テレビ局やケーブルテレビ局に、ニコロデオンの番組を販売する仕事をしました。ミャンマーやモンゴル、パプアニューギニア以外のアジア諸国には、全て行きました。

アジア各国への出張中、いろいろなお店に行きました。その中で、覚えておきたいお店やレストランがたくさんあったので、それらをきちんと記録しておきたいと思いました。「ここに行ったよ!」みたくお店に"足跡"をつけるサービスがあればいいな、と思いました。 そこで、自分でシステムを作りました。仕組みは簡単で、自分にSMS(ショートメッセージ)を送るのです。

そのSMSには、#Sushiのようにハッシュタグを付けました。それらをエクセルシートに落とし込み、後から#Sushiで検索すれば、自分のお気に入りのアジア各国のお寿司屋さん一覧が表示されるという仕組みです。2007年に香港にて考案、まだTwitterが世に出る前のことでした。


■"冒険"を求めて再び日本へ

母国アメリカが、共和党から民主党へ政権交代を迎えようとしていた頃、僕はアメリカに帰ろうと思いました。それまでは、アメリカ人は世界各地で嫌われていました。例えば僕がオーストラリアにいた頃、お店で「ビール1本下さい」と言ったら、お店の人が「アンタ、アメリカ人だな!」って(笑)オーストラリアには911の直後に行き、最初6週間の滞在予定が、すごく気に入ってしまって、結局は3年間住んだんですけど(笑)

その後に赴任した香港では、広東語は挨拶程度しかできませんでした。だからもしアジアに残るのであれば、言葉が話せる日本に行った方が良いだろうと思いました。アメリカに帰るか、再び日本に行くか・・・

僕は、日本を選びました。それは、僕の日本語能力が発揮できる場所だからでした。それに、これからの時代はアジアが重要な場所になってくるのではないか、という思いもありました。アジアへの足がかりとして、東京はとても住みやすいですし、アメリカに帰るより、もうちょっと"冒険"した方が、人生がもっと楽しくなるのではないか、と思ったのです。

もし僕がアメリカに帰っていたら、ニューヨークかロスかサンフランシスコのいずれかで、一般企業で仕事をしていたでしょうね。起業することは考えていませんでした。例えばサンフランシスコで起業すると、すごく競争が激しいです。そのような競争が激しいところよりは、戦略的に自分の強みを生かせる場所に行った方が良いだろうと思いました。外国人の中では、日本語が流暢に話せる人は少ないです。競争とは言え、その少ない人数との競争に過ぎなくなる。だから自分にとっては日本がベストだと思いました。

しかも、日本はもはや、自分の一部になってしまった。そしてインターネットの発達により、実質的に国境も存在しなくなっていました。どこにいるかも関係ないし、どこの人も、基本的には変わりない。だから僕は、日本に戻ることを考えたのです。しかも日本に戻った当初は、起業は考えていませんでした。むしろ安定した生活を送ろうと考えていたほどです。

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■眠っていた起業家魂にOn Fire!

日本に戻った僕は、ダイレクトマーケティングの会社に入社しました。"Shop Japan"というテレビ通販を運営し、そこから「ビリーズブートキャンプ」のような大ヒット商品を生んだ"オークローンマーケティング"という会社です。

その会社は、2009年にNTTドコモに何百億円で売却されました。元々は、わずか2人で立ち上げた会社です。彼ら創業者はその約15年後、巨額のキャッシュを手にした - そのようなサクセスストーリーに、僕は大いに刺激を受けました。そして起業を意識し始めました。

オークローンマーケティングを退社し、フラッシュマーケティングのベンチャー企業の立ち上げに参画して経験を積みました。そしてアジア各国を回っていた2007年頃に考えたことを元に"位置情報を使ったお店ブックマークアプリ"を作ることにしました。ブックマークのアプリは多くありますが、位置情報を駆使したブックマークアプリ的なものは、まだありませんでした。それが"Quchy"です。

僕はこのアイデアを元に、いろんな投資家の人たちに電話しました。だけど多くが反応ゼロか、時にネガティブな反応を示す人さえいました(笑)そのような中で手を差し伸べて下さった方が、サムライ・インキュベートを運営する榊原健太郎さんでした。

榊原さんはたくさんのアイデアに少額ずつ投資し、サービスのプロトタイプができるまで支援するというタイプの投資家ですが、それまでお会いした投資家の中で、彼が僕の事情を一番良く理解してくれました。しかもすごくオープンで、敷居が低い。起業家が集まってアイデア交換などができる"サムライ・スタートアップ・アイランド"という場所も作っていたので、シリコンバレーに近い発想や勢いを感じました。だから僕は、榊原さんの元で起業することを決めました。


■まだまだ成功じゃない

僕は、チームの力のおかげでここまで来れました。iPhoneアプリやウェブサイトを開発し、多くの人に使っていただけるようになりました。提携先となる飲食店も増えました。ここまで来れたのは、僕一人の力ではありません。そしてこれからも、常にサービスやインターフェース、ユーザーエクスペリエンスを改善し続ける必要があります。まだまだ「成功した」などとは言えません。

アプリをバージョンアップし、ユーザーの皆さんに通知をした直後にバグが発生することもあります。そういう時、以前は結構厳しくチームメンバーを怒ったりしていましたが、少し怒ることを控え、自分なら同じことが起きた時に、ボスからどのように言われたいかを考えるようになりました。

昨年5月には、会社の経費で開発者をシリコンバレーのエンジニア向けカンファレンスに連れて行きました。また、ジムやフィットネスに通うことも奨励したいと思っています。そのようにして、サービスもチームのスキルも、そして経営者である自分自身も成長していこうとしています。

仕事を通じて成長を感じることができないと、その仕事には関わりたくないと思うものです。その成長を促す環境を作ることができた時、初めて成功への階段を上ることができるのではないでしょうか。

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Quchyのデモをするローレンさん


■選択肢があることの幸せ

僕がオーストラリアにいた約10年前、僕の親友が自ら命を絶ちました。その連絡が僕のもとに来たのは、事件から4日後のことでした。突然のことだったし、オーストラリアとアメリカは距離がありました。僕に連絡をくれた友人は「こっちに帰って来ても、彼の最期を見届けることができないだろう」と言いました。

その友人も、僕と同じく日本に住んでいたことがありました。佐賀県で英語の先生をしていました。彼とはハーバード大学で知り合い、その後は医者になりました。すごく優秀で、すごくカッコいい。僕にとっての理想像でした。
しかし、彼はこの世を去った。それは彼に選択肢が無くなったと彼が思ったから・・・一方で僕は、いつも選択肢がありました。それは今でも、です。起業家としての道を歩んでいますが、不安は常にありますし、その不安は消えないと思います。

でも、それでも僕らには選択肢があるわけです。オーストラリアにいたいと思ったら、いることができる。仕事を見つけたいと思ったら、見つけるように動くことができます。そして「これをやるんだ!」と決めて、それに向かって行動すれば、それは実現する - そう信じることが大事だということが、僕の親友の死を通じて分かったのです。

人生は、難しい。特に、やりたいことをやろうとすると、それは簡単にはできない。例えば"Quchy"を立ち上げてから、資金がゼロになったこともありました。だけど粘り強く投資家を探し、見つかりました。

大事なのは"やり続けること"です。たいていのアイデアは、続けていればきっと形になり、成果につながると思います。僕は起業を選びましたが、それは一番最初にもお話したとおり、自分の発想が形となり、成果となり、自分の価値がそれによりはっきりと表れるからです。その時の嬉しさは、不安を軽々と上回る。だから僕は、起業家であり続けることを選んでいるのだと思います。

今日この会場にお越しの方の中には、今の環境に不満をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。そこから飛び出すことを考えながらも、恐くてできないという方もいらっしゃるかもしれません。その"恐怖"を克服するためには、その先にあるものに関する知識を増やすことが重要だと思います。

例えばパプアニューギニアに行くときに、何もリサーチしないで行くのと、きちんと現地のことを調べてから行くのとでは、不安の度合いが違いますよね。同じように、きちんとリサーチをすれば、一歩前に進もうと思ったときの恐さを和らげることができ、行動しやすくなる。それが自信につながると思うのです。


■世界が再び注目する日本

東京は、すごく素晴らしい街です。何でもありますからね。お料理もすごくおいしいし、人も優しいし、治安も良い。それに東京にはたくさんのお金とアイデアが集まってきます。しかも街は絶えず変化するから、追いつくだけでも精一杯です。僕にとっては「東京=発見」。だから僕は東京が大好きなんです。

この間あるヘッドハンティング会社の人から聞いたことですが、海外のエンジニアは皆日本に来たがっているそうです。事実、僕の友達は皆東京に来たがっています。例えば僕の友人のインドネシア系アメリカ人などは「近々インドネシアに行くけど、東京に行きたいから東京経由のチケットを取ったよ!」と言ってきました。

日本は、かつてソニーがウォークマンを発表したの頃のように、再び世界から脚光を浴びる時が来たのではないでしょうか。和食が世界遺産に登録されたり、東日本大震災における日本人の行動が評価されたりと、日本が注目されています。そして世界の人たちから共感されています。だから日本人にとっては、今が"チャンス"だと思います。

僕はアメリカ人IT起業家ですから、シリコンバレーのトレンドをかなり早くキャッチできます。僕の印象では、アメリカのネット社会はかつての日本のように匿名性に向かっており、一方で日本はFacebookのような実名性に向かっている。そういうトレンドの違いを知る者として、日本とアメリカの架け橋として活動していきたいと思っています。

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当イベントにご協賛いただいた「マザーアースプロジェクト」様より、ローチョコとオーガニックコーヒーの詰め合わせがローレンさんに贈られました!
*マザーアースプロジェクト様についての詳細は、こちらをご覧下さい。

また、僕は先ほど少し申したように"教育"も好きですから、日本人のための英語研修や外国人のための日本語研修、また"食べ物""技術""旅行"などテーマに沿った語学レッスンや交流会も行いたいと思います。さらに、これまでの僕の起業経験を活かして、これから起業する人たちの支援もしたいと考えています。

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そして私たち「My Eyes Tokyo」より・・・

東京を、そして日本を心から愛するローレンさんに、ガッツリ励ましていただきました。今年はきっと、素晴らしい年になる - 彼の力強いエールに、皆さんもきっとそう思われるでしょう。いえ、そう思わずにはいられなくなるでしょう!!

【ローレンさん関連リンク】
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(2014年2月7日のMy Eyes Tokyo「☆必見☆ MET People - session #4 『アメリカ人起業家が仕掛ける、口コミの力で人生を豊かに!』イベントレポート」より転載)