落語で戦争を防げるかもしれない。私は落語で平和を実現したいと思っています――大島希巳江さん

来る6月5日は「落語の日」と言われています。この日を記念して、海外に落語を広める人たちのインタビューをシリーズでお送りいたします。お一人目は、英語落語家の大島希巳江さんです。

皆様はご存知でしょうか・・・来る6月5日は「落語の日」と言われています。「らく(6)」と「ご(5)」の語呂合わせで考案されたとのことですが、そこでMy Eyes Tokyo(MET)ではこの日を記念して、海外に落語を広める人たちのインタビューをシリーズでお送りいたします。お一人目は、英語落語家の大島希巳江さんです。

これまで言語や文化の壁をなかなか越えられずにいた、日本の伝統話芸である落語。その素晴らしさを広くあまねく伝えるために、英語と日本語のバイリンガル兼社会言語学者の大島さんが立ち上がりました。以来約20年、大島さんは20を越える国々で英語落語を披露しています。

METでは、大島さんが落語の海外普及を始められた経緯や、異なる文化圏の中で公演を重ねられた中で学ばれてきたことをお聞きしました。


■「日本人って笑ったりするの?」

私にとって落語は、日本のユーモアセンスと日本文化を伝えるためのものでした。これまでの17年間、私は20カ国超、数百の街で公演をしてきましたが、この場をお借りして私が"英語落語家"になった経緯をお話させていただきたいと思います。

あれは1996年のシドニー。この街で"国際ユーモア学会"なる団体の会議が行われていました。ユーモアと名前にありますが、とっても学術的な集まりで、参加者は皆さん真剣そのものでした。私は「ハワイの人々がどのようにコミュニケーションを取り合っているか」をプレゼンするために、その会議に参加していました。私の当時の研究テーマが「ハワイの民族集団同士のコミュニケーションに用いられるピジン英語とジョークについて」で、会議ではハワイの日系アメリカ人のジョークについてお話しました。

話し終わった後、会議に参加していた専門家たちから"日本の"ジョークについて矢のように質問を浴びました。世界中から数百人集まった参加者の中で、私が唯一の日本人でした。その団体はユーモアの"専門家"たちの集まりのはずなのに、日本人がユーモアのセンスを持っていることを誰も知りませんでした。それどころか「日本人は果たして笑うのか?」と思っていた人がいたくらい。だから私は約束しました。「日本のユーモアセンスを象徴するものを、必ずや皆さんに披露します」と。


■ 落語と英語のエクスチェンジ

その翌年の1997年、ユーモア学会の会議がアメリカのオクラホマ州で開かれました。私は大阪から落語家を招き、実際に参加者の前で落語を披露しました。彼が日本語で演じ、私が彼の噺を通訳しました。

プレゼンは大好評でした。でもその噺家、笑福亭鶴笑さんはあまり喜んでいない様子でした。なぜなら彼が何か言っても誰も笑わないのに、私が通訳した途端に大ウケしたから・・・噺家にとっては気持ちよくないですよね。

だから私たちは話し合いました。そしてたどり着いた答えが「私が鶴笑さんに英語を教え、その代わり鶴笑さんが私に落語を教える」というものでした。それでやがては一緒に英語で落語をやろうと・・・私の落語人生はこうして始まりました。

1998年、私たちはアメリカ落語ツアーを行いました。大学や劇場などいろんな場所で公演しましたが、どこも反応は良かったですね。それで気を良くした私たちは、翌年以降も毎年アメリカツアーに出ました。そうするうちに、桂かい枝さん、桂あさ吉さん、林家いっ平さん(現:林家三平さん)、林家彦いちさん、春風亭昇太さん、立川志の輔さんなどの落語家が加わりました。この方々全て、私の落語のお師匠さんなのです。


■ 笑いのツボは世界さまざま

ユーモアは人々が共通して持つ知識や常識から生まれてくるものです。または人々が予想もしていなかったことが面白く感じられたりもします。同じ噺でも、笑いどころは様々です。

例えば私が「時そば」という噺を演じた時。そばを食べる演技をする時に、私は音を立てました。音を立てるのは、日本や他のアジアの国々では普通です。だからアジアの人はそこでは笑いません。

でも一方で他の地域では、それが違うように受け止められます。ある人はすする音を不快に感じ、ある人はその音を聞いて大笑いします。だから私は事前に説明するんです。「そばをすする時に音を立てると、そばがより美味しく感じられる。だから音を立てるんです」と。そうしないと「日本人は何て野蛮なんだ」と誤解されます。彼らにきちんと理由を説明すれば、私たちの文化にそのような一面があることを受け入れてくれたり、さらには日本に行ってそばを音を立てて食べてみたいと思うようになります(笑)そういう人たちは、もはや私がそばを音を立てて食べる演技をしても、不快に思わずにむしろ笑ってくれますね。


■ 落語は"親善大使"

いつも高座を下りるたび、たくさんの人が私のもとに駆け寄ってきます。そしてどんなところが面白かったかを教えてくれます。海外で公演する時のいつもの光景ですが、お客さんが日本人や日本文化に対してとても良い印象を持ってくれて、何だか私たちの距離が縮まったような気持ちがします。これが落語の効果なんですね。人が一緒に笑えば、人同士の距離は以前よりグッと近くなります。そしてお互いを好きになります。日常の会話で何かに対して一緒に笑えば、皆さんが同じ人間だと感じられるでしょう。

だから私がお客さんの前で演じる時 - そのお客さんがどんな人であれ - 皆さんが私を好きになってくれます。いえ、私"個人"を好きになるという意味ではなく、私を通して日本人や日本文化、はたまた日本そのものを好きになってくれます。そして日本に興味を持ってくれるようになります。

終演後、もし彼らのご近所さんに日本人がいたら、彼らは話すかもしれません。「落語っていうのを昨日見たんだ。すごく面白かったよ!」って。そうやって楽しい時を一緒に過ごすかもしれないし、もし彼らが日本人と一緒に仕事をするようになったら、落語を見た思い出がお互いの人間関係をよりスムーズにするかもしれません。そのようなことは実際に起きています。劇場の中だけでなく、お客さんの日常にも穏やかな空気を生み出せているのが嬉しいし、落語を通してお客さんも日本人と仲良くなり、お互いを深く知るようになり、やがて日本文化に強い関心を抱くようになります。私の公演後に実際に日本に来た人もいます。来日のきっかけは、やはり日本に興味があるからだし、もしかしたらそばを音を立てて食べたいからかもしれません(笑)どんな形であれ、彼らがちょっとでも日本に関心を持ってくれたら、私はその公演は"成功した"と言えると思っています。

私は日本でも海外でも、よく学校で落語を披露します。生徒さんの中にはやがて政治家になる人がいるかもしれないし、将来経済界で影響力を持った人になる可能性もあります。彼らが大きくなった時に、もし日本とどこかの国にいざこざが起きたら、彼らが立ち上がって言うかもしれません。「私は子どもの頃、日本の落語というものを見た。だから私は、日本の人たちがとても善良なことを知っている。だから彼らを守ろう!」 - それが私が、今後20年で期待していることです。


■ 私が日本にずっと住んでいたら、落語をやろうなんて考えなかった

落語は他の日本の伝統芸能、例えば歌舞伎などに比べて取っ付きやすく、初心者には始めやすいように思います。落語は一人で演じられるし、舞台設置もシンプルで衣装なども一つあればOK。だからコストもかかりません。そのため外国人の学生たちに取っても、比較的少人数のクラブとしてスタートできるというメリットがあります。実際にフィリピンやハワイにも落語愛好会のようなものがあり、落語が世界に広がりつつあるのを感じます。

私にとって"人を笑わせる"ことはそれほど重要なことではありません。もちろん笑わせることは落語の一番基本の部分だから重要です。でも私は、日本人が笑うポイント全てを笑ってもらおうとは思いません。もし日本人と違うところで笑っても全然OKです。彼らが楽しんでくれたら、それでOKです。

私は落語から、それぞれの価値観や文化などたくさんのことを学びました。そしてスタンダップ・コメディなど他のいろんなコメディスタイルも見、私自身について学び、私のアイデンティティについても学びました。その末に、落語が一番私に合っていると感じました。皆さんも、世界を回って最終的には自分自身のアイデンティティに目覚めることがあったと思います。それと同じです。

私の場合、もし私がアメリカに長い間住んでいなかったら、私は落語をやっていなかっただろうと思います。もしこれまでの人生をずっと日本で過ごしていたら、私はきっと落語をやろうなんて思わなかったでしょうね。


■ 「Rakugo」を英語辞書に載せたい

私にははっきりとした目標があります。その一つが「Rakugoをそのまま海外でも通じる言葉にし、"Sushi"や"Tsunami" - そして悲しい言葉ですが"Karoshi(過労死)" - これらと同じようにオックスフォードの英英辞典に載るまでにすること」です。

そしてもうひとつは「平和」です。私は落語を通じて平和な空気を生み出そうと常に考えています。本当はこのようなことは言いたくないのですが、でも敢えて言うと"世界全体の平和"の実現はほぼ不可能でしょう。でもそれに向けて近づいていくことはできます。もし挑戦しなければ、一歩も世界平和には近づきません。


だから私は、この日本の伝統"シットダウン(Sit-down)コメディ"で平和の実現に貢献したいと思います。


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(2015年4月20日「My Eyes Tokyo」に掲載された記事を転載)