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東北の人たちの気持ちを思い、演奏中に泣きそうになりました -- ロランド・エンシーナスさん

2016年03月06日 16時59分 JST | 更新 2017年03月06日 19時12分 JST

南米の音楽を愛する人たちにとっては、その名を知らない者はいないと言われる世界的ケーナ奏者。それが今回のインタビューのお相手、ロランド・エンシーナスさんです。

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撮影:石橋純さん

ご紹介いただいたのは、My Eyes Tokyoが立ち上がったばかりの2007年にインタビューさせていただいた、日本在住ボリビア人ギタリストのルイス・カルロス・セベリッチさんでした。カルロスさんから数年ぶりに電話をいただいたその翌々日には、ボリビアを代表するケーナ奏者、ロランド・エンシーナスさんと向き合っていました。

コンサート直前の、かなり慌しい時に行ったインタビュー。それでもロランドさんは、めちゃくちゃ人懐こい笑顔で応じてくださいました 。愛情たっぷりに日本との縁を語るロランドさん。しかし話が"311"に及んだ時、彼は少し悲しそうな表情を浮かべながら、その当時のことを振り返りました。

*インタビュー@けやきホール - 古賀政男音楽博物館(渋谷区)

*通訳:牧野翔さん(ボリビア音楽家/ベネズエラ・マラカス奏者)

■ ケーナ人生50年

私は1960年代から活動しています。ボリビアでいろいろなグループと活動し、各時代の音楽シーンの先端を走ってきたという自負があります。100を優に超えるCDに参加してきました。

中でも目だった活動としては、ボリビア音楽界の巨匠たちの音楽を再発掘する「ムシカ・デ・マエストロス」(Música de Maestros/巨匠たちの音楽)というものがあります。これは西洋楽器だけでなく、チャランゴやケーナなどボリビアの楽器も合わせた"民衆オーケストラ"で、私が中心となって創設しました。私たちが演奏するのは、単に楽しんだり踊ったりするものではなく、 徹底的に研究して作り上げた音楽です。その名の通り"巨匠たちの音楽"を、作曲家のご子息などにまで会ったりしながら研究した上で演奏しています。

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「ムシカ・デ・マエストロス」作品の数々

このような活動を重ねてきた結果、私は約20年前、ボリビア文化庁よりボリビア音楽の親善大使に任命されました。以来世界各地の劇場での公演、さらには大学や小中学校の訪問を行っています。

■ 日本で2000公演

今回は久しぶりにソロ奏者として日本に来ました。このインタビューの通訳をしてくれている牧野翔さんを中心に、日本の若者たちがムシカ・デ・マエストロスの精神を受け継いで結成した 「エステュディアンティーナ・ボリビアーナ」(Estudiantina Boliviana)や、日本各地で私の活動を支持してくださっている方々のおかげで、大阪・仙台・つくば・水戸・東京を回る今回の日本ツアーが実現しました。

ボリビア・オーケストラの魅力@けやきホール

(渋谷区 2016年1月24日)

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開演前の長蛇の列!

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奥から牧野翔さん、ロランド・エンシーナスさん、ユリアーノ・エンシーナスさん、福田大治さん

撮影:石橋純さん

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「エステュディアンティーナ・ボリビアーナ」との共演

撮影:石橋純さん

本当は「ムシカ・デ・マエストロス」全メンバーを日本に連れて来たかったのですが、メンバーが総勢30名にのぼるので、それは難しかった。だから今回のツアーでは、創設者兼ディレクターである私と、名ギタリストである私の甥、ユリアーノ・エンシーナスとで日本に来ました。

私と日本とのつながりは、ボリビア音楽の親善大使に任命していただいた20年前から続いています。昨年は残念ながら諸般の事情により来ることができなかったのですが、一昨年まではほぼ毎年日本からご招待いただきました。日本だけでも、これまでで約2000公演しています。少なくとも年間約100公演しますし、時には1日で2〜3の学校を回ったこともあります。

ボリビアと日本の音楽でのつながりも、同じように長く深いです。例えば、この30年間に日本からボリビアに音楽を学びに渡ったのは、延べ14人にも及びます。しかも 「エステュディアンティーナ・ボリビアーナ」には、ボリビアで音楽を習った日本人も含め約20人が在籍しています。彼らのレパートリーの約半分は、私の楽団「ムシカ・デ・マエストロス」の曲です。遠い日本で、私たちの音楽を愛してくれて、しかも演奏してくれている人たちがいるのは、とても嬉しいです。

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とびきりの笑顔でファンの方々と交流

けやきホール(2016年1月24日)

■ 東北に赴く

もうすぐ、東日本大震災から5年を迎えますね。私自身も、もちろん被災地に行きました。

2011年9月から11月にかけて、日本でのツアーを行いました。その年も他の年と同じく日本全国を回りましたが、被災地での演奏をいつもの年よりも多めに行いました。当時はまだ余震が続いており、コンサートの途中に起きた地震でお客さんたちが慌てて避難したこともありました。 地震で子供たちを亡くした学校も回り、演奏させていただいたこともあります。

仮設住宅も訪問し、皆様に喜びや希望を持ってほしいという気持ちを込めて演奏しました。ただしアップテンポの曲だけではなく「上を向いて歩こう」など、 みんなで歌える曲を演奏しました。

そういう曲は、演奏が少し難しかった。それは日本の曲だったからではありません。お聞きいただいている方々の気持ちを考えて、泣きそうになったからです。

昔日本にツアーで来た時に東北で出会った方の中には、お会いできなかった人もいました。どうか無事でいてほしいと、心から願っています。

■ 日本は特別な存在

これまでいろいろな国に行きました 中には少ししか滞在しなかったところもありますが、国によっては数ヶ月過ごしたところもありました。 

その中でも日本はやはり特別で、我が家のように感じます。なぜなら日本人以上に、毎年南から北まで日本全国回りますから。沖縄のさらに南にある、地図にも載っていないような島も行きました。そういう場所で、子供たちがボリビアの音楽を楽しんでくれるのを見るのが、私にとって無上の喜びなのです。

だから日本のことがとても大好きですし、今回もこうして日本に来ることができたことは、とても嬉しいです。

演奏で日本に来るのはもちろん、過去にツアーで知り合った日本の友達たちに再会したり、彼らと時間を共有したりすることは、私の人生にとってとても大事なことなのです。

毎年2~3ヶ月続く学校公演ツアーの間、まだ幼い彼の子供を日本の子供に重ね、その姿を探してしまう - そんなロランドさんの息子さんへの愛情を歌った曲です。

左から牧野翔さん、ロランド・エンシーナスさん、ユリアーノ・エンシーナスさん、福田大治さん

■ 音楽こそ我が人生

今年私は音楽活動50周年を迎えます そういった50周年の節目の年に日本に来て ボリビアの文化を学びたいと思っている熱心な若者たちと共演できることを、とても嬉しく思っています。

私にとっては、音楽こそが人生です。だから演奏旅行は私の生活の一部ですし、私自身もそれが大好きです。私はボリビア音楽の親善大使として任命されていますから、大使としてこれからも演奏旅行を続けていきたいと思います 。

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撮影:石橋純さん

そしてぜひ、日本の皆さんにもボリビアにお越しいただきたいと思います。いろんな種類の文化や音楽がミックスされた、大変豊かな文化がボリビアにはあります。一度いらしたら、日本に帰りたくなくなるかもしれませんよ(笑)



【ロランドさん関連リンク】

Estudiantina Boliviana:facebook.com/LaEstudiantinaBoliviana/

(2016年3月2日「My Eyes Tokyo」に掲載された記事を転載)