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相模原殺傷事件の犯人が書いた「障害者は不幸を作ることしかできません。」について

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私は1年近くブログをやり、読み手は記事単体しか読まないことを知りました。無駄な誤解を与えないためにも、今回は冒頭にて書き手である私について触れた上で書きたいと思います。

私は現在、30代で若年性パーキンソン病という進行性の難病にかかっています。

病気が進めば、体の自由が奪われ、最終的には寝たきりになります。今は症状が軽く一応健常者ですが、少しずつ障がい者に近づいています。そのため、現在の私は健常者と障がい者の中間の存在です。

幸いなことに、パーキンソン病で一番多い手の震えの症状がない稀なケースのため、今も仕事ができています。こんな私と同じ立場でブログをやっている人はあまり多くはないと思われます。だからこそ書かなければならないことがあります。

相模原殺傷事件の犯人が送った手紙には「障害者は不幸を作ることしかできません。」と書かれていたそうです。

数年前、私が病気と無縁であったころ、正直、障がい者は邪魔な存在でした。足手まといにしかならない存在であり、この世の中において必要性が見出せませんでした。必要のないものは捨てればいいと思っていました。

当時の私は自分以外の他者の命を大事にしていませんでした。他人の命は物扱いでした。当時の私は人間性が欠落していました。昔の私はこの犯人と似たような存在だったと思います。

そんな私が病気になり、自分が障がい者になると分かった時、人生が一変しました。自分自身が足手まといの存在になってしまったと思ったからです。

私の体が障がい者に近づくにつれて、私をとりまく環境も、私の考え方も大きく変わりました。

私は自分が弱者になるにつれ、他者を必要とし、大事にすることを覚えました。そして、他者を大事にすることが、本当の強さであることを知りました。本当の強さは肉体の強さではなく、心の強さであり、他者を思いやる心です。

他者を尊敬し、褒めることができる人こそ、『幸福を作る存在』なのではないでしょうか?

だから、「障害者は不幸を作ることしかできません。」と相模原殺傷事件の犯人は考えているようですが、この考え方には首をかしげます。物事の味方が悪い方に向いてしまったのだと思います。

嫌いな物を減らすのではなく、好きな物を増やすという発想ができなかったのでしょう。あの行動力を別の方に向けられなかったのが残念で仕方がないです。

障がい者だけが、不幸を作っているわけではありません。健常者として生活している人たちの中にも不幸を作っている人はいます。

今回の犯人の見た目は健常者だったと思いますが、このような事件を起こしたことから、彼こそが『不幸を作る存在』だったのではないでしょうか?

障がい者は確かに、人の助けが必要であり、健常者の方に面倒をかけます。しかし、それは健常者の方も同じだと思います。誰の助けもなく生きていける人はいません。

『幸福を作る存在』か『不幸を作る存在』なのかは、障がい者だから、健常者だからは関係ないと思います。

人は等しく、老化し、病気になり、死にます。

障がい者を差別しないで下さい。

どんな人も年を取り、程度の差はあれ介護が必要な存在になります。明日は我が身です。

一人一人の力は小さいです。しかし、今はこうやってブログという形で自分の意見を述べられる時代になりました。

みなさんが賛同し拡散してくだされば、社会は変わるかもしれません。

将来の自分の首を絞めるような社会にならないように一緒に社会を変えませんか?

私はみなさんの善意を信じています。

(2016年7月27日「ロゴスエモ」より転載)