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ふたつの東京オリンピック――「美術」が見えなくしているものは?

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先日、友人で画家の工藤春香さんの個展「紀元二六〇〇年―西暦2020年 棄てたのは私、棄てられたのは私」(日暮里のギャラリー HIGURE 17-15 casにて6/14まで開催)を訪れた。

工藤さんとの出会いは2014年。美術批評家の土屋誠一さんが呼びかけ人となり、60名以上の作家とスタッフが集まった「反戦―来るべき戦争に抗うために」展に工藤さんは作家として、私はスタッフとして参加していて知り合った。

工藤さんは02年に東京藝術大学の油画科を卒業し、現在も働きながら作家活動を続けている。「反戦」展以前から、銭湯のサウナ跡地で展示を企画したり(「お前はどうなんだ?」展)、「反戦」展終了後も展示に関連したトークイベント(「私達はなぜ反戦展に参加したのか」)を企画したりと、絵を描くことだけにとどまらない活動をしている。

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(工藤春香さん。個展会場にて)

そんな工藤さんの新作個展のテーマは「排除」と「アート」。個展会場が位置する日暮里について調べていたところ、戦後この地域に「バタ屋」と呼ばれる廃品回収業者の集落があったことを知り、興味をもったことが今回の個展につながったという。

バタ屋について調べていくうちに、工藤さんは1940年に開催されるはずだったオリンピック東京大会に行き当たる(大会は日中戦争激化により中止)。1940年は神武天皇の即位2600年にあたり、国内では一連の記念事業が計画されていた。東京オリンピックも、国際社会に国力を示すために紀元2600年事業のひとつとして誘致されたものだった。

一大国家事業の陰では「景観美化」という名目で貧困層の人々が排除された。しかも、景観美化運動を牽引したのは当時の「美術批評家協会」だった。こうした歴史を知り、工藤さんは2020年に東京オリンピックを控えた現代の状況を重ねあわせる。

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(美術批評家協会による全11回の連載記事「大東京を美化しよう」)

展示はふたつのフロアから構成されていて、バタ屋を調査するなかで知った「蟻の街」に着想を得た作品が展示の核をなしている。「蟻の街」とは、1950年ごろ、現在の言問橋(ことといばし)のたもとにあった廃品仕切り場のことで、最下層にありながら共同生活を営み、共に助け合うことで自立を目指した人々に工藤さんは心を動かされたそうだ。今も残る「蟻の街」の資料や文献をもとに、排除され、見えなくされた人々の姿を展示会場に立ち昇らせた。

それとは対照的に、富士山に向かって紀元2600年式典を祝う国民を描いた作品は、なんとも言えない不気味さを漂わせている。本作は1940年11月の新聞に掲載された写真を元に描かれており、新聞記事のコピーも会場で閲覧できる。

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今から20年近く前、新宿駅の地下道を通って美術予備校に通っていた頃から、地下道にいるホームレスの人たちが気になっていたという工藤さん。ドヤ街にでかけたり炊き出しに参加したりしては、ホームレスの人と会話をすることもあったそうだ。奇しくも、入学した藝大の卒業制作では、上野公園にあったホームレスのテント村跡地に成績優秀者の作品が設置された。

このように、以前から関心のあった「排除するもの」「排除されるもの」「排除を逃れるもの」の関係を美術で表現するのは今回が初めての試みだという。制作においては、過去の事実に関する資料的価値と美術的価値(絵画としての面白さ)のバランスの取り方に苦心したとのこと。

「見えなくなっているもの」を「見せる」ことが出来るのが美術の力のひとつだとして、ではその美術が「見えなくしている」ものはなんなのか。

2020年の東京オリンピックを控えた今、排除されようとしているのは誰なのか?誰が排除しているのか?美術もまた排除に加担しようとしてはいまいか?

工藤さんの作品は、そう問いかけている気がする。