安倍首相を迎えるドゥテルテの里ダバオ / 大統領特需にも、暴言に割れる反応

卑猥な俗語を連発したり、オバマ大統領らをののしり続けていることについて、地元大学の学長は「国を代表していることを自覚してほしい。口を慎むべきだ」

2017年1月12、13の両日、安倍晋三首相がフィリピンを訪問し、マニラでの行事のあと南部ミンダナオ島ダバオに滞在する。日本の首相がフィリピンで首都圏以外の地方都市を訪れるのは極めて異例だ。一方のダバオにとってはおそらく、開闢以来初めて迎える先進国の首脳ということになるだろう。実現するのはもちろん、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の地元であるからだ。

ダバオは今年も静かな正月を迎えた。他の地域では新年を祝う乱痴気騒ぎにつきものの爆竹がさく裂し、多くの負傷者が出る。全国では昨年より32%減ったものの今年も630人。他方、ドゥテルテ氏が市長時代に爆竹を禁じたダバオでは平穏な年越しが続く。

年明け、その街を歩いた。マニラから来てまず驚くのは、タクシーの運転手が乗車拒否をしないことだ。メーターを素直に倒し、料金をふっかけない。釣りさえくれようとする。当たり前のようだが、首都圏ではそうはいかない。何も要求せずに素直に目的地まで運んでくれる運転手は3人に1人もいればよい方だ。小銭を返してもらった記憶もない。

治安の良さがウリのダバオには171台の防犯カメラが設置され、公共の場での禁煙も徹底されている。コンビニでもたばこは買えない。首都圏でも空調のある施設内は本来、禁煙だが、酒を出す飲食店ではかなりルーズに喫煙がされている。ダバオでは規則は規則。先月当地を訪れた日本人は、ホテルの前で喫煙していて1万ペソ(22000円)の罰金を取られた。「他の街なら警備員に500ペソほど払って見逃してもらうところだが、ここでそんなことをしたら贈賄で逮捕されかねない雰囲気だった」とこぼす。

この街の風情は首都圏や他の都市と相当違う。何といっても政治家の顔写真がほとんど見当たらないのだ。フィリピンの多くの街では公共施設、庁舎、走り回る救急車などに必ずと言ってよいほど市長、議員らの写真と名前を掲げたポスターやステッカーがでかでかと、あたり構わず貼ってある。公金で運営されている施設や車であってもお構いなしだ。選挙で勝ったものの特権だといわんばかりである。しかしダバオではそれがない。一人を除いて。

例外はやはりドゥテルテ氏だ。が、それとてたいした数ではない。個人や支持者が自宅、会社の軒先に張り出したものに限られ、公共施設、まして救急車ではみかけない。

爆竹も乗車拒否も喫煙も政治家の写真もすべてドゥテルテ氏がやめさせた。

市の中心部から車で30分ほどの団地にあるドゥテルテ氏の自宅前には等身大の写真パネルがある。一日200人から700人が訪れる新たな観光名所だ。観光バスで乗りつける団体もある。訪問者は必ずこのパネルと並んで写真に納まる。何もなければ普通の家と変わらないので「せっかく多くの人が来てくれるのだから目印にでも」と大統領の知人が本人の了解を得てパネルを立てたという。私が訪れた時も一時間足らずの間に30人ほどがやってきた。埼玉からきたという日本の老人ふたりは「評判の人だからね。この街で他にみるところもないし」と話していた。

ドゥテルテ大統領の自宅前で記念撮影する訪問客=ダバオ市内、柴田直治撮影

当の住宅は、フィリピンの標準からみても質素といえる二階建てだ。角地で間口は30メートルに満たない。両隣は弟と息子がそれぞれ家を構えている。市長になる前の1980年代初頭、団地が開発された際に購入してからずっと住み続けているという。

「このあたりは土地もまだ安いよ。1平米2000ペソ(4400円)ぐらいだ。そこに空き地がある。あんた買わないかい。フィリピンで一番安全だ」と近所の人に声をかけられた。住宅地に入るには二つの検問を通り、それぞれ身分証を見せて署名をする必要がある。自宅周辺は戦闘服姿の大統領警備隊とダバオ警察が囲んでいるほか、私服の公安も数多く配置されていた。

確かに安全かもしれないが、テロの標的になるかもしれない。大統領の末娘(12)は観光客が押しかけるようになってから表で遊べなくなったという。

ドゥテルテ大統領の自宅前で記念撮影する訪問客=ダバオ市内、柴田直治撮影

団地の道端では屋台でTシャツやマグカップ、ステッカーなどドゥテルテグッズを売っていた。近所の人が大統領に願い出ると、「道路をふさいで交通の邪魔にならないように」という条件でOKが出たという。観光客の訪問は近所への迷惑を考え、午前8時から午後5時までに限定されている。

ドゥテルテグッズ

大統領がもたらす特需に静かな街も活気づいている。

同じ等身大のパネルが有名な菓子店前にもあった。主力商品のドリアンイエマ(ドリアン粉とコンデンスミルクを固めた菓子)を以前からドゥテルテ氏が好んだことから、長年の支持者である経営者が設置を承諾してもらった。「選挙中から売れ行きは上々」と店員はうれしそうだ。

ドリアン菓子店の前にもドゥテルテ氏の等身大写真パネルが=ダバオ市内、柴田直治撮影

ドゥテルテ氏は週の半分をダバオで過ごす。これも地域経済の活性化を考えてのことと指摘する人がいた。確かに表敬に訪れる外交官、財界人らが列をなす。各国大使は大統領就任前にごぞってダバオ詣をした。経済セミナーなども活発に催されるようになり、飛行機、ホテルの予約がとりにくいことも多い。マニラの主要紙やテレビの記者も交代でダバオに詰めている。突然の記者会見がしばしばあるからだ。ホテルでは金がかかるとアパートを借りた社も。フィリピン航空はセブ経由の成田直行便の就航を計画している。

政府観光省は、17年度のダバオの観光客を前年度5割増の900万人と見込む。地元記者は「この街最大のアトラクションは大統領」と話した。

付随して交通渋滞も深刻さを増している。通勤時間が前年の2~3倍かかるとこぼす会社員がいた。不動産の値上がりも始まり、開発計画を先取りした土地の買い占めの噂も聞いた。

安倍首相の来訪は、日本政府が正式発表していないため、市民にはまだあまり知られていなかった。それでも「大統領がいるから安倍首相も来てくれる。きれいで治安のよい街をさらにアピールできる」と胸をはる人がいた。

ドゥテルテ氏が2013年、日本とフィリピンの友好を願って建てた『無憂』の碑=ダバオ市ミンタルで柴田直治撮影

「大統領はダバオあげての誇りだ」(地元ジャーナリスト)との認識は市民に共有されている。地元大学の学長は「大統領はダバオのスタッフをたくさんマラカニアン(大統領府)に登用し、市全体のモラルが上がった」と話し、元判事は「これまでの中央政界にはなかったタイプの指導者。人々の中に入って話を聞くことができる。真の改革が進展する可能性がある」と評価した。ドゥテルテ氏の側近を自認するバランガイ(最小の自治単位)議長は「フィリピンはいま、ドゥテルテ氏が市長になる前のダバオのような状況だ。犯罪が横行し、麻薬中毒者であふれ、汚職が後を絶たない。大統領は国全体をダバオのように立て直してくれるだろう」と鼻息が荒かった。

ドゥテルテ氏は市長時代、ローカルテレビに毎週末の番組をもっており、市の直面する課題や運営方針について地元のビサヤ語で市民に語りかけてきた。週一回は市長室に市民を入れ、一人ひとりの陳情を聞いて解決策を部下に指示した。毎回200人以上の列ができていたという。自分でタクシーを運転して、街を巡回して強盗犯を捕まえたといった「都市伝説」も数多い。

一方、大統領就任以来の「麻薬との闘い」で6000人を超す死者が出ていることや、繰り返す暴言については市民の間で意見が分かれていた。ドゥテルテ氏は先月、市長時代に3人を直接殺したと発言したが、これについて先のバランガイ議長は「事実だ」と断言する一方、「犯罪者集団との銃撃戦の際であり、法的にも問題はない」と付け加えた。大学学長は「信じたくない話」と顔をしかめた。地元ジャーナリストは「大統領になってから話す内容や口調が少々変わってきた。受け狙いで話を作ったり、わいせつな俗語を連発したりすることは過去さほどなかった。反応の大きさに少し舞い上がっている感じがする」と分析した。

麻薬との闘いについて学長は「殺す以外に方法はないのかと疑問に感じる。市長時代も選挙で返り咲くと半年間は多くの人が死に、その後は落ち着いた。国全体でも流血はそろそろ止まってほしい」と願う。元判事は「確かに数は多い。だが麻薬犯罪者がより多くの無辜の人を死に追いやることを考えれば、この国では仕方ないのことかとも思う」。

卑猥な俗語を連発したり、オバマ大統領らをののしり続けていることについて、学長は「国を代表していることを自覚してほしい。口を慎むべきだ。彼は街の誇りだが、こうした発言のあとは逆にダバオ市民であることが恥ずかしくなる」と批判した。

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