実績か清廉か フィリピン大統領選の構図固まる

5月に投開票されるフィリピン大統領選の構図が固まった。有力候補のグレース・ポー上院議員(47)について、同国最高裁が8日、立候補資格を認めたからだ。
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5月に投開票されるフィリピン大統領選の構図が固まった。

有力候補のグレース・ポー上院議員(47)について、同国最高裁が8日、立候補資格を認めたからだ。国籍や居住歴で立候補要件を満たしていないとして選挙管理委員会が失格としていたが、ポー氏がこの決定の破棄を求めていた。

今後、勝ち馬に乗る動きが加速してマッチレース、あるいは独走となる可能性はあるものの、これまでのところポー氏に加え、野党のジェジョマル・ビナイ副大統領(73)、ロドリゴ・ドゥテルテ・ダバオ市長(70)、アキノ大統領から後継指名されたマヌエル・ロハス前内務自治相(58)がそれぞれ20%台の支持率で拮抗する異例の「四つ巴」となっている。

ポー氏は、前々回の大統領選で僅差で敗れた有名俳優の故フェルナンド・ポー・ジュニア氏の養女。出生後まもなく教会に捨てられていたことから「両親の国籍が不明」などとして選管が失格としていた。

元人権弁護士のビナイ氏は、コラソン・アキノ大統領(当時)からマニラ首都圏マカティ市長に任命され、長く市政に君臨、6年前に副大統領に。コラソン氏の息子の現大統領とはことごとく対立してきた。

ドゥテルテ氏は元検察官。南部ミンダナオ島の中心都市の市長を長く務め、犯罪対策や企業誘致に力を入れてきた。大統領になれば半年で麻薬犯罪などを撲滅すると宣言。率直な物言いが一部で人気だ。

元大統領の孫であるロハス氏は前回の選挙で大統領選出馬を模索したが、コラソン氏の死去に伴い、待望論が強くなった現大統領にその座を譲り、副大統領選に出馬したもののビナイ氏に競り負けた。

おおまかな争点は、現在のアキノ路線を継承するかどうかだ。歴代政権に比べ高い経済成長を果たしたアキノ政権の政策を引き継ぐと宣言するロハス氏に対して、ビナイ氏は主要政策をことごとく変えると挑戦し、ドゥテルテ氏も「真の変革」を訴える。ポー氏の立ち位置はよくわからない。ロハス氏の勝ち目が薄いとみるアキノ政権の「隠れ候補」との見方も強く、実際に現政権を批判することは少ない。

選挙結果は、日本の安全保障や経済にも影響する。

アキノ政権は、南シナ海問題での対中政策で日米との連携を鮮明にし、日本政府も巡視艇の供与や海自の航空機の貸与などで支援してきた。ところがビナイ氏は中国との対話を打ち出しており、当選すれば日本政府は梯子を外される恐れもある。ドゥテルテ、ポー候補もアキノ大統領ほどの対中強硬派とはみられていない。日本政府が支援してきたミンダナオ和平も、ロハス氏以外なら軌道修正は必至だ。

経済政策でビナイ氏は、アキノ政権が力を入れてきた官民連携(PPP)事業より、政府の直接支出によるインフラ整備をと公約している。過去の例から考えれば、完成に至っていないPPP事業が影響を受ける可能性は少なくないだろう。

選挙戦の図式を、経験、実績を訴える3氏対清廉、新鮮さをアピールするポー氏とみることもできる。

ビナイ氏はマカティ市を全国1の裕福な自治体に育てたと主張する。ドゥテルテ氏はダバオを犯罪の少ない都市として発展させたという。ロハス氏は閣僚を歴任した実績を前面に押し出す。他方、政治経験は上院議員の3年だけというポー氏は、ロハス氏から「大統領職はOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)ではない」と揶揄された。

しかしこの国の選挙では時に、経験の少なさが集票につながる。何もしていないことは美徳ですらある。少なくとも汚職に手を染めていない、TRAPO(伝統的な腐敗した政治家を意味するフィリピン語)ではないことの裏返しとみられるからだ。かつてのコラソン・アキノ氏や息子の現大統領がまさにその例だ。ポー氏は政治色が薄いことをウリに、その列に連なろうとしている。

マカティの発展の陰でビナイ氏の汚職疑惑が捜査され、ダバオの犯罪対策でドゥテルテ氏は超法規的手段を用いてきたと指摘されている。政府の対応が批判されている台風ヨランダ後の復興の責任者はロハス氏だった。

アジアのなかでは民主的に選挙が行われると評価されるフィリピンだが、米国風の大統領候補討論会はあっても、具体的な公約を掲げた論戦が今回も見られないことは残念だ。地下鉄建設などの渋滞対策、新空港の設置、バンサモロ法案の取り扱い、仲裁裁判所判決後の対中政策などについて各候補の考えを知りたいが、正直分からない。なぜか地元メディアも突っ込んだ質問はしないのだ。

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