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柴田直治 Headshot

もったいなさと何もしない美徳 アキノ大統領の6年

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フィリピンのベニグノ・アキノ3世(愛称ノイノイ)が30日、6年の大統領任期を終える。母コラソン・アキノ元大統領の死去を受けて、2010年の選挙に立候補し圧勝した。その業績について、安全保障面で連携を強めた日米の政府関係者らは高く評価する。経済指標でも概ね良い数字を維持し、次期政権にもノイノイ路線を引き継いでほしいとの声が財界から聞こえる。

しかし私は「もったいない6年間」だったという印象をぬぐえない。任期後半でも高い支持率を維持したのだから、この国に必要な改革をもっと進めることができたはずだ、と。多くの国民も飽き足らなさを感じていたからこそ、ロドリゴ・ドゥテルテ氏の剛腕に将来を委ねたのであろう。

南シナ海問題では。ほぼ全域の領有権を主張する中国に対し、国際仲裁裁判所に提訴するなど筋の通った対応を貫いた。安倍政権もこれを高く評価し、これまでの政府開発援助(ODA)の枠を超えて巡視艇の供与や自衛隊機の貸与を決めた。

米国とは防衛協力強化協定(EDCA)を結んだ。これで1992年にフィリピンを撤退した米軍が再び国内の基地を拠点とする道筋をつけた。

政権のキャッチフレーズは「まっすぐな道」「汚職なければ貧困なし」だった。アロヨ前大統領を略奪容疑で逮捕し、コロナ最高裁長官を弾劾、ビナイ副大統領一族の不正蓄財を追及、優先開発補助金(ポークバレル)の不正流用疑惑で、エンリレ、ジンゴイ・エストラダ、レビリヤの3上院議員を起訴、拘置した。

捜査や弾劾は政敵攻撃が目的だったという批判も一部にあるが、国民から大きな反発はなかった。こうした腐敗追及が貧困削減に結び付いた証明もないが、大統領個人として最後まで汚職のうわさが聞こえてこなかったことが高支持率につながっていたとみられる。

経済では任期中、6%を超える国内総生産(GDP)の伸びを記録した。歴代政権下の平均成長率(国家統計局調べ)はマルコス3・5%、コラソン・アキノ4・1%、ラモス3・8%、エストラダ2・7%、アロヨ4・4%。つまり最高の実績であり、アジアのなかでも最高に近い伸びだった。

GDPの7割を占める個人消費が好調だったことに加え、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)を中心にしたサービス産業が定着、拡大した。14年のBPO産業の規模は189億ドルで、主要な外貨獲得の手段となった。BPO就労者は120万人に達するとされ、雇用の改善にも寄与した。欧米格付け会社のレーティングもたびたび引きあがられ、「投資適格」となった。

だがしかし、である。インフラ整備が経済成長ほど進まなかった結果が、今日の道路渋滞であり、マニラ国際空港のありさまだ。官民連携方式(PPP)を主な手段と定めたが、政府に対する企業側の不信感もあり、6年間で完成はゼロ、契約ベースでもやっと10件に届くかどうか。一方で財政黒字でありながら、政府予算で大規模な社会基盤整備に乗り出すことはなかった。

東南アジア最悪とされる外資規制もほとんど緩和されなかった。その結果、投資は伸び悩んだ。日本貿易振興帰国(JETRO)によると、昨年受け入れた外国投資は約42億ドル。前政権に比べて数倍になったと政府は主張するが、それでもインドネシアの285億ドル、ベトナムの219億ドルなど周辺国より1ケタ少なく、ミャンマーの44億ドルにも及ばない。

海外出稼ぎの送金が256億ドルだから、その6分の1だ。つまり海外送金に底上げされた経済成長だったといえる。

アキノ大統領は憲法の経済条項を改正し、外資が進出しやすい環境を整えようとしたが、議会の反対でとん挫した。憲法改正は大統領の任期延長につながりかねない、マルコス時代の強権政治に逆戻りするきっかけになるなどが反対理由だ。だが本当のところは、非関税障壁に守られた当地の財閥の意を受けた議員らによる既得権擁護だと私は考える。なぜSMやロビンソン(フィリピンの大手スーパー)の商品が品質に比して高いのか。外資参入障壁によって競争が担保されていないからではないだろうか。
  
フィリピン外国人商工会議所連合は2月9日、次期大統領が外資規制の緩和、インフラ整備など経済改革を実行すれば経済成長率は2018年から10%台を達成できるとの見通しを示した。私も同感だ。潜在力は高い。近隣諸国に追いつくためには二ケタ成長が必要だ。

国民の平均年齢は23歳とアジアで最も若い。圧倒的な人口ボーナスを享受するためには雇用の確保と教育の充実が必要だ。前者では外資、なかでも製造業の誘致が欠かせない。

解決法は明らかだが、問題は実践できるかどうか。ドゥテルテ氏もやはり憲法の経済条項改正を唱えている。真の改革者か、単なるこけおどしか。ここでも新大統領の手腕が問われる。

憲法改正とともに、アキノ政権が最重要施策に掲げながら日の目をみなかったのはミンダナオ和平である。バンサモロ基本法案が成立すれば和平は前進し、同島の投資環境も 改善されると期待されたが、議会のサボタージュで成立しなかった。同じ形で次期政権に引き継がれるのことはなかろうが、ドゥテルテ氏は和平に熱心な姿勢を示しており、行方が注目される。

憲法にしろBBLにしろ議会の抵抗が強かったのは事実である。だが大統領自らが直接、議員らの説得に乗り出した形跡はない。

母が死ななければ大統領になることはなかった。その座を強く望んでいたようにもみえない。心構えも十分でないままトップになってしまったといえば言い過ぎか。何より性格がマシパグ(仕事熱心)ではなかった。懸案を解決する意思とガッツに欠けていたように私にはみえる。

それにもかからわらず経済が好調で高い支持率を保ったのはなぜか?

幸運や時代に恵まれたことが大きい。逆説的に言えば、何もしなかったことが幸いした面もある。マルコスのように戒厳令を敷いて国の富を収奪したり、アロヨのように汚職にまみれたり、エラップのように賭博や飲酒におぼれたりすることもなかった。悪行を重ねるぐらいなら、「何もしない」ことがフィリピンの政治家には時に美徳となり、業績にもなりうる。

母方のコファンコ家はタルラック州にある大農園の地主である。農民搾取の象徴だ。ノイノイ時代も農民に土地を分配したわけではない。そんな家柄でも母と同様、「個人としては悪いことをしない」。これがこの国では大切なのだ。

今回の選挙前の世論調査で、大統領選びの基準で最も大事なことは、との問いに最も多かった答えは「穢れない(腐敗していない)評判」だった。

悪いことはしないが、優柔不断と評された6年を経て、国民は強い(ようにみえる)リーダーを選んだ。この賭けが吉と出るか凶と出るか。審判にそう長い時間はかからないだろう。