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映画「アンブロークン」は反日映画ではない

2015年02月12日 23時41分 JST | 更新 2015年02月12日 23時41分 JST
TOBIAS SCHWARZ via Getty Images
US actress and director Angelina Jolie leaves after a photocall for her film 'Unbroken' on November 27, 2014 in Berlin. The film by US actress and director Angelina Jolie will start in German cinemas on January 22, 2015. AFP PHOTO / TOBIAS SCHWARZ (Photo credit should read TOBIAS SCHWARZ/AFP/Getty Images)

話題の映画、「アンブロークン」をドイツの映画館でオリジナルトーン(英語)で見た。

映画監督としてアンジェリーナ・ジョリーの第二作目ということだ。なかなかの出来で二時間十七分という長さも気にならず、思わず見入ってしまった。特に有名な俳優が出てこないところは新鮮で、うまいキャステイングだと思った。最近の映画は映像技術の発達で、戦闘シーンも迫力がある。

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19才で1936年のベルリン・オリンピックに出場したルイ・ザンポリーニは、メダルは獲得できなかったものの、そのラストスパートはヒットラーをも印象づけた。

ザンポリーニは次の1940年東京オリンピックに備えて訓練をしていたが、太平洋戦争の勃発で、従軍。そしてある日、行方不明になった米軍機を救出するために乗った飛行機が墜落した。太平洋を47日間漂流したのち、日本軍の捕虜として捕らえられる。

どのような境遇でも生きることをあきらめず、人間としての尊厳を失わない、「アンブロークン」はザンポリーニのある陸上記録が長く破られなかったことと、そしてその不屈の精神力、両方を指している。

 

■ アンブロークンは反日ではない

映画化にあたっては4人の脚本家が書いたというが、昨年、7月に97歳で亡くなった主人公、ザンポリーニの人生を2時間あまりの映画にするということは当然、テクニックを要する。映画はいわばダイジェスト版でやはり原作を読まないと詳しいことはわからない。一体、原作と映画のどこがどう違うか、原作を読んでみた。

原作者、ローラ・ヒレンブラントは映画「シービスカット」 (2003年)の作者でもあるといえば、思い出す人も多いのではないか。

ワシントンDCに住むヒレンブラントは、カリフォルニア州に住むザンポリーニに計75回に電話インタビューを行ったという。「自分の記憶がぶれていた箇所なども詳細に調べてくれた。疑問があったときはローラに電話していろいろと聞いたものだ」とザンポリーニは述べている。

ヒレンブラントは7年間かけて作品を書き上げてから、初めてザンポリーニに会った。実は彼女は19才のときに病気を患ってからというもの、三十年近く外出さえもままならない日が多いからだ。彼女自身の「闘い」もひとつのテーマとなるだろう。

原作はペーパーバックで400ページほどあり、周辺取材と時代背景を盛り込みかなり詳しく書かれている。

主人公と戦友二人が小さな救命ボートで47日間、漂流中、脱水症状や飢えと闘いながら、ゴムボートの周りではサメたちが執拗に泳ぎまわる。ボートにたまたま飛び降りた鳥たちだけでなく、素手で小型のサメを捕獲し、肝臓だけを食べた。海軍のサバイバル訓練でサメでは肝臓だけが食用に適していると教えられたことが役立った。日本の爆撃機に数回、空から攻撃され、力を振り絞って水中にもぐる。想像を絶するような闘い。西へ西へと三千キロ以上漂流していくうちに日本領のマーシャル群島で日本軍の捕虜となったとき、60キロ近かった体重は35キロほどに激減。三日間、介抱を受けたあとは別の捕虜収容所へ移動される。その後、終戦まで収容所を数回移動し、脚気、栄養失調、赤痢に苦しみ、さらに暴力的な看守から受けた虐待や冬の炭鉱での強制労働など、二年あまり、よく生き抜いたものだ。

収容所の生活は細かく描写され、捕虜たちが交代ですきをみては台所から少しもの米を盗んだり、情けをかけてくれた通訳から多少の食料をもらったり。収容所では大学時代に知っていた日本人とも偶然、再会する。ヒレンブラントは時代背景とともにザンポリーニの家族や複数の軍隊関係者、および研究者に聞き取り調査をしただけでなく、太平洋戦争に関連する文書を大量に保管しているメリーランド州にある公立公文書館の資料を集め、入念に調べた。丹念に調べた資料からは多数の引用箇所が明記され、敵も味方も傷めつけられた戦争の現実が伝わってくる。

映画の終わりの部分では、空襲のあとをさまよう日本人たちの姿も出てくる。違和感を感じたところといえば、焦土と化した街並みに、鳥居だけが健在だった部分だ。ハリウッドは日本の象徴として鳥居を入れるのを好むのか、真珠湾攻撃を描いた映画「パール・ハーバー」(2001年)で海軍の会議が鳥居の前で行われていたことを思い返せば、ご愛嬌というところだ。

伝記にもとづく映画は記録に忠実なドキュメンタリーでもなければ、すべてが完全なフィクションでもない。シーンの取捨選択、演出など、映画として見せるためには、多少の脚色は避けられない。もっとも映画評のほうは毀誉褒貶かまびすしい。俳優から監督への移行は誰にとっても簡単ではなだろう。しかし、女性映画監督が極めて少ないことを考えると、ジョリーはよくがんばったのではないだろうか。

今のところ日本での公開日は決まっていないようだ。ネット上の一部の否定的な意見のために、日本の配給会社が日本では「あたらない」と判断したのだろうか。

音楽評論家がコンサートに行かずに書いた評があてにならないということと同じように、映画を見ていない者の評はあてにならない。

今後、いくつもの作品が日本だけで見ることが不可能になるのだろうか。それとも特定の映画は外国にいかなければ見れなくなるのだろうか。日本が映画関係でも「情報鎖国」にはならないでほしいと思っている。