大切なのは人?それとも遺跡?

世界遺産も歴史的建造物も文化財も貴重である。しかし…

最初に断っておきたいが、私は大の歴史好きで「世界遺産ファン」である。子どもの頃から世界史や日本史は得意科目だったし、社会人になり特に欧米のロジックの中で繰り広げられる議論に参加するためには歴史を知らなければ話にならないため、歴史の振り返りは仕事でも研究でも基本作業となっている。また世界遺産も大好きで、出張や旅行で訪れる先ではまず世界遺産が無いかチェックし、世界遺産登録されていない古い建造物にもできるだけ足を運んでいる。

ミャンマー地震の報道

しかし、ここ数日の報道で少し気になることがある。8月24日に起きたミャンマー中部の地震報道で、「ミャンマーでM6.8の地震、バガン遺跡に被害」といった類のヘッドラインが散見されたことである。確かに死傷者数にヘッドラインで触れている記事もあったし、地震直後の情報では死傷者数はゼロと見做されていた、または不明だったのかもしれない。にしてもそれだけ強い地震が起きたのに、人間への被害の有無よりも建築物への被害の方があたかも重要かのような印象を受けたのは私だけだろうか。

国際刑事裁判所の「画期的」ケース

実は、この印象には伏線があった。8月22日、オランダ=ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)で、マリにおける「歴史的・宗教的な建造物の意図的破壊」という罪に問われていたアフマド・ファキ・マハディ被告に対する初公判が開かれ、同被告が起訴事実を自認したのである。実は、ICCで「歴史的・宗教的建造物の意図的な破壊」という戦争犯罪が主訴となる初のケースであり、また被告人が訴追内容を公判で認めたという意味でも初のケースである。その二つの意味で確かに「画期的」な公判であり、特に欧州メディアでは大々的に取り上げられた。

国際刑事裁判所への批判

しかし、それに対する批判も出ている。ICCでは、現在16件の案件が審理中で、それに加えて勾留中の者が6名、身柄を拘束できていない者が13名いる。その多くが、「集団殺害」(いわゆるジェノサイド)、「人道に対する犯罪」、「戦争犯罪」(いわゆる国際人道法違反など)のうちでも、殺人、拷問、強姦、迫害、強制移住、児童兵の採用などといった一般的には「より深刻」と思われる犯罪で訴追されたり、逮捕状や召喚状が出されたりしている。そのような「より深刻」な案件を差し置いて、遺産の破壊といった「軽犯罪」に注力するとはいかがなものか、というのが批判の主な内容である。

実は、ICCが規定する「集団殺害」、「人道に対する犯罪」、「戦争犯罪」の間には公式には優劣が無いとされている。また今回マハディ被告の公判が開かれたのも、ICCの検察官や裁判官が意図的に本件を優先しているというよりは、容疑者が逃亡中とか、証人の召喚中だとか、部外者には分からないような内部手続き事情があったと推察される。しかし、今回のマハディ公判を「画期的」と取り上げる過ぎると、あたかも人の命よりも世界遺産の方が大切かのような誤ったメッセージを送ることになりかねないのも、事実だろう。

世界遺産も歴史的建造物も文化財も貴重である。しかし、人命はそれよりも絶対に大事なはずである。「モノ」より「ヒト」、このことは念のため改めて確認しておきたい。

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