BLOG

北朝鮮籍木造船の乗組員、日本政府はどう対処すべき?

今のところ北朝鮮出身者は「北朝鮮に帰りたい」と言っているとの報道です。

2017年12月12日 10時26分 JST | 更新 2017年12月12日 10時26分 JST

今月に入って、日本海側に漂着する北朝鮮籍の木造船が増えているそうです。日本の排他的経済水域内での違法漁業は新しい話ではないですが、先週には、日本の無人島の小屋から発電機などを盗んだ者まで出て来たようです。当然ですが、日本の領海・領域内に不法に侵入した外国人や窃盗を行った者は、日本の国内法に従って粛々と逮捕・勾留・起訴・処罰すべきです。

ここまでは全く難しい問題ではありません。実は逮捕・勾留・起訴・処罰した後に難問が待っているのです。

今のところ北朝鮮出身者は「北朝鮮に帰りたい」と言っているとの報道です。彼らが日本政府当局に捕まったことは恐らくピョンヤンには筒抜けですので、北朝鮮に帰った暁には非常に厳しい尋問・拷問・処罰、最悪の場合には処刑なども待っているでしょう。ただ、恐らく北朝鮮にいるご家族を実質的な「人質」に取られている状況ですので、多くの方が帰国後の激しい拷問や処罰などを覚悟してでも「帰国したい」と述べるでしょう。

本心にせよそうでないにせよ、少なくとも「帰国したい」と言っている北朝鮮出身者を帰国させないのは国際法上人権侵害にあたりますので、日本政府は通常通り、韓国・中国経由などでの自主的帰国に向けた手続きを取るしかありません。

ただ今回は入院した人もいるようですし、菅官房長官が述べた通り「徹底的な聞き取り調査」を行ったり逮捕・勾留・収容している間に、日本における滞在期間が長くなります。そうなると、北朝鮮帰国後に「日本に魂を売ったスパイ」との言いがかりをつけられる危険が高まってきますので、本人にとっては帰国のハードルが高くなっていきます。

また、日本の病院、拘置所、刑務所、収容所などは、北朝鮮で彼等が送ってきたであろう極貧と人権侵害の日々から見ると、極めて文明的・人道的で高度に発達した生活に感じられるでしょう。木造船の仕様や乗組員達の身なり、窃盗品のレベルを見ても、彼等が北朝鮮で強いられている生活がどれほど厳しいものなのか、容易に想像がつきます。

そこで、日本滞在期間が長くなると、「帰国すると金正恩によって拷問や迫害される危険があるので、帰りたくない」と言い始める者が出てくるでしょう。

さてこうなると、日本政府としては「大変な責任」を負うことになります。

というのは、「金正恩によって拷問・迫害される危険があるから帰りたくない」と言っている人は、1951年の難民条約に言う「難民の定義」のど真ん中に当てはまりますので、日本政府には彼等を「難民」として保護する責任が、国際法上も国内法上も出てきます。(難民の定義や脱北者対応についてより詳しくは、以前のブログをご参照下さい。)

さらに、北朝鮮出身者を強制送還してはいけない理由は、法や人道主義に基づく理屈ばかりではありません。

「金正恩によって拷問・迫害される危険があるから帰りたくない」と言っている北朝鮮出身者を、万が一、日本政府が北朝鮮に強制送還しようとしたら、それは直ちに日本政府自らが「金正恩氏は人権を守る素晴らしい指導者だと認識していまーす!」と国内外に公言することになります。

そんなことになったら、日本政府が今まで重ねてきた「金正恩体制に対する圧力」や批判といった外交努力が一瞬で水の泡になります。

しかも北朝鮮と日本の間に国交はありませんので、韓国や中国経由での送還しかできません。もし送還途中にその北朝鮮出身者が「日本政府に帰りたくないと訴えたのに無理やり帰国を強いられた」などと漏らされたら、韓国政府や中国政府が黙っていないでしょう。日本政府による完全なオウンゴールになります。

ご本人の人権と安全を守るという人道主義という意味でも、国際法上の義務という意味でも、日本の外交戦略を完遂し国益を守ると言う意味でも、北朝鮮難民はいかなる場合も絶対に強制送還してはなりません。

このロジックは、別に私が最近勝手に思いついたものでは一切ありません。そもそも1951年にできた難民条約も東西冷戦の「申し子」です。冷戦下でアメリカ政府が共産圏から逃れて来た人をほぼ無条件・無審査で歓迎していたのは、同時にワシントンが「ソ連ってヒドイよね」「共産主義ってイヤよね」と批判する外交利益に資していたからです。

また、数年前までアーデン湾でソマリア海賊が暗躍していたのに、欧米各国の巡視船が海賊行為を阻止させた後で海賊たちを捕まえずただ単にソマリア領海内に追い返していたのは、もし拿捕・逮捕して欧米諸国に連れ帰り、起訴し処罰したら、その直後に庇護申請されて、欧米諸国で難民として長期定住へ向けた支援をせざるを得なくなることが明らかだったからです。

ここ数週間、日本海側で確認されている北朝鮮の乗組員たちへの対応は、このソマリア海賊に対する国際社会の対応のジレンマがピッタリ当てはまります。とりわけ、彼らの出身が北朝鮮、相手が金正恩なので、日本政府にとっては極めて難しい事案と言えるでしょう。

「対応が甘い」という批判を覚悟してでも、北朝鮮の漂着船や窃盗犯を「見逃してあげる」のか。あるいは、中長期的な日本社会への定住支援の責任が出る可能性を覚悟した上で、逮捕・勾留・起訴するのか。

いずれにせよ、「北朝鮮への強制送還は、直ちに日本政府による金正恩体制の賛美を意味する」ということは、肝に銘じておいた方が良いでしょう。