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庇護申請者による殺傷事件が起こるのはなぜか

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暴力は悪である。いかなる場合でも、誰によるものでも、どのような目的でも、どのような事情があったとしても、絶対に許されるものではない。

しかし「暴力は悪だ」と訴えているだけでは暴力の撲滅には繋がらない。暴力が起こる背景、事情、原因、構造を冷静かつ徹底的に分析し、それらを根絶する、または代替策を講じることで初めて暴力の減少に繋がる。

そこで、庇護申請者が滞在国でなぜ殺傷事件を起こすのか、代替策は無いのかについて考えてみたい。

まず「庇護申請者」とは誰か。簡単に言えば、自分が「難民だ」と信じて自力で他国に逃れ、何とか辿り着いた国で「難民として認めてほしい」と政府(または場合によっては国連難民高等弁務官事務所:UNHCR)に対し申請する者である。

そのうち「1951年の難民の地位に関する条約(難民条約)」の第1条Aの2項に書かれている「迫害のおそれ」があると認められる者だけが、正式に「難民」として認定される。

意外かもしれないが、戦争や紛争、テロ、自然災害、飢餓などを逃れた者で、その状況に一切の差別的要素が無い場合は、難民条約上の「難民」ではない。EU諸国の多くは近年、自国に戻った場合、死刑か、拷問か、紛争による無差別暴力の危険がある者には保護を与えるようになったが、それも「難民に准ずる者」という立場である。

これらの法的定義に基づき、どの庇護申請者がどのカテゴリーにあてはまるかを一人一人判断するのが「難民認定手続き」である。この難民認定手続きを経て、滞在国政府(またはUNHCR)に正式に「難民である」と認められる(あるいは「難民に准ずる者」や「難民でない」と判断される)までの間にいる人が便宜上「庇護申請者」と呼ばれている。

殆どの庇護申請者はとるものもとりあえず命からがら自国から出国するが、辿り着いた国における難民認定手続きで、「では、迫害された証拠を見せてください」と要求される。

当然、母国の警察などが密室で拷問を行っている画像などがスマホに残っているはずもない。仮に傷が残っていても、それが拷問によるものなのか怪我に因るものなのか、また誰に因るものなのかを証明する手立ては殆ど無い。

例えば政府からの不当逮捕状など何らかの「証拠」を得るべく母国に残っている家族や知人との連絡を試みても、シリア等の紛争国では通信手段は非常に限られており、そもそもそのような文書が残っているケースは極めてまれである。当然、申請手続きには通訳や翻訳も必要になり、場合によっては裁判にまでもつれ込むケースもある。

ドイツはそのような「庇護申請者」を2015年末時点で42万人以上抱えており、手続きや行政裁判に数年かかるケースも珍しくない。筆者が知っているケースでは難民認定までに10年かかったケースもある。

数年にわたる難民認定手続き中に庇護申請者ができる活動(たとえば就労や教育、職業訓練など)や権利は、多くの場合限られている。その間にも、母国やトルコ、ヨルダン等に残してきた年老いた両親の病状は進み、危険な渡航を避けるためキャンプに残した幼い子供たちには教育はおろか十分な食べ物でさえ与えられない。

早く安全な地に呼び寄せたいが、その目途は一切立たない。しかも逃れて来る間の決死の渡航の途中で、何人もの家族や友人の死を見届けた者も珍しくない。

未成年者については、親の死を目の当たりにせざるを得なかったかもしれないし、親に捨てられたと感じている者もいる。庇護申請者として最低限の衣食住は与えられてはいるが、いつ家族と再会できるのか、いつ働いて仕送りが始められるのか、今自分にどういう権利があって今後どうなるのか、それらの全てが不透明なまま数か月・数年が経っていく。

例えばドイツのNGOやボランティアは最善を尽くしてはいるが、EUや各国政府のルール自体が朝令暮改で変わるため、制度や権利の説明にも限界がある。現地の言語も文化も風習も分からない。つまり庇護申請者は、母国にも戻れず、辿り着いた国にも「市民」として迎えられていない「宙ぶらりん」の状態なのである。

比喩的に表現すれば、庇護申請者は、国家と国家の間に空いた深い谷の上で綱渡りを数か月も数年も強いられる、という極限状態に置かれた者なのである。しかもその原因は、偶然生まれ落ちた国の状況、たまたま得ることになった国籍の故に過ぎない。

庇護申請者とは、「出生の偶然に基づく国籍」という不条理な原則の上に成り立っている現在の国際社会の「陰」に生きることを余儀なくされた人々である。

そしてその数が数十万に膨れ上がった国では、個人個人に実施する「難民認定手続き」は機能不全に陥っており、庇護申請者は何年も社会の「陰」において宙ぶらりんの生活を強いられているのである。

そのような物理的にも精神的にも法的にも非常に不安定な極限状態に数年もの間おかれている中で、週末の買い物を楽しむ幸せそうな家族や、友人に囲まれて遠出を楽しむ同世代の若者を見せつけられる。

自分のせいではないのに、なぜ自分だけがこんな辛い思いをいつまでも強いられるのか。いつ「難民」として認定されるか。いつ家族と会えるのか。全く見通しが立たない中で、自分だけには一切未来が無いように見え始める。そのような背景で起きてしまった惨事が、ここ1週間にドイツで起きた事件であると言えよう。

では、難民を受け入れない方が良いのか。

実は難民の受け入れ方として全く別のルートがある。「第三国定住制度」である。この制度の下で約10万人の難民が毎年アメリカ、カナダ、オーストラリア、スカンジナビア諸国等、計33カ国に受け入れられており、実は日本政府も2010年から実施している。

この制度の下では、トルコ、ヨルダン、レバノン、ケニア、ネパール、マレーシア等に長年留まっている難民のうち、自国にも戻れず滞在国にも定住できない者を、受け入れ国政府があらかじめ書類・面接審査し、受け入れ前にバックグラウンド・チェックや健康診断を行い、国によっては語学研修や生活訓練なども施した上で、UNHCRや国際移住機関(IOM)との協力の下で、極めて秩序だった形で受け入れる制度である。

受け入れ後は、プロによる語学研修や職業訓練、生活オリエンテーションなどを受け、極めて明確な制度と秩序だった仕組みの下で、到着直後から「市民」としての生活を始められる。

実際日本にも、既に100人余りのミャンマー難民がこの制度で受け入れられ、建設業や農業、製造業など一般の日本人の就労希望者が不足している業種で日本社会を支えている。昨今のドイツやフランスにおいても、また日本においても、既に難民として認められた者、またはこの第三国定住制度の下で受け入れられた難民が起こした無差別殺傷事件というのは聞いたことがない。

昨今の惨事に基づき「だから難民は受け入れない方がよい」と結論付けるのは聊か近視眼的である。憎むべきは、自力で辿り着いた個々人の庇護申請者が何年も宙ぶらりんの状況に置かれる「難民認定手続き」であり、最も効果的な解決策は、母国の状況が大幅に改善するまでは、「第三国定住での難民受け入れ」を増やすことであろう。

※「第三国定住制度」についてより詳しくは、(公)入管協会『国際人流』第348号(2016年5月)をご覧ください。