イタリア中部地震M6.5概況と地震前の被災地、ノルチャ・カステッルッチョ・ヴィッソ・プレーチ

過去の事例から見て、被災地では、これからも長い間余震が続く可能性や、大きな地震がさらに起こる可能性が、残念ながら否めないとのことです。

今朝再びイタリア中部を襲ったM6.5の地震では、地震の規模も被害も大きいものの、8月24日および10月26日の地震のあとに、多くの住民がすでに住宅の外に避難していたために、今のところは、幸い死者が出ていません。負傷者が約20名で、そのうち2名は重症であるとのことですが、今朝のイタリアのラジオ報道では、「と言っても、それほどの重症ではない(ma non gravissimi)」という言及がありました。

イタリア時間午前7時41分に発生したM6.5の地震の震源は、ウンブリア州ペルージャ県ノルチャ(Norcia)です。ノルチャは、8月24日にM5.4(4:43)・M4.3(6:06)と二つの規模の大きい地震の震源となったほか、同日のラッツィオ州リエーティ県アックーモリ(M6.0, 3:36)、アマトリーチェ(M4.4, 3:36)、さらに10月26日のマルケ州マチェラータ県カステルサンタンジェロ・スル・ネーラ(M5.4, 19:11)、ウッシタM5.9(21:18)のすべての地震の震源に近く、にも関わらず、犠牲者が出ず、倒壊する家屋も他の震源地に比べて少なかったため、1997年の地震後の再建がきちんとなされていたおかげだという言及が、最近の地震報道中にしばしばありました。

10月26日の近村での強い地震とそれまでの度重なる地震に耐えたノルチャも、ところが、今朝のM6.5の地震では多くの建造物が崩壊し、中でも中心広場の聖ベネデット教会が、冒頭のイタリアテレビニュース、TG La7のツイートの右の写真に見えるように、無残にも崩れ落ちてしまいました。上の写真は2015年12月27日にノルチャを訪ねた際に撮影したものです。

今朝の地震では、26日晩の地震ですでに大打撃を受けていたマルケ州マチェラータ県のカステルサンタンジェロ、ウッシタ、ヴィッソおよびウンブリア州ペルージャ県プレーチなどでも多くの建造物が倒壊し、8月24日の地震で被害があったアマトリーチェ、アックーモリ、アルクワータ、カステッルッチョ・ディ・ノルチャがほぼ壊滅状態になったという報道があり、わたしたちはミジャーナではラジオの報道を聞き、晩に帰宅してからは、テレビニュースで被災地の惨状を、やりきれない思いで見続けました。

マルケ州ではカメリーノ、トレンティーノなど、かなり北方にある町でも少なからぬ建造物が倒壊し、ローマでも、聖パオロ大聖堂やマンションなどに亀裂が入ったとのことです。

被害を受けた地域が広いこともあり、災害防護庁ではインタビューに対して、被害や避難者について具体的な数字を出すことは現段階では難しい上、今一番大切なのは、それぞれの市町村で、必要な支援を与えていくことであると答え、また、被災地は夜間の冷え込みが激しい地域であり、住民はすでに大きな不安や衝撃に襲われているために、地元に残るよりも、安全な場所で少しでも落ち着いて過ごせるように、災害防護庁や地方公共団体で準備する他の町の宿泊施設に移動するようにと、訴えていました。

午後6時から午後8時半までのイタリア各局のテレビニュースによると(18:00 SkyTG24、19:00 TG3、 19:35 TGR Umbria、20:00 TG La7)、ノルチャだけでも避難民が約3千人おり、マルケ州の避難民は約2500名と推測され、マルケでは同州アドリア海岸の町、チヴィタノーヴァ・マルケ、ウンブリアではトラジメーノ湖畔の宿泊施設が、避難民用にあてがわれ、ノルチャから多くの避難民がバスでトラジメーノ湖方面に向かったとのことです。

過去の事例から見て、被災地では、これからも長い間余震が続く可能性や、大きな地震がさらに起こる可能性が、残念ながら否めないとのことです。ウッシタでは、8月24日の地震から2か月経って、ようやく自宅に戻ったばかりであったところに、再びウッシタや近村を大きな地震が襲い、町がほぼ壊滅したという報道がありました。

8月24日以降、被災地の多くの市町村で、同様に、長い間不安を抱えながら暮らしていて、やっと落ち着いて暮らせるようになったというときに、今日の大地震でさらなる大きな被害が出たわけで、被災者がどんなに不安で、つらい思いをしていることかと、拝察します。

日曜の早朝に起こった地震でありながら、8月の地震以降同様、災害防護庁や消防士たちが、いかに迅速に動き、被災地をすぐに訪ねて、救援・支援活動にあたってくれているか、その活躍を、多くの報道機関がたたえ、感謝をし、またねぎらっています。

地震の記者会見やインタビューでの言葉を聞き、正確に現状を把握し、被災地の州・市町村と綿密に話し合いを重ねながら、連携をして迅速に、被災者のため、また被災地の復興のために働いていこうという姿勢に、わたしも感服しています。これまでの地震では、こうした救援活動のおかげで、多くの人々が瓦礫の下から救い出されて、無事を得ています。

これ以上被害が出ないことを祈りつつ、マルケ・ウンブリアで今回大きな被害を受けた地域が、いかにイタリアにとって精神的・文化的にも大切な地域であったかということをご理解いただきたいという思いも込めて、これまでブログでの紹介を控えていたイタリア旅行情報サイト、JAPAN-ITALY Travel On-line連載記事として、9月に発行されたわたしの記事へのリンクをご紹介します。被災地となり甚大な被害を受けたノルチャとカステッルッチョの地震前の写真が載っています。

記事の紹介が遅れたのは、わたし自身が上の記事を執筆し提出したのは9月1日なのですが、JITRAメルマガの送信およびサイトへの発表が9月15日で、奇しくもその2週間後に書いたわたしのブログおよびハフィントンポスト日本語版掲載の「イタリア中部地震から3週間」の記事の発表と重なってしまったためです。

それぞれの記事を、内容が重複しないように工夫して書くように努めはしたものの、JITRAの記事は2週間前に執筆したために内容が古く、かつ、連日地震のことばかり取り上げるのもいかなるものかと、ブログでの紹介をためらっていました。

ミジャーナはペルージャ市の北方にあり、今日のニュースではペルージャ市について被害の言及はありませんでした。ミジャーナで過ごしていたわたしたちも、大きな揺れを感じましたが、幸いわたしたちについては家族・友人とも皆無事で、ミジャーナでもペルージャでも被害はありませんでした。夫のいとこ夫妻のカステッルッチョの小さな家が崩れ落ちてしまったことだけが、わたしたちも残念ですが、幸い二人ともカステッルッチョにはいなかったので無事で、安心しました。

関連記事へのリンク

- イタリア中部地震から3週間、現況とこれから (17/9/2016、ハフィントンポスト日本語版にも転載)

↑↑ 8月24日のイタリア中部地震についてのより多くの関連記事については、このハフィントンポストに転載された記事末にリンクの一覧があります。

注目記事