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気配を隠すアルゴン

2016年01月06日 23時59分 JST | 更新 2017年01月05日 19時12分 JST

化学的に不活性で化合物を作りにくい18番元素アルゴン(Ar)。その特殊な反応性と中性化合物の合成について、ヘルシンキ大学のMarkku Räsänenが振り返る。

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Credit: THE PRINT COLLECTOR/ALAMY

希ガス発見のエピソードは、混合物から比較的単純な手段で微量成分を分離・特定するという点において、当時の研究者たちがいかに革新的であったかを物語っている。

空気中に不活性な成分が存在することを示す最初の兆候は、1785年、Henry Cavendishが数々の実験を通して空気中に非反応性の成分が約1%含まれていることに気付いたことだった。しかしながら、彼はこの成分の特定には至らず、その正体が突き止められたのはその約100年後のことであった。

1892年、空気の構成成分の密度を研究していたLord RayleighとSir William Ramsay(図)は、単離方法によって窒素(N2)の密度が異なることを発見する。アンモニアから生成した窒素の密度が、空気から他の成分を化学的に除去[二酸化炭素(CO2)は炭酸カリウム(K2CO3)、酸素(O2)は熱した銅(Cu)、水素(H2)は熱した酸化銅(CuO)、水(H2O)は硫酸(H2SO4)や無水リン酸(P4O10)で除去]して得た窒素の密度よりもわずかに軽いことを見いだしたのだ。これは、実験の誤差や他成分の残存では説明できないものだった。

あらゆる可能性を検討したLord RayleighとRamsayは、その2年後、この不可解な結果が未知の元素Xの存在を意味するのではないかという結論に達する。そして、Cavendishの時代にはまだなかった分光法を用いて、このXが実際に新しい元素であることを確認したのである。この新元素の命名時、RamsayはLord Rayleighに「とても不活性だから、Xをアルゴンと名付けたらどうだろう」と提案したという(参考文献1)。アルゴン(αργον)はギリシャ語で「働かない」や「怠惰」を意味する。2人の研究は別々に行われたものだったが、内容が似ていたため、新元素Ar発見の発表は共同で行われた。

当時の周期表にはArを入れる場所がなかったことから、Ramsayの提案により新たな列「18族」が付け加えられた。存在が希少なために「rare gas(希ガス)」と呼ばれたこのグループには、Ramsayがその後続けて発見したヘリウム(He)やネオン(Ne)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)が共に分類されている。しかしながら、Arの大気中含有量は約0.94%とN2やO2に次いで3番目に多く、「rare」という呼び名は誤解を招きかねない。そこで、英語では、化学結合しにくいことから「noble gas(貴ガス)」の名称が好まれるようになったが、日本語ではいまだに「希ガス」と呼ばれている。

Arの「怠惰」な性質は、化学分野や工業分野で広く活用されている。例えば、雰囲気ガスとして溶接や食品貯蔵、断熱窓などに利用されている他、Arの同位体は地質の年代測定にも使われている。さらに、ガスレーザーにはAr+カチオン、エキサイプレックスレーザーには励起ArFというように、レーザー技術にもArが広く用いられている。

同時に、この不活性さゆえに、Arの中性化合物作成は長く困難だった。そんな中、1995年にHNgY(NgはKrまたはXeなどの希ガス、Y は電気陰性度の大きい原子またはフラグメント)という一般構造で表される希ガス水素化物が発見された。これらの分子は主に、HとNgの共有結合、NgとYのイオン結合で形成されている。

実は、私のグループは1995年という早い時期に、低レベル量子化学計算を行ってAr原子を含む化合物HArFの存在を示唆していた(参考文献2)。ところが、このフッ化水素化合物は、極低温条件で合成可能だと予測されたものの、HとXeとIからHXeIを合成するのと同様の方法を用いて固体Ar中でHとArとFを反応させても、残念ながらHArF の合成には至らなかった。度重なる失敗にもかかわらず、我々はその後も数年にわたってより広範な計算研究を行い、HArFが存在し得るという確信を強める。

そして、実験失敗の主な原因が反応性前駆体HFの取り扱いの不適切さであることに気付いた我々は、実験方法を改良し、クリスマス直前の1999年12月21日、ついに初のHArFのシグナルを検出したのである。この時期は、横やりを入れる学生が実験室にいないので実験がよくはかどるのだ。最終的な実験結果は、H/Dおよび36Ar/40Ar同位体置換による振動スペクトルの同位体効果から得た(参考文献3)。Arを含む中性分子、それは私にとって、まさに願ってもないクリスマスプレゼントだった。

この他にも、複数の安定Ar化合物の存在が計算から予測されており、実験による検証を待っている状態だ。この分野の最近の進展には、ArBeS (参考文献4)やArAuF (参考文献5)の合成と特性評価の報告がある。多様な結合形成能を持つXeを筆頭に、希ガス化学の進展が徐々に教科書に取り上げられるようになり、18族元素に対する我々の化学的理解は変化しつつある。

希ガス水素化物やその関連化合物がどの程度存在するのか、それが明らかになるのはまだ先のことだろう。現時点で、実験で評価された希ガス水素化物の数は約30種に上り、こうした準安定分子をもっと多く設計することは容易だ。化学者というものは基礎知識を求めて化学のフロンティアを探索するものだが、そういう意味では、希ガス元素と他の元素とが形成する新規な結合の研究は、まさに魅力的な分野といえよう。優れた計算ツールが常に開発されており、それらと実験を組み合わせれば、成功の可能性は十分にあるのだ。

Nature Chemistry6, 82 (2014年1月号) | doi:10.1038/nchem.1825

原文: Argon out of thin air

doi:10.1038/nchem.1825

著者: MARKKU RÄSÄNEN

参考文献

  1. Klein, M. L. & Venables, J. A. (eds) Rare Gas Solids Vol. 1, p19 (Academic Press, 1976).
  2. Pettersson, M., Lundell, J. & Räsänen, M. J. Chem. Phys. 102, 6423-6431 (1995).
  3. Khriachtchev, L., Pettersson, M., Runeberg, N., Lundell, J. & Räsänen, M. Nature406, 874-876 (2000).
  4. Wang, Q. & Wang, X. J. Phys. Chem. A117, 1508-1513 (2013).
  5. Wang, X., Andrews, L., Brosi, F. & Riedel, S. Chem. Eur. J.19, 1397-1409 (2013).

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