輝ける重い元素バリウム

魅惑的な輝きで魔女や錬金術師を魅了したバリウムとその鉱石が、いかにして現代生活に欠かせないさまざまな化合物の構成要素となるに至ったのか?フリブール大学のKatharina M. Frommが説明する。

魅惑的な輝きで魔女や錬金術師を魅了したバリウム(Ba)とその鉱石が、いかにして現代生活に欠かせないさまざまな化合物の構成要素となるに至ったのかを、フリブール大学のKatharina M. Frommが説明する。

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1602年、靴職人で錬金術師のVincenzo Casciaroloは、ある不思議な鉱石に出会い、魅了される。この石は、イタリアのボローニャ地方で発見され、日光にさらすとその後長時間光り続ける小さな結晶を含んでいることから「ボローニャ石」または「lapis solaris(太陽の石)」と呼ばれるようになり、魔女や錬金術師をとりこにした。この現象は間もなくUlisse Aldrovandiによって発表されたが、あまりに珍しい現象だったために、科学者Giulio Cesare Lagallaはその存在を信じることができず、Galileo Galileiから実際にボローニャ石をもらったときでさえ納得できずにいたという。しかしその後、この鉱石を自身で詳しく調べたLagallaは、その持続発光が主に焼成後に観察されることを見いだし、1612年の著書『De Phenomenis in Orbe Lunae』でそのことを説明している。ボローニャ石の発光は、かつては主成分である重晶石(硫酸バリウム;BaSO)に起因すると考えられていたが、最近になって、共存するCu/ドープBaSによることが明らかになった(参考文献1)。

その後、1774年にスウェーデンの化学者Scheeleが石膏中に酸化バリウム(BaO)が含まれていることを発見し、1808年にはSir Humphrey Davyが金属Baを初めて単離した。しかしこの金属Baはまだ完全に純粋な状態ではなく、純粋な金属Baの単離は、1855年、Robert Bunsenによる溶融BaClの電気分解によってようやく実現した。こうしてその存在が確立された56番元素Baは、やがて他の科学的発見においても重要な役割を果たすことになる。Bunsenの功績の約50年後には、Marie CurieがBaを含む混合物からより重い元素ラジウム(Ra)を発見し、1938年にはOtto HahnとFritz Strassmannがウラン(U)に低速中性子を照射して得た生成物の中からBaを見いだしたのだ。HahnとStrassmannは後にLise Meitnerとともに、Uの核が分裂してBaが生成したという正しい結論を導き、これが核分裂反応の発見につながっている。

金属Baは、空気や水と非常によく反応することから、真空管のゲッターとして使われている。Baが真空管中の不要な気体を除去して圧力が高まるのを抑制し、真空管が切れてしまうのを防ぐのである。かつては謎の物質だった重晶石(BaSO;BaおよびBa化合物の主原料)も現在では大量生産(2010年で年間500万トン以上)されており、石油産業においては石油・ガス探査時に掘穿泥水の密度を増やす加重剤として役立っている。実は「バリウム(barium)」という名前も、この密度の高さ、すなわち「重い」を意味するギリシャ語βαρύς(barys)に由来しているのだ。

BaSOは多種多様な材料に使われている。例えば、印画紙の白色顔料から、塗料やプラスチック、自動車用コーティングの滑らかさと耐腐食性を高めるためのフィラー(増量剤)、高密度コンクリートや放射線遮蔽セメント、さらには医薬品に至るまで、その用途は実に幅広い。医薬品といえば、胃や腸の疾患を発見するためにX線検査の造影剤として(著しい不快感を伴って)服用したり注入されるのが、このBaSOである。Baはイオンの形(Ba)では有毒で、カルシウム(Ca)やカリウム(K)の代謝反応に多大な影響を及ぼし、不整脈や震え、麻痺を引き起こす。そのため、不溶性のBaSOは摂取しても安全だが、胃酸で溶けて毒性を示す炭酸バリウム(BaCO)は殺鼠剤に用いられているほどだ。しかしこうした毒性にもかかわらず、一部の植物はBaを取り込んだり蓄積したりする。例えば、緑藻植物をよく増殖させるにはBaが必要なようだが、その役割は分かっていない(参考文献2)。また、ブラジルナッツには、最高で1%のBa、さらには過剰摂取で毒性を示すセレン(Se)も含まれているため、摂取はほどほどにした方がいいだろう(参考文献3)。

水酸化バリウム(Ba(OH))もまた、注目に値するBa塩だ。Ba(OH)とアンモニウム塩(NHClなど)を混合すると、2つの固体間で強い吸熱反応が起こり、液体(BaClと水)とアンモニアガス(NH)が生成するが、このとき激しい吸熱により反応容器の底に接した水が凍るため、印象的なデモ実験となる。Ba(OH)は、有機合成において強塩基(pKは−2)としてエステルやニトリルの加水分解に用いられる(参考文献4)他、そのナノ粒子は、古いフレスコ壁画の修復にも用いられている。Ba(OH)によって、フレスコ画を劣化させている硫酸カルシウム(CaSO)が、BaSOの生成を経て除去されるのである(参考文献5)。この方法は、1966年のフィレンツェ大洪水の後に開発され、14~18世紀のフレスコ画(ベネチアのフレスコ画や、南チロルのブレッサノネの修道院のフレスコ画など)の修復に活用されてきた。

毒重石(炭酸バリウム;BaCO)も広く利用されているBa化合物の1つである。BaSOとCOから合成されるこの化合物は、釉薬の成分として使われており、また別のBa酸化物と組み合わせることによって独特な色を生じる。魅力的な特性を示すBa含有酸化物はこれだけではない。BaTiOは光屈折性、強誘電性、圧電性を示すセラミックスであり、YBaCuOは高温超伝導体、Baのハロゲン化物に至っては、こうした酸化物材料の低温前駆体の合成に有用なのだ(参考文献6)。

こうした多彩な用途を持つBa化合物の中には、冒頭のボローニャ石さながらにその輝きで人々を魅了するものがある。花火に使われ、鮮やかな緑色の輝きで夜空を彩る硝酸バリウム(Ba(NO))や塩化バリウム(BaCl)である。

著者: KATHARINA M. FROMM

参考文献:

  1. Lastusaari, M. et al. Eur. J. Mineral. 24, 885-890 (2012).
  2. Wilcock, J. R., Perry, C. C., Williams, R. J. P. & Brook, A. J. Proc. R. Soc. Lond. B 238, 203-221 (1989).
  3. Goncalves, A. M., Fernandes, K. G., Ramos, L. A., Cavalheiro, E. T. G., Nobrega, J. A. J. Braz. Chem. Soc. 20, 760-769 (2009).
  4. Durham, L. J., McLeod, D. J. & Cason, J. Org. Synth. 38, 55 (1958).
  5. Giorgi, R., Ambrosi, M., Toccafondi, N. & Baglioni, P. Chem. Eur. J.16, 9374-9382 (2010).
  6. Gschwind, F., Sereda, O. & Fromm, K. M. Inorg. Chem.48, 10535-10547 (2009).

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Nature Chemistry5, 636(2013年7月号) | doi:10.1038/nchem.1688

Nature Chemistry5, 1066(2013年12月号) | doi:10.1038/nchem.1803

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