自然界の5番目の力を発見?

ハンガリーの研究所で原子核の放射性崩壊の異常が観測され、理論物理学者らは5番目の新たな力の存在を示している可能性があると分析した。

ハンガリーの研究所で原子核の放射性崩壊の異常が観測され、理論物理学者らは5番目の新たな力の存在を示している可能性があると分析した。

ハンガリーのデブレツェンにある原子核研究所の電子・陽電子分光計。同研究所の物理学者たちは2015年4月、この分光計で新粒子が存在する証拠を発見したと報告した。

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ハンガリーの研究所で行われた実験で、不安定原子核の放射性崩壊における異常(理論から予測される値とのずれ)が高い有意性で観測され、理論物理学者たちは、未知の新粒子が媒介する、自然界の5番目の力の存在を示している可能性があると指摘した。今後、世界各地の研究所でこの結果を確認する実験が行われる予定だ。

実験を行ったのはハンガリー科学アカデミー原子核研究所(デブレツェン)のAttila Krasznahorkayらで、彼らは以前に見つかっていた異常を改めて詳しく調べた結果、この異常は電子のわずか34倍の質量の未知の軽いボソン(ボース粒子)が存在する可能性を示唆していると結論した。彼らは実験結果を報告する論文を2015年4月にarXivプレプリントサーバーに投稿し、論文は2016年1月にPhysical Review Lettersにも掲載された(参考文献1)。しかし、大多数の物理学者はこれらの発表に目を留めなかった。

2016年4月25日、カリフォルニア大学アーバイン校(米国)の理論物理学者Jonathan Fengらのグループが、Krasznahorkayらの実験データはこれまでの実験結果と矛盾せず、5番目の基本的な力の存在を示しているのかもしれないと結論した独自の分析結果をarXivに投稿した(参考文献2)。この結果、より多くの物理学者がKrasznahorkayらの発見に注目するようになった。Fengは「私たちは、埋もれかけていた研究成果に光を当てたのです」と話す。

投稿の4日後、Fengの共同研究者らは、SLAC国立加速器研究所(米国カリフォルニア州メンロパーク)で開かれた研究会でこの成果を報告した。トマス・ジェファーソン国立加速器施設(米国バージニア州ニューポートニューズ)の物理学者Bogdan Wojtsekhowskiは「研究会に参加した研究者たちは懐疑的でしたが、Fengらの仮説に興奮もしていました。多くの参加者たちが、この仮説を検証する方法について考えているところです」と話す。

新たな力の探索

物理学で知られている基本的な力は現在、重力、電磁気力、弱い力、強い力の4つだ。5番目の力の存在を示唆する報告はこれまでにもあったが、いずれもまだ確認されていない。

宇宙に存在する物質の80%以上を占めると考えられている目に見えない物質、ダークマター(暗黒物質)は、素粒子物理学の標準模型では説明できないため、未知の新たな力と粒子を探す研究はこの10年間増え続けている。理論物理学者たちは、電磁気力を伝える従来の光子に相当する「ダーク光子」など、さまざまな新粒子を提案してきた。

Krasznahorkayによると、彼らの研究グループはダーク光子の証拠を探していたという。彼らは、リチウム7の薄い標的に陽子を衝突させ、励起した不安定なベリリウム8原子核を作る実験を行った。不安定なベリリウム8原子核は安定な基底状態に戻る際に電子・陽電子対を作ることがある。標準模型によると、電子と陽電子の飛び出す方向のなす角度が開くにつれて、観測される電子・陽電子対の数は減少するはずだ。

しかし、放出される電子・陽電子対の数を角度に対してプロットすると、約140度で対の数の隆起(増加)が見られ、角度がさらに大きくなると再び減少したと研究チームは報告した。

17MeVの新粒子

「この隆起は、不安定なベリリウム8原子核のごく一部が、その余分なエネルギーで新粒子を作り出し、この新粒子が電子・陽電子対に崩壊したことを示す強力な証拠です」とKrasznahorkayは話す。彼らは、新粒子の質量を約17メガ電子ボルト(MeV)と推定した。

「私たちはこの実験結果にとても自信を持っています。この3年間で実験の検証を数回繰り返し、考えられるあらゆる誤りの原因を取り除きました」とKrasznahorkayは話す。何も異常なことが起きていないのに今回のような極端な異常を示す結果が得られる確率は約2000億分の1だと研究チームは報告した。

Fengらは、17MeV粒子はダーク光子ではないとみている。彼らは今回の異常を分析し、これまでの実験結果とも矛盾しない性質を持つ粒子を検討した結果、特殊な性質を持つ新粒子であると結論し、その粒子を「プロトフォビックXボソン」と名付けた。この粒子は力を伝えるボソンだが、その力が働く距離は原子核の大きさの数倍と短い。

この粒子は通常の電子やクォークと弱く結合(相互作用)するが、陽子(プロトン)との結合は中性子との結合に比べて弱いという特徴がある。Fengは「私たちは現在、他の粒子も調べていますが、プロトフォビックボソンであるというのが最もすっきりした説明です」と話す。

世界各地で確認実験

マサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)の理論物理学者Jesse Thalerは「Fengらが提案した新粒子は非常に変わった結合をするもので、私はそのような粒子は存在しないのではないかと考えています。この粒子は、私が自由に標準模型を拡大することを許されたなら、まっさきに標準模型につけ加えるものではないことは確かです。しかし、Fengらの提案には注目しています。私たちは、目に見える宇宙を超える物理現象を初めて垣間見たのかもしれません」と話す。

17MeV粒子が本当に存在するか分かるまで、長くはかからないはずだ。トマス・ジェファーソン国立加速器施設で進んでいるDarkLight実験は、電子ビームを水素ガス標的に衝突させることにより、10~100MeVの質量を持つダーク光子を探すことを目的にデザインされている(Natureダイジェスト 2012年7月号「暗黒世界の『力』を探す素粒子実験」参照)。

実験計画のスポークスパーソンであるMITの物理学者Richard Milnerは「今回の結果を踏まえ、DarkLight実験は17MeV領域を優先的に狙うことになりました。約1年以内で、提案された粒子を見つけるか、その粒子と通常の物質との結合に厳しい制限を設けることができると思います」と話す。

スイス・ジュネーブ近郊にある欧州原子核共同研究機関(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)のLHCb実験でも今後、提案されたボソンの探索が行われるだろう。LHCb実験はクォーク・反クォーク崩壊を調べる。この他にも陽電子を固定標的に衝突させる実験が、イタリア・ローマに近い原子核物理学国立研究所(INFN)所属フラスカーティ国立研究所(2018年に開始予定)と、ロシアのノボシビルスクにあるブドカー原子核物理学研究所(BINP)で行われる。

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160803

原文: Nature (2016-05-25) | doi: 10.1038/nature.2016.19957 | Has a Hungarian physics lab found a fifth force of nature?

Edwin Cartlidge

参考文献
  1. Krasznahorkay, A. J. et al. Physical Review Letters116, 042501 (2016).
  2. Feng, J. L. et al. Preprint at http://arxiv.org/abs/1604.07411 (2016).

【関連記事】

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160414

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160919

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