日本とトルコのアブラナは、なぜ交配できない?(後編)

重複した自家不和合性遺伝子が生殖隔離の仕組みに役割を果たしている可能性

日本とトルコのアブラナは、なぜ交配できない? ─ 自家不和合性遺伝子が作り出す生殖隔離(後編)

アブラナ科などの花では、雌しべに自分の花粉が付いても交配は起きない。「自家不和合性」という自己認識システムが働き、自分の花粉を拒絶するからだ。一方、他者の花粉ならば受け入れるはずである。ところが、日本系統のアブラナの雌しべはトルコ系統の花粉を拒絶するというのだ。なぜか? 今回、この発見者である東北大学の髙田美信さんと渡辺正夫さんは、拒絶の仕組みを解明し、重複した自家不和合性遺伝子が生殖隔離の仕組みに役割を果たしている可能性があることを、
Nature Plants
7月号に発表した。

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前編からの続き)

論文としてどのようにまとめたらいいか

―― 進化とも関連してくるということですか?

渡辺氏: 実験データは、文句のつけようのないほどきれいに証明ができていたので、あとは、論文をどうまとめるかとなったときに、進化の話題にどれほど深く踏み込むかについては迷いました。しかし結局は、論じなかったのです。髙田さんが鈴木さんと具体的に検討を行ったのですが、種の進化に関する「ドブジャンスキー・ミュラーのモデル」にも触れませんでした。このモデルのような、流行のキーワードを論文に入れたいという思いはあったのですが......。

髙田氏: このモデルは、「遺伝子重複後に2つの集団に別々の変異が起こり、それにより2集団の間での交配で生まれた子の遺伝子に不適合があると、これら集団間に交配後隔離が成立する」というものです。ゲノム進化に詳しい清水健太郎(しみずけんたろう)さん(スイス・チューリッヒ大学准教授)に相談したところ、今回の現象はこのモデルと比較して論じることが可能であろうとのことでした。しかし、ジャーナルのレフェリーと議論になったときに、それに応じることができるかと考えると、自分の専門を超えると感じました。それで、論文では論じないことにしたのです。

―― Nature Plants を投稿先に決めたきっかけは?

渡辺氏: 我々としては、Nature 系のジャーナルのどれかには、いけそうだと感じていました。まずはNature に投稿したのですが、結果はリジェクトでした。

次の投稿先の選択肢の1つとして、Nature Communications がありました。オープンアクセスジャーナルですから、誰もが読めると思ったからです。しかし結局、植物生殖遺伝学という自分たちの専門に最も近いことから、髙田さんがNature Plants を選びました。

髙田氏Nature Plants のエディターやレフェリーからは、びっくりするほど好意的なコメントが返ってきて(笑)、掲載がすんなりと決まりました。もっとも、「進化のことをもっと書いてください」というレフェリーからのコメントを見たときには、ちょっと後悔の念がよぎりました。進化について論じていれば、Nature でも、最初の扉が開いたかもしれないと思えて。

―― 渡辺さんは、これまでNature に何度も論文が掲載されていますが、論文執筆で心がけていらっしゃることは?

渡辺氏: どういう順番で内容を執筆していくかと考えるときに、Nature は万人が読むジャーナルであるということを意識しますね。専門外の人が興味を持ってくれるためには、科学の背景や歴史に関する言葉から書きはじめるのがよいというのが、高校生などにも授業をした経験からいえることです。例えば、「メンデルは......」「ダーウィンは......」というようにね。

―― 高山さんとはいつも共同研究を行っていらっしゃるとのことでしたが......。

渡辺氏: 高山さんの師匠である奈良先端科学技術大学院大学の磯貝彰(いそがいあきら)名誉教授と私の師匠の日向先生の時代から、共同研究を行ってきた間柄です。磯貝研究室は生化学・生物有機化学が専門で、微量の活性物質を抽出するのが得意な、いわゆる「物取り屋」さん。磯貝先生の出身研究室(東大農学部)の先達である田村三郎(たむらさぶろう)博士(2015年逝去)は、大量のタケノコから植物ホルモンのジベレリンを抽出したことで有名な方です。我々は、自家不和合性に関する因子などの抽出をお願いしてきました。

専門性の高い分野は専門家にお願いするというのが、日向先生の時代からの我々の方針です。今回も、タンパク質のアッセイ系は高山さん、進化については清水さん、遺伝子マーカーについては諏訪部圭太(すわべけいた)さん(三重大学准教授)、アブラナゲノムについてはLimさんというような共同研究をすることで、この研究が成功したと思っています。もちろん、大量の実験をこなし、最も貢献したのは髙田さんですが。髙田さんは、アブラナの花粉症にならないのです。

―― アブラナで花粉症が起きるのですか?

渡辺氏: 私の知っている研究者の中で、アブラナの花粉症にならなかったのはたった2人。髙田さんと日向先生だけです。

髙田氏: 春には、温室の中が花でいっぱいになります。そこで作業をすると、体まで黄色くなるくらいです。このため、たいていの人は何年かすると花粉症になってしまうので、マスクをするようにしています。でも、私は全く平気なのです。

アブラナの実験の大変さは、花粉症だけではありません。遺伝子導入実験(形質転換)が容易ではないという点もあります。今回の研究では、アブラナの芽生えから切り出した胚軸の数が10万個をはるかに上回りました。今回の研究に15年以上を要したことには、こうした理由も関係しています。

―― 今後の研究の展開は?

髙田氏: 進化の研究に関しては、他の方が進めてくれるでしょう。私は、トルコと日本のそれぞれの系統で、変異して壊れた部分の遺伝子配列を元に戻すことができないだろうかと考えています。そうすれば、自己不和合性遺伝子のセットを2つ手に入れることになります。遺伝子セットを2つ持つことは、自然界では不適合でしたが、野菜などの栽培においては、自家不和合性を安定させるために役に立つ可能性があるのです。

渡辺氏: さらに付け加えれば、栽培種と野生種との生殖隔離の方法として応用できるといいですね。

―― ありがとうございました。

インタビューを終えて

渡辺先生の話は止まらない。書き留めたインタビューのメモが何ページにもわたった。「渡辺先生は、エネルギッシュですね。若い時とちっとも変わりません」と髙田さんも言う。研究に加えて、高校生などへの理科教育といったアウトリーチ活動も大切にされ、あちこち飛び回るそうだ。他に大切にされていることはありますかと尋ねたところ、即座に黄ばんだ本を取り出された。何かと思ってみると、戦前の植物学の書籍。そして、「このような古い文献にも丁寧に当たること」とおっしゃった。そのような書籍・文献の中には、当時の技術の限界から、事実の解明には至らなかったものの、驚くほど詳細な観察結果や洞察力に富んだ私見が見られるとのこと。それが、今でも研究のヒントやアイデアとなるらしい。

参考文献

  1. Takasaki, T. et al. The S receptor kinase determines self-incompatibility in Brassica stigma. Nature403, 913–916 (2000).
  2. Takayama, S. et al. Direct ligand-receptor complex interaction controls Brassica self-incompatibility. Nature413, 534–538 (2001).

Nature Plants 掲載論文

Letters: 重複した花粉・雌ずい認識座位がBrassica rapaの種内一側性不和合性を制御する

Duplicated pollen–pistil recognition loci control intraspecific unilateral incompatibility in Brassica rapa

Nature Plants3 : 17096 :10.1038/nplants.2017.96 | Published online 26 June 2017

Author Profile

渡辺 正夫(わたなべ まさお)

東北大学大学院生命科学研究科植物生殖遺伝分野 教授

髙田 美信(たかだ よしのぶ)

東北大学大学院生命科学研究科植物生殖遺伝分野 技術職員

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