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アーキアのべん毛を動かす運動モーターの仕組みに迫る!

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生命現象を支えるタンパク質のなかには、モーターのように回転する「分子モーター」がある。これまで、バクテリアのべん毛や真核生物の細胞内輸送に重要なキネシンなどで研究が進んできたが、アーキア(古細菌)が持つ分子モーターは未解明のままだった。

今回、学習院大学大学院自然科学研究科生命科学専攻西坂研究室の大学院生、木下佳昭さんは、死海で見つかったアーキアを使ってべん毛が動くようすを詳細に観察し、分子モーターの仕組みの一端を解明した。

―― なぜ分子モーター領域に入られたのですか?

木下氏 学部時代は物理学科に所属していましたが、生物にもなんとなく興味を持っていました。そこで、4年生のときに研究室に進むに当たって西坂崇之教授の生物物理研究室に入り、分子モーター研究に出会うことになったのです。

初めは、マイコプラズマというバクテリアの運動を光学顕微鏡で観察する研究を行いました。菌体を光らせたうえで1秒間に500枚もの像を撮影することで、人間と同じように一歩一歩歩くようすを検出し、修士論文としてまとめました(参考文献1)。

アーキアの分子モーター解明に挑む


――本研究ではアーキアを対象とされています。

木下氏 :博士後期課程に進学するのを機に、新たなテーマで研究しようと考えていたところ、ちょうど助教として西坂研究室に赴任された中根大介さんがアーキアを持ち込まれました。アーキアは真核生物、バクテリアと並ぶ地球上の三大生物区分の1つで、高温、低酸素、低栄養といった極限環境で生息するのが特徴です。

私が対象にしたのは、海水の10倍もの塩濃度で知られる死海で見つかったハロバクテリウム・サリナラムというアーキアです。

ハロバクテリウム・サリナラムは1個体当たり約6本のべん毛を持ち、それらを動かして水中を泳ぎます。1990年代にゲノム解析が進み、べん毛の根元にある分子モータータンパク質のパーツは明らかにされました。しかしながら、そうしたパーツがどのように組み合わさり、どのような動きをもたらすのか、といったことは未解明のままでした。

約30年前に「べん毛を観察したところ、回転していることがわかった」とする成果(参考文献2)が出されているのですが、当時はバクテリアのべん毛と同様の構造や機能だろうとされ、研究は進みませんでした。運動能を維持させたまま培養したり観察したりするのが難しかったことや、病原性がないために医学的観点から重要視されてこなかったことなどが理由かと思われます。

―― 真核生物とバクテリアでは、分子モーター研究が進んでいるのですか?

木下氏: はい、内外でさかんに行われています。例えば、真核生物では、細胞内の物質を輸送するキネシン、骨格筋を動かすミオシンなどの分子モーターが有名です。キネシンもミオシンもATPを加水分解することでエネルギーを作り出し、キネシンは微小管の上を、ミオシンはアクチンフィラメントの上を移動します。

バクテリアにおいては、べん毛の根元にある分子モーターやATPを合成する分子モーターなど、回転するタイプのものが知られています。また、原核生物、真核生物に共通してみられる回転型ATP合成分子モーターもあります。

べん毛の動きを細密に撮影して解析


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>図1:電子顕微鏡で撮影したアーキア
上は細胞体、下はべん毛の拡大図。細胞の端から数本のべん毛が生えている。

―― アーキアを使って、どのようなことをされたのでしょう?

木下氏: 大きく2つのことを行いました。1つは、べん毛の繊維を速い速度でしかも細密に撮影したこと、もう1つは、べん毛の回転を高精度に検出したことです。

まず、べん毛の撮影についてですが、べん毛はわずか10 ナノメートルほどの非常に細いフィラメント構造体のため、これまで光学顕微鏡では直接観察することができませんでした。そこで、蛍光色素を使ってイメージングしようと考えました。

初めはうまくいかなかったのですが、試行錯誤の末、べん毛をビオチン化した後に「蛍光色素でラベルしたアビジン」の溶液に漬け込むとよいことに気づきました。

この手法で蛍光イメージングしたところ、「1秒間に500枚」という速さでべん毛の運動を撮影することができました。また、ガラス近傍の200 ナノメートル以内の蛍光色素のみを励起することができる全反射顕微鏡を使って、220ナノメートルのらせん半径を持つべん毛の形状と機能をリアルタイムで観察することにも成功しました。

さらに、測定結果から得られたパラメーターを用いて、東北大学大学院理学研究科物性理論研究室の助教、内田就也博士が数値計算を行い、遊泳運動をコンピューター上で再現させることができました。

次に、べん毛の回転の検出には、西坂教授が特許を持つ独自の暗視野顕微鏡とハイスピードカメラを利用しました。べん毛繊維をガラスに固定することでべん毛の回転を細胞体の回転として検出可能となったアプローチ(テザードセル)により、1秒間に2000枚の速度でべん毛の回転を検出することに成功しました。

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図2:アーキアに蛍光色素を付着させてとらえた光学顕微鏡画像

―― どのようなことがわかったのでしょう?

木下氏: まず、全反射顕微鏡を用いた蛍光イメージングにより、べん毛の根元にある分子モーターは1秒当たり23回転していることを突き止めました。これは、バクテリアべん毛の10分の1というとても遅い速度です。

さらに、同じ部位から複数生えているべん毛が右巻きのらせんを描いており、それぞれが独立して時計方向や反時計方向に回転することも明らかにしました。これまでは、同じ部位から生えている複数のべん毛は1つの基盤に結合しており、同時に回転すると考えられていました。

一方、暗視野顕微鏡を用いたハイスピードイメージングからは、分子モーターが、1回転中に6回、あるいは10回、極めて短い時間停止していることがわかりました。分子モーターの先行研究では、「止まったり動いたりを繰り返す周期運動(ステップ運動)」を検出し、その対称性から運動に重要なタンパク質の構造を予測・解析するというアプローチが取られてきました。

私も同様に考え、アーキアのべん毛分子モーターの回転は6回転対称構造(FlaI)と10回転対称構造(FlaH)を持つ2種のタンパク質から駆動されるのではないかと予測しました。このように異なる回転を持つべん毛がどのような機能を担うのか、といったことは今後の検討課題です。

いずれも世界で初めての成果で、インパクトは大きかったと思います。

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図3:アーキアの回転の軌跡(左)と時間と回転数の回転の一例(右)

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図4:計算により導かれたアーキアの運動

―― 今後の研究のご予定や目標は?

木下氏: この3月に西坂研究室を修了し、しばらくドイツのフライブルク大学に留学する予定です。実は、ドイツはアーキア研究を進められるほぼ唯一の国といえます。私はこれまで顕微鏡を使って動きを解析してきましたが、ドイツではアーキアの変異株を作り出したり、生化学的な手法を学んだりして、さらに研究を進めたいと考えています。

逆に、これまでに培ってきた計測技術を広めて、日本もアーキア研究を牽引できるようになるとうれしいと考えています。
 
ただ、個人的には対象をアーキアに絞るつもりはなく、自分が楽しいと思える研究を続けられればよいと考えています。そもそも、アカデミアに残っている今の自分は、子どもの頃に予想していた自分と大きく違っており、この先もあまりあれこれ考えずにやっていこうと思っています。

ほどよい距離感で接してくれた西坂教授


―― 木下さんにとって西坂教授はどのような存在ですか?

木下氏:自由に研究させていただき、非常に感謝しております。細かい口出しはせず、ほどよい距離感で見守ってくださっています。一方で、顕微鏡の作り方などは親切に教えてくださいました。

また、論文作成では英語の表現やタイトルの付け方、査読者や編集者とのやりとりにおいて全面的に協力していただきました。こうした惜しみない協力に、心から感謝しております。そして、将来はよい意味での研究ライバルになれたらうれしいと考えています。

―― 今回、なぜNature Microbiology に投稿されたのでしょう?

木下氏:2015年の8月にシュプリンガー・ネイチャーより西坂教授あてに、Nature Microbiology 創刊のお知らせが来ました。そのことを教授からお聞きし、「今やっている研究は、ここに投稿しよう」と考えました。

実は1本目の論文(修士論文)は、初めNature Structural and Molecular Biology に投稿しましたが受理されず、PNAS に発表した経緯がありました。今回は、Nature Microbiology にすんなり受理されました。

―― 査読者からの追加指示はあまりなかったのですか?

木下氏:思いのほか順調でした。仮定部分を多く残したまま議論している点もあったので心配だったのですが、要求された追加実験は1つだけで、それも1日で終わるような簡単なものでした。一連の観察は25 ℃の環境で行ったのですが、よりアーキアの生息環境に近い45 ℃でも行うように言われ、顕微鏡にヒーターを持ち込んで追加実験しただけです。

一方で、編集者からは論文フォーマットの修正依頼がきたりなど、少し時間を費やしました。

指導教官西坂崇之教授に聞く!


―― 木下さんは、どのような学生さんですか?

西坂氏:手先が器用で、安心して研究を任せられます。物理学出身の割には微生物の扱いが上手で、こなす実験の量が膨大です。分子モーターは物理学出身でも興味を持ちやすく、私自身も物理学出身でこの領域に魅せられた1人です。

実は、アーキアの分子モーターの研究を始めようと考えていた研究者が少ないながらもほかにいたことを、彼の成果が出てから初めて知りました。今回の成果により、木下君が先頭を切った形となり、独壇場の様相を呈してきています。私個人は、指導教官としてより、1人の研究者として木下君に出会えたことを幸せだと思っています。彼が自分の研究室を立ち上げたら、よきライバルになる予感がします。

―― 今回の研究は、何が成功のカギだったと思われますか?

西坂氏:超精密に測定できたことだと思います。私がこの20年間開発してきた、数百ナノメートルという極小の環境を揺らさずに観察する技術が最大限に生かされたことも大きかったと思います。アーキアの研究は社会への応用には直接結びつきにくいと思いますが、生命の起源解明や生物学の教科書の記述を書き換える成果をもたらしうる領域だと考えています。

―― お二方、ありがとうございました。

参考文献
  1. Kinosita et al., PNAS, 111, 8601-06 (2014).
  2. Alam and Oesterhelt, J.Mol. Biol., 176, 459-475 (1984).

Nature Microbiology 掲載論文

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Article: 高度好塩菌ハロバクテリウム=サリナラムのべん毛の回転とステップ運動の直接観察
Direct observation of rotation and steps of the archaellum in the swimming halophilic archaeon Halobacterium salinarum
Nature Microbiology 1 : 16148 doi:10.1038/nmicrobiol.2016.148 | Published online 26 August 2016

Author Profile

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西坂 崇之(にしざか たかゆき)
学習院大学大学院自然科学研究科生命科学専攻/物理学専攻 教授

1991年 早稲田大学理工学部卒
1996年 早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了 博士(理学)
1996年 日本学術振興会特別研究員
1998年 科学技術振興機構CREST研究員
2001年 情報通信研究機構研究員
2003年 学習院大学理学部 助教授
2003年 科学技術振興機構さきがけ研究員兼任
2007年 学習院大学大学院自然科学研究科 准教授
2008年 学習院大学大学院自然科学研究科 教授(現職)

光学顕微鏡技術を駆使し、1分子レベルでのタンパク質の動作原理や微生物の運動機構の解明など、多岐にわたる研究を生物物理学のフィールドにおいて展開している。

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木下 佳昭(きのした よしあき)
学習院大学大学院自然科学研究科生命科学専攻博士後期課程3年

2012年 学習院大学理学部物理学科卒業
2014年 学習院大学大学院自然科学研究科生命科学専攻博士前期課程修了
2014年 学習院大学大学院自然科学研究科生命科学専攻博士後期課程入学
2015年 日本学術振興会特別研究員DC2

学習院大学プレスリリース
世界初、死海で動く微生物モーターの仕組みを解明
学習院大学理学部 西坂崇之教授の研究グループと東北大学の共同研究