枠にとらわれないスカンジウム

スカンジウム(Sc)は、地球にも宇宙にも存在し、人間との関わりを深めつつある。

スカンジウム(Sc)は、地球にも宇宙にも存在し、人間との関わりを深めつつある。Scの用途、産出、不思議さについて、サイエンスライターのJohn Emsleyが概説する。

© OLEG ZABIELIN/ALAMY

Dmitrii Mendeleevは、1869年に初めて周期表を発表したとき、隣り合う元素の原子量の差が予想以上に大きい箇所があることを指摘し、それらの元素間に空欄を設けていた。その1つが、カルシウム(Ca)とチタン(Ti)の間の空欄で、彼はここに原子量約44の金属が入るはずだと推測、この未発見元素を「エカホウ素」と呼んだ。

「エカ(eka)」とはサンスクリット語で「1」を意味し、周期表で同族の既知元素の1つ下に入るべき未発見元素の仮名の接頭語として使われていた語である。

その10年後、ユークセン石という光沢のある褐色鉱物(この鉱物は実に8種類以上もの金属を含む)を分析していたウプサラ大学(スウェーデン)のLars Fredrik Nilsonは、抽出した金属の原子スペクトルに、それまで報告されたことのないスペクトル線が存在することに気付く。計算の結果、この金属の原子量は44と判明、Mendeleevが予測したエカホウ素であることが確認された。

Nilsonはこの新元素を、鉱物の産地である「スカンジナビア」を意味するラテン語「Scandia」にちなんで「スカンジウム(Scandium)」と命名、結果としてエカホウ素は周期表から姿を消した。

スカンジウム(Sc)の地球における存在量は鉛(Pb)と同程度で、それほど多くはない。しかしPbとは異なり、Scにはこれを濃縮する地質学的過程が存在しないため、Scは地殻全体に広く分散して、何百種類もの鉱物に少量ずつ含まれている。そのため、Sc化合物だけで構成される鉱物は、コレクターの間で非常に珍重されてきた。

実際、ノルウェーのIvelandで採れる暗緑色のトルトベイト石(ScSiO)の標本などは、1950年代、その価値が同じ重さの金(Au)を上回ったほどで、現在も10cm未満の標本が1,500ドル(約18万円)で市場に出回っている。結晶純度が特に高いものには、宝石としてカットされているものもあり、トルトベイト石の標本の値段がこれほどつり上るのも頷ける。

Scの発見につながった強い原子スペクトル線は、星や星間媒質におけるScの相対存在度を調べるのにも役立った。1908年、Willim Crookes卿は原子スペクトルを用いて、Scの存在量が意外にも太陽より他の恒星で多いことを発見した。こうした恒星の不均一性の原因については、まだ明らかになっていない。

また、地球からおよそ8,000光年離れた所にある、りゅうこつ座のイータ・カリーナ星雲にもScが豊富に存在するという興味深い観測結果が報告されている。この星雲では、不規則に光度が変化するという不思議な現象が数世紀にわたり観測されてきたが(参考文献1)、この現象とScの関系についても、まだ調査中である。

このように、星間空間でのScの役割や運命については不明なことが多いが、地球上の生物圏に限っていえば、今のところScの関与は全く見られず、Scを必要とする生物はまだ見つかっていない。ごく微量のScが食物連鎖に入り込むため、平均的な人のSc摂取量は1日0.1μg未満と予想される。奇妙なことに、茶の葉には他の植物よりはるかに多くのScが含まれているが、それでも含有量は平均わずか140 ppbなので、お茶好きの人でも心配は要らない。

こうした異常な濃縮が起こる原因の1つとして、チャノキ(茶の木)が成長に必要なアルミニウム(Al)を吸収する際、化学的に類似したScを区別せず一緒に取り込んでしまうことが挙げられる。

Scは、タンタル(Ta)採掘やウラン(U)採掘の副産物として抽出されるにすぎず、従って「スカンジウム鉱山」というものは存在しない。それでも、ScはAl-Sc合金としての用途が高く評価されている。Alに0.5%量のScを加えると、軽量という利点を維持しながら強度を著しく高めることができ、また、合金化によって融点が800°Cも上昇するため、通常のAlでは困難な溶接が可能になるのだ。ロシアでは、ジェット戦闘機「ミグ(MiG)」(写真)の複数の部品にこの合金が使われており、軍事目的で長くScが備蓄されてきた。

一方、米国では、野球のバットやラクロスのスティック、自転車のフレームといったスポーツ用品にSc合金が広く使われている。クリケットのバットにも、Al-Sc合金が使われたことがあったが「スポーツマンシップに反する」とみなされ、即座に禁止された。

精製されたScは、主に酸化スカンジウム(ScO)の形で存在する。ScOの世界生産量は年間ほんの数トン(金属Scに変換される量はこれよりさらに少ない)とかなり少ないが、この酸化物にはいくつかの特殊な用途があり、0.25~5.0 μmの波長を透過するUV検出器用の特殊光学コーティン(参考文献2)や、原子炉用の中性子フィルターに用いられている。

Scの用途は、他にも続々と見いだされつつある。水銀灯にScを加えると太陽光に似た柔らかい光を放つようになることから、こうしたランプはスポーツ会場の投光器としてよく用いられており、また、Sc錯体はヒドロアミノ化触媒として、硫酸スカンジウム(Sc(SO))は種子発芽剤として使える可能性がある。

だが、こうした用途が、ジェット戦闘機のように重要視されるのか、それともクリケットバットのように冷たい目で見られるのか、現時点ではまだ分からない。

doi:10.1038/nchem.2090

著者: JOHN EMSLEY

参考文献:
  1. Bautista, M. A. et al. Mon. Not. R. Astron. Soc.393, 1503-1512 (2009).
  2. Rainer, F. et al. App. Opt. 21, 3685-3688 (1982).
  3. Lauterwasser, F. et al. Organometallics23, 2234-2237 (2004).

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Nature Chemistry5, 348(2013年4月号) | doi:10.1038/nchem.1602

Nature Chemistry5, 246(2013年3月号) | doi:10.1038/nchem.1580

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