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トリウムの熱いエネルギー

2016年04月12日 14時11分 JST | 更新 2017年04月11日 18時12分 JST

放射性元素でありながら、核特性よりも化学的特性の利用が目立つトリウム(Th)。カリフォルニア大学のJohn Arnold、Thomas L. Gianetti、Yannai Kashtanが、Thの化学を振り返るとともに、原子力応用への期待を語る。

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Credit: ALEX WING

1828年、スウェーデンの化学者Jöns Jacob Berzeliusは、ノルウェーで発見されたある珍しい鉱石の分析を依頼される。

化学分析の結果、この鉱石には未知の物質が半分以上含まれていることが判明。Berzeliusはこの鉱石を北欧神話の雷神・戦神であるトール(Thor)にちなんで「トリア(Thoria)」と命名し、そこから単離された金属成分を「トリウム(Thorium;Th)」と名付けた。

その後、鉱石のみ少し名前が変わり、現在は「トール石(Thorite)」と呼ばれている。Thはアクチノイド元素の1つで天然の放射性物質だが、その用途は現在ほぼ全て、核特性ではなく化学的特性を利用したものである。

90番元素Thが初めて実用化されたのは発見から63年後のことだった。

ガス灯の炎を囲む「ガスマントル」に99%のThO2と1%のCeO2からなる物質を使用すると、裸火よりもはるかに強力な白色光を放出することがCarl Auer von Welsbachによって見いだされ、このガス灯技術が瞬く間にヨーロッパ中に普及したのである。

こうしたガス灯はやがて時代とともに廃れていったが、Th化合物は今も石油のクラッキングや硫酸合成、オストワルト法による硝酸合成における触媒として使用されている。

また、Thは高温での強度と耐クリープ性に優れていることから、航空機やロケットのエンジンにTh含有マグネシウム(Mg)合金(通称「Mag-Thor合金」)の形で利用されている他、屈折率が高く分散の小さいThO2は、高品質光学レンズに用いられている(参考文献1)。

金属Thには優れた化学的・物理的特性がいくつもあり、中でも、液体となる温度範囲があらゆる元素の中で最も広い(融点と沸点の差が最も大きい)ことや、酸化物であるThO2の融点が既知のあらゆる酸化物の中で最も高いこと(参考文献2)などは、特に注目すべきだ。

周期表上ではアクチニウム(Ac)に次いでアクチノイドの2番目に位置し、5f軌道が空なため、Th(IV)が最も安定で最も一般的な酸化状態となる。Thはサイズが大きいために配位化学の上でも非常に興味深く、例えばTh(NO3)4‧5H2Oなどは、11配位錯体として初めて報告された化合物の例である(参考文献3)。

この他にも、存在可能な酸化状態としてTh(III)があり、ThCl4とHN3の混合水溶液中では遊離Th3+として存在することが報告されている(参考文献4)。また、この酸化状態はシクロペンタジエニル(Cp)などの配位子によって安定化し、ThCp3やビス(トリメチルシリル)Cp類似体などのTh(III)錯体が報告されている(参考文献5)。

興味深いことに、ThCp3錯体中の1個の不対電子は5fではなく6dz2に存在することが、実験と計算によって示唆された(参考文献6, 7)。だが、形式酸化数が+IIIの化学種が存在するにもかかわらず、残念ながらThの酸化還元反応はまだ観察されていない。

最近、小分子の活性化を触媒する有望なTh系材料として、Thと銅(Cu)を添加した磁鉄鉱(マグネタイト)触媒が見いだされた。COとH2OからCO2とH2を生成する反応にはこれまで、クロム(Cr)とCuを添加したマグネタイト触媒が用いられてきたが、ゆくゆくはこれがTh系触媒に置き換わるかもしれない(参考文献8)。

似た路線として、構造が明確なTh錯体を合成し、その結合と反応性を研究する試みが複数のグループによって進められており、最近の報告例としては、コロール配位子を用いたTh錯体(参考文献9)や、トランス-カリックス[2]ベンゼン[2]ピロリドに支持されたThのジハロゲン化錯体(還元により配位子の二重アリール金属化が起こる)の合成および特性評価などがある(参考文献10)。

現在、Th研究の大半は化学的な特性の解明に重点が置かれているが、この元素が秘める最も革新的な応用の可能性は、おそらく核化学に関わるものであろう。

Thを利用した原子炉が理論的に実現可能であることは、かなり以前から認識されていた。

しかしながら、技術的な難しさとウラン(U)原子炉への優先的関心[U原子炉の方が核分裂爆弾用のプルトニウム(Pr)の増殖に優れているためと推測する人もいる]が、商用Th原子炉の開発を妨げてきた。Thは、天然ではほぼ232Thのみの形で存在するため、コストのかかる同位体濃縮過程は不要で、この点は現在のU原子炉に勝る大きなメリットになると予想される。

だが、Th原子炉の最大の長所は、おそらくその安全性と環境への影響を比較的軽減できるという点だろう。

U原子炉から排出される廃棄物は数千年にわたって害を及ぼし続けるが、提唱されているフッ化トリウム(ThF4)を利用したTh溶融塩炉(LFTR;Liquid fluoride thorium reactor)では、その廃棄物の83%が10年以内、残り17%が300年後に無害化するのだ。

こうしたTh原子炉は単なる漠然とした概念ではない。Thの埋蔵量が世界の約3分の1を占めるインドでは、政府がThの原子力利用に強い関心を示しており、実際、2002年には試作Th高速増殖炉の建設開始を承認している。

地球の気候変動の影響は、年々着実に増大している。触媒や優れた屈折材料として、これまで十分に実力を発揮してきたThが、これからは十分な資金の下で研究を活性化させ、偉大なる未知の潜在能力を発揮して、エネルギー経済を救うような真に革新的な材料に成長することを願ってやまない。

Nature Chemistry6, 554 (2014年6月号) | doi:10.1038/nchem.1952

原文: Thorium lends a fiery hand

doi:10.1038/nchem.1952

著者: JOHN ARNOLD、THOMAS L. GIANETTI、YANNAI KASHTAN

参考文献

  1. Patnaik, P. Handbook of Inorganic Chemicals 931 (McGraw-Hill, 2003).
  2. Gray, T. & Field, S. Elements Vault 88-89 (2011).
  3. Greenwood, N. N. & Earnshaw, A. Chemistry of the Elements 2nd edn, 1276 (Butterworth-Heinemann, 1997).
  4. Klapötke, T. M. & Schulz, A. Polyhedron16, 989-991 (1997).
  5. Blake, P. C., Lappert, M. F., Atwood, J. L. & Zhang, H. J. Chem. Soc. Chem. Commun. 1148-1149 (1986).
  6. Kot, W. K., Shalimoff, G. V., Edelstein N. M., Edelman, M. A. & Lappert, M. F. J. Am. Chem. Soc.110, 986-987 (1988).
  7. Bursten, B. E., Rhodes, L. F. & Strittmatter, R. J. J. Am. Chem. Soc.111, 2756-2758 (1988).
  8. Costa, J. L., Marchetti, G. S. & Rangel, M. C. Catal. Today77, 205-213 (2002).
  9. Ward, A. L., Buckley, H. L., Lukens, W. W. & Arnold, J. J. Am. Chem. Soc.135, 13965-13971 (2013).
  10. Arnold, P. L. et al. Chem. Sci. 5, 756-765 (2014).

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