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TOOLBOX: オンライン共同執筆ツール

2017年08月21日 22時56分 JST | 更新 2017年08月21日 22時59分 JST

ブラウザベースの共同執筆ツールの登場で、論文の執筆と出版の方法が大きく変わりつつある。

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ILLUSTRATION BY THE PROJECT TWINS

Fernando Caguaがジンベエザメ・ツーリズムの経済学に関する発見について論文を執筆しようとしたとき、彼が開いたのは「Microsoft Word」ではなく、ウェブブラウザだった。

アブドラ国王科学技術大学(サウジアラビア・ツワル)の生態学者であるCaguaは、他の3人の共著者と同時に1編の論文を執筆できるオンライン共同執筆環境を試してみたいと考えていた。この数年で、論文執筆に特化した共同執筆ツールがいくつか登場している。こうしたツールはそれぞれ異なる特徴を持つが、複数の著者が研究論文を執筆する際に生じる主な問題である共同執筆プロセスの管理を容易にするためにデザインされている点は同じである。一部の開発者は、科学論文の執筆や出版の方法を根底から変えたいという大きな野心を持っている。

伝統的に、共著論文の執筆は段階的に進められていた。1人の執筆者が草稿を執筆し、共著者に渡して全員の返事を待つか、独自に執筆を進め、修正案や疑問点の指摘が来たらそれを反映させていく。カリフォルニア大学デービス校の微生物学の博士課程学生Russell Nechesは、共著者の人数が増えるほど、このプロセスは複雑になると言う。「研究自体よりも、このプロセスを管理することの方が難しく、時間を取られ、手間が掛かることもあります」。

共同執筆ツールは、複数の執筆者がオンライン文書を同時に編集し、書式を整えることを可能にして、このプロセスを簡素化する。最も広く使われている汎用共同執筆ツールは、Microsoft Wordの余分な機能を削ぎ落としてオンライン版にしたような「Google Docs」だろう。しかし、研究者向けにデザインされた、より専門的なツールもある。これらのツールには、文書のレイアウトを制御する機能や、科学論文にふさわしい形式で引用を付ける機能などのオプションが追加されている。例えば、Caguaが使おうとした「writeLaTeX」というツールの名前は、自然科学者や数学者が数式や図表が入った文書を作成する際に用いる組版ソフト「LaTeX」(ラテックまたはラテフと読まれる)に由来している(writeLaTeXを開発したWritelatex社は、Digital Science社の投資を受けている。2014年1月、writeLaTexは「Overleaf」と改名された)。その他の研究者向けオンライン共同執筆ツールには、「shareLaTeX」「Fidus Writer」「Authorea」などがある。

広がるユーザー

共同執筆ツールを使っている研究者は少数派だが、その数は増えつつある。Writelatex社の共同設立者John Hammersleyによると、2013年にはOverleafのユーザーは10万人に到達し、このツールを使って140万編の文書が作成されたという。Authorea社の共同設立者であるAlberto Pepeは、Authoreaのユーザーは1万人(2014年10月時点)だと言う。Nechesと同じグループのポスドク研究員Jenna Morgan Langには、Authoreaを使って執筆した論文が1編あり、執筆中のものが6編あるという。「本当に気に入っています。誰かに意見を聞かれたら、ぜひとも使ってみるべきだ、と答えるでしょう」とMorgan Langは言う。

共同執筆ツールの核心は、同じ文書のさまざまなバージョンをどのように追跡するかにある。例えばAuthoreaは、ユーザーが決定する大きさのセクションに文書を分割し、個々のセクションは一度に1人の著者しか編集することができないが、別々のセクションなら複数の著者が同時に作業を行えるようになっている。このシステムでは文書に加えられた全ての変更が履歴に記録される。「記録をさかのぼっていけば、科学論文が最初の言葉から最後の言葉までどのように発展していったかを理解することができるのです」とPepeは言う。

Authoreaのこのコンセプトは、複数のプログラマーが共同でコードライティングを行うときに変更履歴を追跡したり、データ科学者が分析ワークフローを記録したりするために使用するソフトウエア管理システム「Git」を基礎にしている。他のツールは、これとは違ったアプローチを採用している。Google DocsとFidus Writerでは、全てのユーザーがファイル全体に同時にアクセスすることができ、変更履歴機能はMicrosoft Wordのそれに似ているが、例えばFidus Writerでは、全ての編集の履歴を詳細に記録することはしてない(ユーザーがタイムスタンプによって特定のバージョンの文書を保存することはできる)。Overleafには、バージョン履歴機能と変更履歴機能の両方があるが、後者は有料ユーザーしか利用することができない。どのツールも無料アカウントを提供しているが、大きなストレージ容量やプライベートアカウントなどの高度な機能を利用するには、月額利用料を支払う必要がある。Overleafは7~12ドル(約770〜1300円)、Authoreaは5~25ドル(約550〜2800円)。

これらのツールは、単純に文書作成ソフトウエアとコラボレーション管理システムを組み合わせただけのものではない。Authoreaでは、PubMedやCrossRefの文献を検索してインポートしたり、デジタルオブジェクト識別子(DOI)を使ったりして、参考文献リストを作成し、書式を設定することができる。Overleafでは、文献管理ツール「Zotero」や「CiteULike」から文献をインポートすることができる。Authoreaを使えば、Nature、Science、Proceedings of the National Academy of Sciencesを含む約40誌の投稿用フォーマットで文書をエクスポートすることができる。Pepeはブログに、同じデータを異なる学術誌のフィルターで加工できるAuthoreaは「科学論文のインスタグラムのようなものと言えるかもしれない」と書いている。

Writelatex社のHammersleyには、論文の執筆と出版をもっと密接に統合したいという野心がある。Overleadでは、ユーザーがボタンをクリックすると、一部の学術誌のエディターに直接論文を送ることができる。2014年10月時点では10誌以上にこの方法で論文を投稿できるが、Hammersleyは数カ月後にもっと増やそうとしている。彼は、今はまだ学術誌との統合を進めている途中で、最終的には、論文の著者と学術誌のエディターが、ブラウザウィンドウで共同作業ができるようにしたいと話す。

課題は親しみやすさ

Caguaは結局、ジンベエザメの論文の大半をGoogle Docsで書いた。共著者たちがLaTeXに不慣れで、オリジナルのwriteLaTeXに「尻込みしてしまった」からだ。実際、生のLaTeXファイルは、文章と図の表示法を組版プログラムに指示するコードがテキストの中にちりばめられている。これは、ウェブブラウザ表示の背後にあるHTMLソースコードを読んでいるようなもので、不慣れな人は、その見た目に当惑することがある。writeLaTeXを改良したOverleafでは、リッチテキスト編集環境がコードを隠し、専門知識がない人にも執筆しやすくなっている。Fidus WriterとAuthoreaもLaTeXをサポートしているが、生テキストの表示を制御するHTMLやMarkdownもサポートしている。

Pepeは、Authoreaの主要なミッションは「科学論文を再創造すること」だと考えている。科学研究のオープンシェアリングを促すために考案されたこのプログラムは、出版された論文を読んだ人が、その図の基礎になっているデータを探して操作できるようにする「IPython notebook」などのソフトウエアをサポートしている。「私たちが考えているのはインタラクティブでデータ駆動型の論文です」とPepeは言う。これは、彼が「未来の論文」の試作品で探究したアイデアだ(go.nature.com/plgshx参照)。一部の学術誌はインタラクティブなグラフィックスやデータを慎重に試しているが、基本的にはまだ稀だ。

ハーバード大学(米国)の天文学者で、PepeがAuthoreaを開発したポスドク研究を指導したAlyssa Goodmanは、Authoreaで執筆された文書は、読むことのできる論文にも、生データを含むインターネット上の研究ノートにもなると言う。「論文として読むことのできる部分は氷山の一角にすぎず、その下には全ての説明が隠れているのです」。

Nechesは、この機能を使って米国ミシガン州の2人の研究者と共同研究を行なった。彼はTwitterを使って2人とやりとりしているが、直接会ったことはない。彼らは、3Dプリンターで印刷したある材料を細菌培養実験で使用する際に滅菌処理が必要か否かを調べる共同研究を行なった。彼は、Authoreaを使うことで、チームのメンバーが生データと手法をアップロードするためのフォーラムができ、これらに基づいてオンラインで原稿を共同執筆することができたと言う。「皆で一緒に作業できる研究室を立ち上げたような感覚でした。共同執筆ツールがなかったら、このような感覚で論文を執筆することはできなかったでしょう」。

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170825

原文:Nature (2014-10-01) | doi: 10.1038/514127a | The online cooperative

Jeffrey m. Perkel

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