「犬や猫の世話は、旅のように、自分の魂が育つ”物語”」。糸井重里氏が語るアニマル・ウェルフェア(前篇)

「よそのうちの犬や猫と知り合いになりたい、というのが、一番ですね。」

昨年に続き、8月27日(日)、8月28日(月)の2日間にわたり、一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル主催の「アニマル・ウェルフェア サミット2017 〜動物と人の笑顔のために〜」が開催されました。

東京大学の弥生キャンパスを会場に、2日間で19の講演が開催され、展示、体験コーナーにも多くの来場者がありました。

「萬魂(よろずだましい)はまだ生きているぞ!」などと言われると武者震いをしてしまう世代の猫ジャーナルとしましては、家元の講演は見逃すわけには参らないのでして、初日の27日に弥生講堂一条ホールで行われた「トークショー〜アニマル・ウェルフェアへの想い〜」を取材してきました。

【登壇者プロフィール】

糸井重里氏:1948年群馬県生まれ。株式会社ほぼ日代表取締役。コピーライター。エッセイスト、作詞家、ゲーム制作など多彩な分野で活躍。1998年に毎日更新のウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設し、同サイトの活動に全力を注ぐ。2016年6月には犬や猫と人が親しくなるアプリ「ドコノコ」をリリース。運営会社のほぼ日は、2017年3月、ジャスダック市場に上場。愛犬の名はブイヨン

滝川クリステル氏一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブルの代表理事。同財団では2020年を目標に、アニマル・ウェルフェアに則った犬猫の殺処分ゼロを目指す「PROJECT ZERO」、絶滅の危機に瀕した野生動物を救い、生態系を守る活動を行う団体を応援する「PROJECT RED」を中心に、人間を含めお互いの命が共存・共生し、調和する社会の実現を目指す。滝川氏は、東日本大震災で被災したラブラドール・レトリーバーのアリスと暮らしている。

松原賢氏:「未来noペットshopを創っています」をコンセプトに掲げる、一般社団法人Do One Good理事。同団体では、飼い主のいないペットが新しい飼い主と出会う「里親会」を軸とした「未来のペットショップ」を目指し、里親制度の普及・啓発活動、動物愛護・動物保護活動に対する支援活動動物の飼育放棄・虐待の防止活動、動物に関わる被災者への支援活動などを行っている。

■アニマル・ウェルフェアについて

司会:今回のテーマは「アニマル・ウェルフェア」ですが、まだご存じない方もいらっしゃるかもしれないので、松原さんから説明をいただきたいと思います。

松原:どういう動物たちを対象にしているかと言うと、私たち人間が「管理をしている動物たち」、つまり、野生に生きている動物たちは対象にはならないということになります。「管理している動物たち」、一番身近なのはペットかもしれませんが、家畜だったり、水族館の動物だったり、そのような(人間が)管理をしている動物たちの環境をいかに整えてあげるのかを、考えることです。

有名な「5つの自由(参考リンク:埼玉県動物指導センター「動物の5つの自由」)」と言われる定義がイギリスで提唱され、これが国際的にアニマル・ウェルフェアの定義として認められています。この5つを、私たち人間は管理する動物に対して持ってあげよう。そうすると、動物たちにとってもハッピーだし、結果的に人間たちにとってもたくさんいいことがあるよ、というのがアニマル・ウェルフェアになります。

猫ジャーナル

司会:ありがとうございます。ではアニマル・ウェルフェアを推進する活動に関わっていらっしゃるお二人にもお話をうかがって参りたいと思います。まずは糸井さん、何がきっかけでアニマル・ウェルフェアに関する活動を始められたんですか?

糸井:そう言われると困るのは、アニマル・ウェルフェアを僕は最近まで知りませんで。今年になってから、滝川さんと対談をしまして(註:雑誌『GOETHE』での対談)、どちらもミグノン運動にずっと関わっていて、滝川さんはこのこと(アニマル・ウェルフェア)をやってらっしゃる、という話を聞いたのがきっかけです。

滝川:それで、アニマル・ウェルフェアを知っていただいたと。

糸井:いまでもうまく言えません(笑)。

司会:いままでも、アニマル・ウェルフェアに関わることを、自然とされていらっしゃったんですよね。

糸井:犬や猫が好きだってことと、近くで何か、さっきの5カ条(5つの自由)に関わることが起こったりしたときに、そばにいるおじさんとして手伝うようなことをしていたら、だんだんとそういう分量が増えていった、そういう感じかもしれません。

司会:具体的にどのような活動を?

糸井:強く関心を持ったきっかけは、東日本大震災のときの、具体的な困難に直面した動物がたくさん出たことです。それをどうしようかということを、急いでやらなければならなかったので。

そのときは人手も、お金も、時間もいるし、ということで、じゃあ僕らができることは何なんだろうと、ボランティアの人たち(を運ぶ車)の運転手を社員がやったり、あるいはお金を寄付するといった形で、何かを、いろんなことを、できることだけをとにかく足していこう、と行ったのが大本です。

(その後も)震災がなくても、困っている犬や猫がいるわけで、それでなんとなくいままで続いているのが現状です。自分たちも、家にいる犬や猫をしっかりとかわいがることが、一番基本だと思うんです。

ものすごく一生懸命に保護活動をやっている方、お寺で言うと、出家してお坊さんになるような活動をしてらっしゃる方もたくさんいらっしゃるんですが、僕は、たぶん"在家"です。お盆の墓参りに行くだとか、お寺の増築のときにいっしょに相談に乗って寄付するといった形で、"在家"の活動をしているつもりでいます。

■「ドコノコ」が目指したのは、一匹ずつの犬や猫が"住民登録"すること

司会:糸井さんの活動をご覧になって、滝川さんからどういう風に写りますか。

滝川:対談させていただいたときにも、いろいろお話させてもらいました。そもそも、ミグノンという保護団体(一般社団法人 ランコントレ・ミグノン)へ出資や支援をされていることはもう有名で、ブイヨンちゃんというワンちゃんがいて、そのワンちゃんを通して、いろいろなグッズなどを発信されたり。

ドコノコ」というアプリも、本当に糸井さんならではのユニークなものづくりをされて、身近にみなさんに感じてもらうという作業をされています。「できる範囲で、できることを」という発信をされている方だと、お話をしていてうかがわせてもらって(思いました)。

やはり無理をしてしまうと、本当に持続していかないので。前に仰ってた印象的なことが、東北のほうに震災で行かれた帰りに、すごく無力感を感じられたというお話で。でもやっぱりそれは、こういう活動も含めて「できないことはできない」という諦めをしないと、そこは続かないというお話をされていましたね。

糸井:僕がやることは、だいたい、人のつながりでやることが多くて。ミグノンで言えば、ミグノンのボランティアの人たちと知り合いだったことがきっかけですし。東北のことについても、「被災した場所に友達がいるという状況」を先に作ろうとするんですね。

そうすると、その友達に「いま何に困っているの」と聞けば、本当のことを言ってくれるわけだから。自分らは道路を造ったりするのは無理ですが、彼が・彼女がこんなことになったらいいんじゃないか、というのを(聞いて)、「ああ、俺できることある」という形でやっています。「ドコノコ」というアプリも。

Twitterをやってますと「いまうちの子が迷子になっちゃったんだけど、というツイートを拡散してください」という依頼がいっぱい来るんです。僕がそれを拡散するのは簡単ですが、例えば、沖縄の迷子について、北海道の人が急いで「大変だ!大変だ!」と言っても、見つかるわけないんですよ。岐阜の人も福島の人も、みんなが沖縄の犬猫について大変だーと言ってると、その声だけで一杯になっちゃうんですよ。

そうすると、見つけるための場ではなく、いつも「大変だ!」って言ってる場所になっちゃうんです。一時は、その迷子の状況を(見つかったか、まだ行方不明か)一覧表にして持っていたこともあったんです。それをやってると、仕事になんないですよ。いつも犬が大変だって言ってるTwitterを見に来る人がいなくなっちゃう。

つまり、そんなとこ、めったに行かないんですよ。もっと映画の話もしたいし、ご飯の話もしたいのに、一日中「犬が!猫が!」となっているところに、誰も行かないでしょう。

猫ジャーナル

写真左から、松原氏、滝川氏、糸井氏。

糸井:その(見つけるための)ツールにするためにはどうすればいいかと考えて、「その地域の人と探す」のが、一番いいんだなと。実際に、迷子のほとんどの発見は、近くの人が一生懸命探すことなんです。あるいは普段から、接している人たちから見に来ること。

で、どうしたらいいかなーと考えて、Twitterに拡散することよりも、一匹ずつの犬や猫が、住民登録することだと思ったんです。そしたら、野良猫でもお世話している地域の人が登録してくれれば、この子がいたとかいないとかってことを、みんなが気に留めるじゃないですか。その、地域が分かったらその子を探しやすくなる。

犬や猫の写真を見せびらかしっこするという楽しさと、いざ何かあったときに「この辺の動物病院、誰か知ってますか」というときに地域の人がお知らせしてくれる。迷子を探しているよーと言うのも。そのアプリが世界中で広まったら良いなと思って、作り始めて、いま14万〜15万人の人が使ってます。

本当の夢は、世界中で犬猫が住民登録してほしいです。そうしたら、極端な例ですが、2つの国で戦争があったとき、国境線の向こうとこっちに、「あの犬、知ってる」という人同士が敵になるわけですよね。それをまた日本で見てて「僕の好きなあの犬が、最近音沙汰がない」とか。

滝川:そしたら、そちらで紛争が(始まっているのかもしれない)とか、気にするようになる、ということですよね。

糸井:ご近所と世界がいっしょに、犬や猫を通じてつながると言う。

滝川:犬や猫をきっかけに、あくまでも人間がつながるように、と思ってらっしゃる。

糸井:それは...おまけかもしれない。よそのうちの犬や猫と知り合いになりたい、というのが、一番ですね。

うちにいるんですよ、という話を聞くと、「何歳?」とか(聞く)。その子が亡くなったとか、病気になったという話を聞くと重いじゃないですか。知らない家の話って、重くなんないですよね。

やっぱりアニマル・ウェルフェアということで言えば、一個ずつのことはたいしたことなくても、「痛いだろうな」とか「喉が渇いてるんだろうなとか」って思うことが、知り合いになることが本当なんじゃないかなと思ってこういうことを始めたんです。

滝川:何にも知らないところよりは、自分の知っているところなら、注意を向けることができると。

糸井:そう思いました。

(後篇に続く)

(2017年9月13日「猫ジャーナル」より転載)