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世界から注目を集める論客が語るメディアの新しいあり方

2017年07月22日 16時06分 JST

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広告収入に一切頼らず、5万5千人以上の購読者収入で運営されているオランダの新興ウェブメディア「デ・コレスポンデント」。その創立に携わり、政府がすべての国民に必要最低限の金銭を支給する「ベーシックインカム」導入を訴えるルトガー・ブレグマンさんが、日本での著書出版を機に来日しました。Yahoo!ニュースでは、世界から注目を集めるジャーナリストであり論客のブレグマンさんをお迎えし、サービスをけん引する2人がベーシックインカムという制度、働き方、そしてメディアのあり方を聞きました。

登壇者

ルトガー・ブレグマンさん オランダ出身の歴史家・ジャーナリスト

片岡 裕 ヤフー株式会社 メディアグループ メディアカンパニー カンパニー長

有吉 健郎 ヤフー株式会社 メディアグループ メディアカンパニー ニュース・スポーツ事業本部 部長

ベーシックインカムを通して社会を見る

ブレグマンさん きょうはご招待いただき、ありがとうございます。日本のみなさんのホスピタリティに感動しています。私は2014年のオランダに続いて、今回日本でも「隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと1日3時間労働」(著 ルトガー・ブレグマン/訳 野中香方子/発行 文藝春秋)を出すことになりました。「ベーシックインカム」をテーマに書いていますが、私としてはこのアイデアが世界に広まったことをエキサイティングに思っていますし、それにはデ・コレスポンデントというメディアがあったからこそだと考えています。

有吉 ブレグマンさんはベーシックインカムについて、どこでそのアイデアに触れたのですか。

ブレグマンさん 私はもともとオランダ国内の新聞社の記者でしたが、そこにいたときからベーシックインカムに興味を持っていました。ただ、社内で注目されることはありませんでした。会社内のヒエラルキーが強く、「若い者が何を言っている」という空気もありましたね。

有吉 では、新聞社を辞めたあとから本格的に記事にするようになったんですね。

ブレグマンさん はい、新聞社を辞め、どこかで書ける機会を探していたところ、デ・コレスポンデント創業者兼編集長のロブ・ワインバーグに誘われ、創設に関わるチャンスをつかみました。

有吉 ベーシックインカムについてデ・コレスポンデントの編集部の反応は?

ブレグマンさん 彼らにも知られていなくて驚きましたね。記事にするようになってから多くの人から反応をもらい、輪が広がっていきました。ここで私が付け加えたいのは、「ニュースを届けられない」「保守的な人から支持を得られない」。そこで立ち止まっていては、21世紀ではやっていけないということです。

片岡 本の中でベーシックインカムと類似する政策の成功事例として、オランダのホームレスの人たちに無償で住宅を提供し、最終的に投資した額以上の価値を生み出した例が挙げられています。ブレグマンさんのアイデアの原型にもなっていると思いますが、オランダ社会への影響は?

ブレグマンさん 貧困を「管理」するより、「撲滅」に向けて行動したほうが、結果的にお金がかからないということですね。ベーシックインカムの影響についてはまったく知られていなかった状況から、今ではオランダ国内20の都市で実験が予定されています。

有吉 生活保護とはどう違うのでしょうか。

ブレグマンさん ベーシックインカムは、食料、住宅や衣服の確保など、最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するものです。さらに言えば、誰でも受け取れるもの。お金があってもなくても、仕事があってもなくても。

片岡 GDPでみればアメリカは世界一ですが、社会的満足度は低い。格差が大きいことが背景にありますが、これについてどのように考えますか。

ブレグマンさん 政治家はみな、問題を解決するには「経済成長」「雇用創出」と訴えますが、私は違うと思います。必要なことは、「社会に自由を与える」。人それぞれに、例えば「子どもをケアしたい」「お年寄りを助けたい」などいろいろ思いがありますが、それぞれが情熱を持っていることを追求できるような社会にすべきでしょう。

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考え方のアップデートを

有吉 本の中で「1日3時間労働」について書かれていますが、AIやロボットの技術が進んでいる中でも現実にはそれはできていないと思います。

ブレグマンさん そういう技術においては日本では特に進んでいて、今回の来日でウォシュレット付きの高機能なトイレやタクシーの自動ドアにはびっくりしました(笑)。たしかに労働の現場にはロボットがたくさん入っていていても、人は何時間も働いています。かつて「ロボットが仕事を奪う」という予言がありましたが、現実には「資本主義は必要のない仕事も見つけている」と考えています。

片岡 イギリスの経済学者、ジョン・メイナード・ケインズ氏は「週15時間労働」という世界を描いていましたが、現実にはそんなことはありません。AIやロボットの出現で効率化が進んでいるにも関わらず、そうした社会につながらない原因についてどう思いますか。

ブレグマンさん なによりもまず「仕事、仕事......」と取りつかれているイデオロギーが問題ではないでしょうか。その考え方をアップデートしていくべきです。

有吉 労働時間を1日3時間と訴えることに当然反対意見もあると思います。

ブレグマンさん はい、「人が働くことをやめてしまうのでは」と意見をもらいます。しかし、現実にベーシックインカムを導入することで、より価値のある仕事に取り組むようになっていく可能性もあります。もう一つ、ベーシックインカムへの反対意見に「そんな投資はできない」と。これに私は「導入のほうが、トータルでみればお金はかからない」と答えています。貧困により才能が埋もれしまう現実があります。ベーシックインカムは、それを掘り起こす手段の一つでもあるのです。

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デ・コレスポンデントのジャーナリズム

有吉 デ・コレスポンデントのサイトには社会の重要な問題が並んでいますね。

ブレグマンさん ジャーナリストはまず自分自身が興味を持って取材する、そして書く必要があります。私の同僚には「ベストライター」ともいえる高卒のジャーナリストがいます。デ・コレスポンデントでは学歴は関係なく、そうした問題をジャーナリストとして追いかけたい、自分には追いかけるものがあるという人を求めています。ジャーナリストを育てる学校がありますが、デ・コレスポンデントのジャーナリスト約70人のうち、そういうところを卒業したのは1人だけ。自分が強く追求したい課題を一生懸命に突き詰め、それを読者とともにシェアしていくことが大切だと思います。

片岡 デ・コレスポンデントでは、読者から良い意見を引き出すためのコミュニケーションが成立していますね。他のメディアができていないことを、なぜデ・コレスポンデントではできるのでしょうか。

ブレグマンさん 重要なのは、人間として向き合うことです。読者は記事をクリックする存在ではないということ。ジャーナリストたちは読者に記事を届けているつもりでしょうが、記事の向こう側にいる読者が持つ情報量のほうが圧倒的に多いのです。さらに無料でニュースを見られる時代にあえて課金する読者に「自分もこの問題に関わるんだ」という意識を持ってもらえています。

有吉 デ・コレスポンデントの読者は記事にお金を払い、コメントし、アクションに移しています。そのように社会のために動いている人たちはどういう特徴があるのでしょうか。

ブレグマンさん 男女の比率に違いはなく、若者や高齢者、学歴もさまざま。多くのメディアは記事に加えて広告も届けていますが、私たちは自分たちが書きたいテーマのストーリーを売っている。危惧しているのは、世の中には広告であるにも関わらずニュース記事を装っているケースがあるということ。フェイクニュースに怒りを覚えている人も多いですよね。デ・コレスポンデントでは正しいコンテンツを届けるためにも、「広告なし」を選択しています。

片岡 デ・コレスポンデントのようなメディアのシステムは他の国にもあるでしょうか。

ブレグマンさん デンマークのあるメディアは、私たちと似ている部分があります。私たち自身は来年、アメリカへ進出しようと計画しています。ジャーナリストやテーマは新しいものになるでしょうけど、同じテーマを各国の記者が協力して追いかけることはできます。

片岡 最後に、ブレグマンさんは今回の本の中で「国境を開くことで富が増える」と書かれています。イギリスのEU離脱問題や保護主義を掲げるアメリカのトランプ大統領の存在がありますが、「国境を開く」ことで何がどう良くなるとお考えですか。

ブレグマンさん 日本では「国境を開く」ということは、過激に映るでしょう。しかしヨーロッパでは長い歴史を見ても移民がずっと存在し、一方で常に反対意見があります。彼らについて「怠け者だ」「制度を悪用する」「われわれの仕事を奪う」と。しかし、そんなことはありません。高齢化が進むみなさんの日本で、誰が高齢者のケアをしてくれるのでしょう。トイレのロボット化には目を見張りますが、ロボットにすべてをケアしてほしいでしょうか。考えなくてはならないのは、どういうことが「仕事」なのかということ。労働力は移民の中にあると私は考えています。

会場とのQ&A

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――デ・コレスポンデントのビジネスモデルは素晴らしいと思いますが、メディアのメインストリームにまで発展すると考えていますか。

ブレグマンさん 私としてはニッチなメディアであり続けたい。クリックの数を増やすのではなく、ジャーナリストとしてどれだけの人にリーチできたか、リーチしないといけない人にどれだけで届けられているのか。これがベースにあります。また、ウェブでは長い記事を書くことができ、ベーシックな記事でも約4000語。新聞では多すぎる量ですが、それが何百万という人に読んでもらっているのです。ニュースの本数で勝負するのではなく、質。人々の思いを変えるような記事なら、文量が長くても読者にとって良いものだと思います。

――同じテーマについてディスカッションすれば、どこか閉鎖的・排他的になることもあると思います。それはあってはならないでしょうが、そうならないように気をつけていることはありますか。

ブレグマンさん 現在のジャーナリズムの課題ですね。私たちは、極右傾向の新聞社と協力して彼らの記事と私たちの記事を交えてディスカッションすることもあります。さらに重要なのは、あまり自分の意見を書き込まない、意見しない多数の人たちを迎え入れるスタイルを取っています。この問題を解決するために、ぜひ貢献してください、と。記事そのものよりも読者の返信等のほうが良いこともたくさんありますよ。

――デ・コレスポンデントの記者は、オランダ国内の大手メディアから移ってきた人が多いのでしょうか。また、執筆の自由には責任も伴いますが、デ・コレスポンデントのようなメディアでは責任の所在はどこにあるのでしょうか。

ブレグマンさん まず、デ・コレスポンデントの記者は若い人が多く、私のような新聞社から移った人もいます。1週間のうち3日は教師、2日は記者という人も。また、責任については記事を書いた記者本人、もしくは編集長にあります。ジャーナリストであれば、「自分が書かなければいけない」という本能があるはず。責任と同時にそこを持ち合わせています。

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