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お盆の時期に、コテコテの仏教国出身の人間がふと日本仏教について考えた

2017年08月21日 23時42分 JST

お盆。東京、横浜、静岡、栃木、金沢、白山など、7月の15日前後に行う一部地域を除いて、ほぼ全国的に、8月15日前後にお盆を行う日本。今年もお盆は終わりに差し掛かっている。日本にとっての最大の仏教行事といっても過言ではない。

スリランカで生まれ17歳まで育ち、以来30年間日本で生活した私にとって、母国を客観視するきっかけになったのは、一冊の本の執筆のための取材で、2015年に「ブッダと歩く神秘の国・スリランカ」(キノブックス)として出版された。

スリランカの日常と宗教は表裏一体である。ここで過ごした少年時代を思い出す。「宗教」は授業科目で、大多数は「仏教」を選んでいる。スリランカでは、毎月の満月はポーヤといい、公の休みになっている。仏教徒はこの日、寺院で僧侶の説教を聴いて功徳を積む。多宗教国家ではあるが仏教色は圧倒的に強いため仏教国と言われほどである。

生身のブッダが生涯を過ごした空間との物理的な距離の近さもあり、原型に近い仏教がスリランカで生き続けているというのは自他共に認める事実でもある。国家をあげて仏教に力を入れているタイなどの高僧が留学先としてスリランカを選ぶのも頷ける。

日本の仏教は、違うことがあまりにも多く、スリランカの仏教徒から見ると、一見、違う宗教に見えてしまう。

両国間には、むろん大乗と小乗仏教などの違いはある。

「両者の相違は何か?」との問いに、「なぜ相違点を強調するのか、類似点こそ見出してはいかがだろうか?」

これは、世界一親日家と言われるジャヤワルダナの「日本の仏教と小乗仏教の違いについて」の質問に対する、近代日本最大の仏教学者と言われる鈴木大拙の答えである。

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日本の8月は、お盆で大忙しである。お墓参りし、ご先祖を迎えに行き、一週間かけて精霊棚で日替わりにお供え物を変え、棚経をしてもらい、そしてご先祖をお送りする。お盆踊りも、灯籠流しも、送り火もある。

ふとスリランカに想いを馳せる。基本的に輪廻転生を信じる小乗仏教では、極論すれば亡くなってはこの世との繋がりは一旦終わりということになる。もちろん、回忌などの節目節目に御経を上げてもらい、ダーナ(お布施)などを行い、亡人を思い、徳を積むことは怠らない。

しかし、都会化した今でこそ、キリスト教に習い、石を盛った墓が仏教にも浸透しているも、私の田舎の墓地には墓石は今でも基本的には存在しない。

死人が出ると駄々広い墓地の土地のどこかを適当に選び、土葬するための穴を掘る。たまには前に埋めた人の骨が出てくることもあるが気にしない。土葬した後に、その周りを若葉のヤシの葉っぱを編んだ飾り付けを行う。時間が経つと、飾り付けが朽ち、最初は盛り上がっていた土も落ち着き、1年も経てば、土葬した場所が解らなくなる。スリランカの仏教には墓に対する執着は基本的にない。

日本とはまるで違うのである。私が日本人女性と結婚を望んだ時は、彼女の両親から、私自身が長男で、仏教でありながら墓を守らず日本に来ていることが不真面目とみなし、結婚に反対されたことがある。

お盆は日本古来の祖霊信仰と仏教が融合してできている。仏教は日本の神道や民間信仰と出会い進化した。外来文化を豊かに束ねたことを素直に認めることは癪に触るか、日本の一部の右派の者などは、受け入れても外来文化を日本に同化させたまでだと頑なにこだわる。しかし私にはそうは思えない。日本は同化が得意ではなく、渡来文化と土着文化を美しく融合させて進化させているのではないか。

少なくとも、コテコテの仏教国の人間にはそうは見える。日本だと、亡くなった父とも、可愛がってくれたおばあちゃんとも年に一回、お盆に会える。スリランカではありえないことである。

日本には、先人に学び、今後とも外来の文化を同化しようとするのではなく、外来文化を日本土着の文化と、両者とも輝き、笑えるよう融合させ、平和で、進化続ける世を創造する日本人らしさを引き続き発揮してもらいたい。