認知症がなくなる日も近い?:研究員の眼

外に出て、人と会って対話をする、こうしたことだけでもかなり脳内に血流は流れていく。

長寿時代を生きる私たちにとって「認知症」は極めて大きな「課題」であり、「脅威」である。

かつて高齢者等を対象としたインタビュー調査(*1)をしたときにも、多くの人が"死ぬことよりも認知症になることが怖い、絶対になりたくない"、と話していたことが記憶に新しい。

自分がわからなくなる、自分らしさを失うという状態は想像もできないし、想像もしたくないのが本音であろう。

ところが近年になって、「認知症は治せるかもしれない、予防できるかもしれない」という話をよく見聞きするようになった。最近手にした書籍、東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授が書かれた『生涯健康脳』(2015年6月)でもその可能性を確認することができた。

認知症はこれまで症状の進行を遅らせる薬はあっても、治せない、予防できない、「不治の病」とされてきたが、それが克服できる可能性が高まってきたということである。

具体的には、認知症患者の50%を占める「アルツハイマー型認知症」について、予防と治療の可能性が高まってきている(*2)。極めて画期的なことであり、超高齢化する未来社会に向けて大きな光明である。

では、どのような光明の兆しがあるのか、ここでは筆者として解釈できる範囲から「測定技術の進歩」と「効果的な薬の登場」について紹介を試みることにしたい。

まずアルツハイマー型認知症とは何かを説明しておくが、これは脳内の血管に「アミロイドβたんぱく」と「タウたんぱく」というたんぱく質の「かす」が蓄積されていくことが原因の発端にある。

これらが長年にわたって脳内に蓄積されていくと(*3)、アミロイドβの中の毒性やタウたんぱくが変化した物質によって脳内の神経細胞が破壊され、やがて記憶障害や認知機能障害が引き起こされていくというプロセスを辿る(発症するかどうかは個人差がある)。

アミロイドβとタウという2つのたんぱく質の存在が、予防にしろ、治療にしろ重要な鍵を握るのである。

この話を聞いただけでも、自分はどれだけ溜まっているか心配になった方も少なくないと想像するが、この蓄積状況(たんぱく質の沈着度)は、今ではMRI(Magnetic Resonanse Imaging;磁気共鳴画像)、あるいはPET(Positron Emission Tomography;陽電子放射断層撮影)で科学的に測定できるようになっている。

このことに加えて注目されているのが「採血」による測定である。

MRIやPETを利用することは費用的な面からも個人にとっては縁遠いところがあるが、採血で簡便に測れるようになれば、多くの国民がより身近に脳の状態を知れることになる。

これはまだ商品化(実用化)には至っていないが、昨年11月に国立長寿医療研究センターと島津製作所の共同研究の成果として発表されたことである(*4)。

脳の状態をより早期にわかれば、あとは原因となる「かす」を溜めない、排出することが必要になる。そこで現在注目されているのが「動脈硬化の再発を防ぐ薬(*5)」である。

瀧氏の著書から引用すれば、「この薬は血液をサラサラにして、血液の塊が血管の中に詰まらないようにするものだが、アミロイドβを減少させる働きがあることもわかった」ということである。

確かに血管に溜まった「かす」が原因であることを考えれば、血液をサラサラにしていくことが効果的であることは納得的である。

まだ実際の臨床場面では使用できないようであるが、既存の薬を利用できる分、新薬を開発するよりは近い将来、この薬を利用できることが期待できる。

以上のように、自分の状態を早期に把握できて、早めに薬で対処できれば、確かにアルツハイマー型認知症は予防できるようになるのかもしれない。そのようなことが事実となる日が待ち遠しいところである。

ただ、これらのことに加えて、認知症予防に関する研修等の場でよく聞く話であるが、最大の予防は脳内に「かす」を溜めないような、脳内の血流の循環を活発にするような生活を心がけることだと考える。

換言すれば、脳に血流が流れないような「退屈な生活をしない」ということである。

これもよく指摘されていることではあるが、例えばリタイアした後、家に閉じこもってテレビばかりを見ているような生活を続ければ、身体にも良くないだろうし(生活不活発病を発症)、脳にも良くないことは想像に難くない。外に出て、人と会って対話をする、こうしたことだけでもかなり脳内に血流は流れていく。

アルツハイマー型認知症の予防策を突き詰めれば、普通の健康的なライフスタイルを何歳になっても継続することではないかと考えている。

認知症患者の推定値は2015年時点で517万人(高齢者人口の16%)、2025年には730万人(高齢者人口の20%)まで跳ね上がると予測されている(*6)。

社会にとっても、認知症患者が増え続けることは、認知症ケアをめぐる様々な課題をより深刻化させることであり、対策が急務であることは言うまでもない。

上述した「採血」による診断が日常化され(例えば、健康診断の一項目に加える)、効果的な薬が提供され、そして年齢に関わらずアクティブな生活を継続する高齢者が増えれば、認知症患者は大きく減少していくのではないかと期待を込めてそのように考えている。

関連レポート

(*1) JST/RISTEX「後期高齢者のQOL(Quality of Life)の評価尺度の開発に関する研究」(2009年)。68名に対してインタビューを実施

(*2) 本稿で述べる認知症の予防と治療に関しては、アルツハイマー型認知症のことのみであり、「脳血管性認知症」(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血などの脳の病気にともなう脳の血管の障害によって引き起こされる認知症)や、「レビー小体型認知症」(レビー小体という異常なたんぱく質の集まりが脳の神経細胞の中に溜まることのよって引き起こされる認知症)は含んでいない

(*3) 発症まで15~20年の蓄積期間があると言われる

(*4) 日経新聞朝刊(2014年11月11日)

(*5) 既存の製薬「シルスタゾール」等

(*6) 厚生労働省資料(2015年1月)

(2015年10月15日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

生活研究部 主任研究員

注目記事