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アップルに対する誤解を解く~自前主義へのこだわり

2014年07月12日 01時01分 JST | 更新 2014年09月07日 18時12分 JST
Reuters

アップルは5月に、若者から絶大な人気を誇る「b」のロゴが入ったプレミアムヘッドホンなどを手掛ける米ビーツ・エレクトロニクスと、市場が急拡大している定額で聴き放題のストリーミング型音楽配信サービスを手掛けるビーツ・ミュージックを合計30億ドルで買収することを発表した。

アップルにとって過去最大規模の買収だ。

アップルはこの買収に伴い、ビーツの共同創業者であるジミー・アイオヴィン氏とドクター・ドレ氏を経営幹部に迎え入れる。ジミー・アイオヴィン氏は、レディー・ガガなどの人気アーティストを抱える一大レーベルであるインタースコープ・ゲフィン・A&M(ユニバーサルミュージックグループ傘下)の会長兼敏腕プロデューサーであり、ドクター・ドレ氏は、伝説的なヒップホップアーティスト兼プロデューサーだ。

「iTunes Store」を運営するアップルは、音楽配信サービスの世界最大手として君臨してきた。しかし、個別の楽曲・アルバムごとに課金するダウンロード型サービスのiTunes Storeは、ビーツも手掛ける定額制のストリーミング型サービスが近年台頭してきたことによって、足下の成長率が大幅に鈍化していた。

今回の買収は、イノベーション加速のための外部人材の獲得とともに、音楽配信事業のてこ入れ・強化が大きな狙いだろう。

2010年に発売されたタブレット「iPad」以来の画期的な新製品・サービスの投入が待たれる中、音楽業界の2人のカリスマが率いるチームがアップルに加わることによって、新たな創造性が醸成されることを期待したいところだ。

アップルによるビーツの買収は、多くの人々に「これまでの自前の製品開発・人材起用にこだわる戦略からの転換」と受け取られたようだ。だがアップルは、これまで外部の優れた技術や人材を受け入れたり、活用したりすることを本当に拒んできたのだろうか。

アップルは1976年の創業以来、要所要所で他社の技術や人材を巧みに取り入れており、自前主義にこだわってきたというのは全くの誤解だ。このような誤解が生まれる背景には、創業者のスティーブ・ジョブズ氏の強烈な個性・カリスマ性と卓越した創造性・先見性に対する印象が余りにも強いことがあるのかもしれない。

"Stay Hungry. Stay Foolish."──ジョブズ氏が、2005年にスタンフォード大学の卒業式で卒業生に送った締めの言葉だ。筆者は、ジョブズ氏がその言葉に込めた思いは「体制に屈することなく、自分の夢を貪欲かつ愚直に追い求め続けよう」ということであり、これこそがジョブズ氏のビジネスの原点であり原動力となっていたと推測する。

ジョブズ氏は、夢を追い求めるために21歳でアップルを創業したが、その際に共同創業者のスティーブ・ウォズニアック氏と「誰もが使いこなせるコンピュータを作ることによって、世界を良くしよう」と誓い合ったという。「世界を良くしたい」「人々の可能性を解き放ちたい」という、ジョブズ氏の高い志・高い理想は一貫して揺るがなかった。

アップルでは、ジョブズ氏のこの創業の理念が、組織風土として強く息づいてきたのだと思う。そして、アップルがこれまでこだわってきたことは、自前の製品開発や生え抜きの人材起用ではなく、世界を良くしたいという社会的ミッションの実現だ。

ジョブズ氏は、世界を変えるような製品・サービスを開発するためには、他社に埋もれている確立された適正な技術を活用すればよく、目利き・プロデュース力が何よりも重要だと考えていたという。この考え方は、企業が自社以外の技術も積極的に取り入れる「オープンイノベーション戦略」の本質をまさについている。

代表的なエピソードとして、今では当たり前のように使っている、マウスでアイコンをクリックするパソコン操作(GUI:グラフィカルユーザーインターフェース)が挙げられる。

アップルが1984年に発売した初代「Macintosh」に採用し、開花させた技術だが、アップルのオリジナルではなく、米ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)の研究成果だったことは有名な話だ。

ジョブズ氏は、1979年にPARCを訪れた際にこの技術に運命的に出会い、5年後に本格的な実用化にこぎつけた。GUIを搭載した「誰もが使いこなせるコンピュータ」の実用化に成功したのは、GUIを発明したゼロックスではなく、それを目利きしたジョブズ氏=アップルだったのだ。

またアップルは、2011年発売のiPhone4sから、話しかけることで操作・検索などが行える音声アシスタント機能「Siri」を新たな独自機能として搭載したが、元々は機能名と同名の米ベンチャーSiriのオリジナル技術だった。アップルは、2010年にSiriを買収して当該技術を取り込み、iPhoneに搭載できるように開発した。

このようにアップルは、これまでも自社に欠けている技術や人材を補完するために、M&Aを戦略的かつ積極的に行ってきているのだ。

ジョブズ氏やアップルの辞書には、「自社技術にこだわる自前主義」の文字などはないと言える。

そもそも、人材面では、アップルを含めシリコンバレーのハイテク企業の間では人材の引き抜き合戦が繰り広げられており、日本企業にありがちな生え抜き人材で会社を固めることなどありえない。

実際に、現在のCEOであるティム・クック氏は、ジョブズ氏が1998年にサプライチェーン管理を行うオペレーション担当シニアバイスプレジデントとして、米コンパック(現HP)からスカウトした人材だ。

これまで見てきたアップル、そしてジョブズ氏の経営思想は、自前主義に陥りがちな日本企業にとって学ぶべきものが多いと思われる

すなわち、会社がこだわり続けて変えてはいけないものは、世界を良くしたいという社会的ミッションや企業理念であり、それを実現するための戦略や手法については、こだわりを持たずに客観的、弾力的かつ柔軟に考え、イノベーションを起こすのに必要な技術や人材が社内に欠けているのであれば、外部資源を積極的に活用すべきではないだろうか。

このような経営を実践するためには、目利き力やプロデュース力を磨かなければならないだろう。そして、何よりも重要なのは、強い使命感・気概・情熱を持って、高い志を成し遂げようとすることではないだろうか。

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株式会社ニッセイ基礎研究所

社会研究部 上席研究員

百嶋 徹

(2014年7月8日「研究員の眼」より転載)