約款の数字 1から1095まで-第6回 「10・20・40」倍について(手術給付金の給付倍率):研究員の眼

医療保険や医療特約などの手術給付金の入院給付金日額に対する給付倍率である「10・20・40」倍について取り上げたい。

第6回のテーマは、医療保険や医療特約などの手術給付金の入院給付金日額に対する給付倍率である「10・20・40」倍について取り上げたい。

これは、入院給付金日額が5000円の場合、手術の種類に応じて5万円・10万円・20万円の手術給付金が支払われるというもので、約款別表に手術名が列挙されていることから、「手術名列挙方式」といわれる。

そもそも医療保険や医療特約などで手術給付が一般的になったのは、1974年1月、簡易生命保険において従来の「傷害特約」(1969年9月創設)に加えて「疾病傷害特約」が創設されて、20日以上の疾病による入院や手術が保障されるようになって以降である。

1974年11月、アフラックによる日本初の「がん保険」発売後、1976年6月には生保各社から成人病による入院・手術を保障する「成人病特約」が発売され、同時期には、疾病全般による入院・手術を保障する「疾病入院特約」も一般的となった(*1)。

当時各社で発売されていた手術給付についての約款には、「胃切除術」、「子宮全摘除術」などの具体的な手術名を列挙する上述の「手術名列挙方式」のほか、「開頭術」、「開腹術」などの包括的な手術名を記載する「手術名包括方式」の2種類があった。

ところが、たとえば腰部椎間板ヘルニアの手術の場合、腹側から執刀するケースと背側から執刀するケースがあり、「手術名包括方式」の約款においては、腹側からの手術の場合、「開腹術」に該当するとして手術給付金が支払われるが、背側からの手術の場合、「開腹術」に該当しないとして手術給付金が支払われないという矛盾が発生した(*2)。

こうした当初想定していなかった不合理は1980年3月、国会でも問題となり(*3)、1981年10月、生保各社は、145種類の手術について、手術の種類に応じて入院給付金日額の「10・20・40」倍を支払うという「手術名列挙方式」の約款へ一斉に変更した。

その後、医療技術の進歩などを反映して、1987年4月に88種類の手術について、手術の種類に応じて入院給付金日額の「10・20・40」倍を支払う仕組みに再編成された(*4)。

しかしながら、現在、「手術名列挙方式」の約款を採用している生保会社は3社に過ぎない[いずれも従来の88種類の手術に、骨髄幹細胞採取手術(ドナーとして、骨髄幹細胞を他の患者に移植するための採取手術)を加えた89種類の手術を保障している]。

現在は、多くの会社が「公的医療保険制度連動型」ともいうべきシンプルな方式を採用している。

これにはつぎのような経緯がある。

すなわち、2005 年以降、保険会社によるいわゆる「保険金不払い問題」が発生し、その原因のひとつとして商品の複雑性が指摘されたことを受け、商品の簡明化の観点から、手術の定義について、「公的医療保険制度における医科診療報酬点数表に手術料の算定対象として列挙されている手術」などとシンプル化する生保会社が多数となっている。

これは、「手術名包括方式」の特徴である「顧客にとってのわかりやすさ」への回帰ともいえよう。

一方、手術給付金額については、2日以上の入院を伴うものと日帰り手術で金額を区分したり、がん治療か否か、開頭・開胸等を伴うものかといった手術の重篤性などで金額を区分したりする例がある(たとえば、2日以上の入院中の手術については入院給付金日額の20倍、日帰り手術は入院給付金日額の5倍など)。

ただ、公的医療保険制度での手術料算定の対象となる手術を保障する場合でも、創傷処理・皮膚切開術・抜歯手術などは対象外とされているケースがほとんどであり、こうした点については、留意する必要があろう(*5)。

なお、海外の医療保険においては、患者が実際に負担した金額の全額ないし一部を補償するという実損填補(または医療の現物給付)の仕組みが一般的であり、わが国のような入院1日につき○○○円、手術1回につき○○○円といった定額保障方式はあまり見られない(*6)。

関連レポート

(*1) 「郵政省、簡易生命保険法の一部を改正」『生命保険協会会報』第54巻第2号、1974年2月、「成人病特約、6月から発売へ-7社が申請手続き終わる-」『インシュアランス』第2745号、1976年6月、「各社の成人病特約をみる 5大成人病に1入院180日まで給付」『インシュアランス』第2747号、1976年6月、平尾正治「約款の医学的検討-廃疾、障害、疾病を中心として-⑴、⑵、⑶」『生命保険経営第』47巻第6号・第48巻第1号・第49巻第1号、1979年11月・1980年1月・1981年1月、御田村卓司・福地誠・田中淳三共著『生保商品の変遷-アクチュアリーの果たした役割-(改訂版)』113~167ページ、保険毎日新聞社、1996年7月、小著「わが国における医療保険の発展」『生命保険経営』第82巻第5号、2014年9月。

(*2) 平尾正治「約款の医学的検討-廃疾、障害、疾病を中心として-⑵」前掲。

(*3) 「第91国会衆議院予算委員会第二分科会議録(外務省、大蔵省及び文部省所管)第3号」、1980年3月6日、国会会議録検索システム、http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/091/0386/09103060386003.pdf。

(*4) 平尾正治「第三種保険の沿革」『生命保険協会会報』第69巻第1号、1989年1月。

(*5) 小著「約款の平明化について−これまでの経緯と今後の方向性−」『ニッセイ基礎研所報』vol.57、2010年2月。

(*6) 明田裕「ところ変われば保険も変わる」『保険・年金フォーカス』、ニッセイ基礎研究所、2012年4月。

(2015年8月24日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

保険研究部 上席研究員

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