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心地よい混み具合-適度なバランスは、どのように定まるのか?:研究員の眼

2016年12月19日 01時28分 JST

現代の社会は、なにかと混み合う。

毎年、お盆の時期や、年末年始には、帰省ラッシュで、電車も道路も混み合う。有名なラーメン屋では、いつも店の周囲に長蛇の列ができていて、店内も常に混雑している。

人気のある遊園地では、平日でも入園者の数が多く、アトラクションの待ち行列が2時間、3時間に達するといったことも、しばしば見られる。

混むことイコール不快、ととらえがちだが、そうとばかりも言えない。

例えば、1人で、カフェやレストランに入ったとして、自分の他に、客が誰もいなかったとしたらどうだろう。「店を独占できて、ラッキー」と思えればいいのだが、多くの場合、何か不安な気分になってしまうのではないだろうか。

「この店は、評判がよくないのではないか。過去に、何か問題があって、それが原因で客が入らないのではないか。味に、問題があるのか。それとも、値段が高いのか。もしかしたら、店員の態度に問題があるのか。...」などと、気になりだしたら、止まらなくなってしまうかもしれない。

つまり、混み合うのは嫌、という一方で、全く混まないのも嫌、なのである。人間というのは、なんと身勝手な生き物なのだろう。

人気店の混み具合は、どのように決まっていくのだろうか。

この問題に関して、ゲーム理論で、「エルファロル・バー問題」と呼ばれる研究がある。この問題は、経済学者のブライアン・アーサーが考えたものだ。

エルファロルというのは、アメリカのニューメキシコ州サンタ・フェにある人気のバーである。

小さいバーのため、座席数の6割までの入りであれば、客はみな心地よく感じるのだが、それ以上の混み具合になると、みな不快感を持ってしまう。

それぞれの客は、その店がどれぐらい混むか、店にやって来るまでわからない。また、他の客が店に行くかどうかもわからない。こんな場合、この店の混み具合は、どの程度に落ち着くだろうか。

来店して心地よく感じた人は、また来たいと思う。一方、不快に感じた人は、次の来店をしばらく見送ろうと考える。

即ち、混み具合が定員の6割までだったときの客は、次回もすぐに来たいと思い、6割以上だったときの客は、しばらく来たくないと考える。

もし、客がみな、前回体験した心地よさや、不快感だけを頼りに、全く同じ来店行動をとるとしたら、この店の混み具合は、毎日、乱高下することになる。

例えば、前回心地よく感じた人は、必ず翌日来店し、不快だと感じた人は、必ず1週間空けた上で来店する、といった法則に従う場合だ。

このように、全員が同じ法則に従って行動すると、店の混み具合は、大混雑か、閑散に偏ってしまう。

それでは、客が確率的に行動するとしたら、どうなるだろうか。

前回心地よく感じた人は、翌日、高い確率で来店する。不快に感じた人は、翌日、低い確率で来店する。そのように確率を用いた前提を置くと、店の混み具合は、徐々に座席数の6割に収れんしていく。

実証実験の結果でも、6割程度に落ち着いたとのことである。

これは、一人ひとりの客が、自分の体験を織り込みつつも、そのことだけにとらわれずに、確率的な行動をとったことで、適度なバランスが実現したことを意味している。

例えば、前回心地よく感じた人の中には、次は他の人に譲ってあげようと考える人がいるかもしれない。逆に、前回不快に感じた人の中には、懲りずに、翌日、また来店しようとする人がいるかもしれない。

このように、人間の行動は、いろいろなパターンはあるものの、大局的には、確率的に定まるという前提を置くことで、全体の混み具合に、適度なバランスがとれることになる。

確率などというと、何か、数学的な精緻なもののように思われるかもしれない。しかし、実際には、人が日々、何気なくとっている行動には、確率的な要素がたくさん含まれている。

例えば、料理の材料を買いに、スーパーマーケットに行ったとしよう。

特売の品を見て、思わず予定外の買い物をするかもしれない。逆に、買おうと思っていた食材の値段が高かったために、買うのを控えるかもしれない。

こうしたことは、誰でも日常的に経験しているだろう。日々の生活では、あまり強く意識せずとも、あれこれと、意思決定をしているのではないだろうか。

このように、強く意識しないで行われた選択によって、適度なバランスが実現するということは、実際には、よくあることのように思われる。

帰省ラッシュも、人気のラーメン屋も、混み合う遊園地も、全て、強く意識せずに行われた人々の選択の結果と、言えるかもしれない。

そもそも、どうしても混雑が嫌ならば、それを避けるための行動は、いろいろ考えられるだろう。しかし、混雑の中に身を委ねたり、長蛇の列に並んだりする人々は、敢えてそういう行動をとらない。

待ち行列の人々は、実は、内心、バランスのとれた混み具合を、心地よく感じているのかもしれない、という気がしてくるが、いかがだろうか。

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(2016年12月7日「研究員の眼」より転載)

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株式会社ニッセイ基礎研究所

保険研究部 主任研究員

篠原 拓也