疾病発生率の特殊事情-統計のとり方しだいで、疾病発生率は変わる?:研究員の眼

医療保険の保険料や準備金の計算に用いられる疾病発生率。それを設定する際に、担当者の頭を悩ませるものとは?

保険会社で取り扱っている医療保険では、保険料や準備金の計算に疾病発生率が用いられている。疾病発生率は、過去に取り扱った保険から得られた実績データや、政府が公表している公的統計などに、様々な処理を施して設定することが、一般的である。

疾病発生率を設定する際に、担当者の頭を悩ませるものとして、データに含まれる例外的もしくは変則的な特殊事情が挙げられる。

実績データや公的統計を、そのまま単純に用いると、この特殊事情を無視することになる場合もあるため、注意が必要となる。以下では、代表的なものをいくつか取り上げることとしたい。

(1)感染症の流行

例えば、インフルエンザの流行は、年によって程度に差がある。年次統計をとったときに、インフルエンザが大流行した年と、それほど流行しなかった年とでは、急性肺炎の発生率は異なることになる。

感染症は、インフルエンザのように、強弱の差はあれ毎年流行するものばかりではない。

例えば、過去に世界的に広がった鳥インフルエンザ、重症急性呼吸器症候群(SARS)や、最近流行したエボラ出血熱、中東呼吸器症候群(MERS)、デング熱など、流行する年と、流行しない年がある場合、年次統計に影響が出たり、出なかったりする。

(2)月次統計

日本では、一般に、 春から秋にかけての温暖な時期よりも、寒冷な冬の方が、病気が発生しやすい。一日の寒暖の差が大きく、心臓や血管に大きな負担がかかる時期には、脳卒中や急性心筋梗塞が発生しやすい。

そこで、月次統計を毎月順番に並べていくと、冬の時期には、これらの疾病の発生率が高くなる。発生率の動向を見る場合、前月比として推移を見るよりも、前年同月比等の指標を用いて、経年比較をすることの方が、意味のある変動を捉えやすい。

(3)調査の実施時期

標本調査に基づく公的統計等では、調査の実施時期が統計結果に影響を与えることがある。例えば、患者調査(厚生労働省)では、医療施設で受療する患者について標本調査をもとに統計が作成されている。

調査は、入院・外来患者は10月中旬頃の3日間のうち医療施設ごとに指定した1日、退院患者は9月の1ヵ月間に、所定の医療施設で受診した患者を対象に行われる。

この方法では、9月や10月にはあまり見られない病気、例えばスギ花粉症を原因とするアレルギー性鼻炎などの発生率は、捉えられないこととなる。

(4)疾病分類の変更

病気は、国際的に詳細に定義されている。世界保健機関(WHO)が策定する国際疾病分類がその定義であり、これに従って日本を含む各国で疾病の統計が作成されている。

時代とともに、新たな病気が出現したり、新たな診断方法が確立されたりすることから、国際疾病分類も約20年ごとに変更される。この定義の変更により、統計の結果が変わり、疾病発生率に影響が及ぶことがある。

(5)死因判定の変更

死因判定で疾病をどのように捉えるかによっても、統計の結果は変わる。

例えば、人口動態統計(厚生労働省)で死因別の死亡率を見ると、1994~95年に心疾患の死亡率は大きく低下している。

これは、医師等が診断・発行する死亡診断書(または死体検案書)を記載する上で、そのマニュアルに「(死亡の原因の欄には) 疾患の終末期の状態としての心不全、呼吸不全等は書かないようにします」との注意書きが加わったことの影響と見られる。

即ち、以前は死亡時の心臓の停止を死因として捉えていたが、そうしなくなったことによって、統計上、心疾患の死亡率が低下したことになる。

(6)医療設備の整備状況

病気にかかっているかどうかは、医師の診断によって確定する。その際、医療機器等の、医師が用いる医療設備の整備状況によって、診断の可否は変わってくる。

例えば、乳がんでは、以前より医師による視触診が行われてきたが、それだけでは不十分であることがわかり、マンモグラフィーという乳房X線撮影検査の装置が導入されている。

この装置の整備状況によって、乳がんの診断率が変わってくることが考えられる。このような診断のための医療設備の性能アップにより、病気の診断技術は日進月歩で向上している。このことが、病気の発生率に影響を及ぼす可能性がある。

以上のとおり、疾病発生率の設定には、様々な特殊事情を加味する必要がある。各種統計データから、疾病発生率を割り出して、時系列での比較をする際には、この特殊事情に留意すべきと考えられるが、いかがだろうか。

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(2015年10月5日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

保険研究部 主任研究員

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