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気がかりな3つの断層-ロンドン、パリ、ブリュッセル、フランクフルトを訪れて感じたこと:研究員の眼

2017年03月10日 01時13分 JST | 更新 2017年03月10日 01時13分 JST

2月19日からおよそ2週間かけてロンドン、パリ、ブリュッセル、フランクフルトを回った。面談やセミナーなどを通じて、現職の閣僚や元首脳、欧州連合(EU)機関のスタッフ、政治学者や経済学者、メディア、市場参加者や業界団体、日本企業の関係者らの生の声に接する機会を得た。

ここ数年、毎年この時期に欧州を訪れているが、今回ほど先行きの不透明を感じたことはない。

今回の出張の成果は、今月9日公表予定の経済見通しや、英国のEU離脱が金融サービス業の立地に与える影響をテーマとするレポートに反映させるつもりだが、それに先駆けて、このコラムでは、先行きの不確実性を高めていると感じた3つの断層について紹介したい。

まず第1の断層は離脱派主導で決めた英国の離脱戦略と英国経済の実体との間にある。

財・サービス・資本・人の移動の自由を原則とする単一市場からの離脱によって金融サービスのシングル・パスポートを失うことはシティの金融センター機能、特に様々なパスポートを活用して、欧州大陸の顧客を対象に、ホールセールの金融ビジネスを大規模に展開している金融機関に大きく影響する。

域外との自由貿易協定(FTA)締結のために、域内関税はゼロ、域外には共通関税を課す関税同盟からも去る方針を決めたが、EUという隣接する大市場との間に壁を作る悪影響を、他地域とのFTAでカバーすることは困難だ。そもそもEUを離脱しないと、英国は他地域とFTAを締結できない。

離脱派の公約を信じて離脱に票を投じた市民は、今後、離脱が「いいとこどり」ではない現実を痛感するだろう。国民投票での民意を受けて政治は離脱に動いているが、協議の結果が芳しくなければ、英国は離脱を断念せざるを得なくなるのではないかという指摘もあり、先行きは不透明だ。

2つめの断層は英国とEUの離脱交渉への姿勢にある。

英国では、離脱手続きの起点となる通告を間近に控え、EUとの交渉が最大の関心事項となっている。

政府方針の通りに、通告から原則2年後の離脱までに、EUとの包括的なFTAなど新たな協定で合意することは困難と見られるため、離脱と協定発効までの空白を埋める「移行期間」への確約を早く得たいというムードは強い。EUも「移行期間」に関しては、おそらく応じてくれるだろうという期待がある。

他方、ブリュッセルに移って、主要国の国政選挙が続くEUの最優先課題は、英国を除くEU27カ国の結束にあることを強く感じた。英国の国民投票、米国の大統領選挙の結果を受けて、EU加盟各国で反EU、反ユーロ、反移民を掲げる極右・ポピュリスト政党が勢いづいている。

3月15日に議会選挙を控えるオランダや年内の総選挙が予想されるイタリアもさることながら、やはりフランスの国民が「EU離脱の是非を問う国民投票の実施」、「ユーロ離脱」を掲げる極右の国民戦線のルペン大統領を選択するリスクに対する不安は群を抜いている。

今回、筆者が話を聞いた全員が「決戦投票でのルペン氏敗北」をメイン・シナリオと考えていた。しかし、英国のEU離脱、米国のトランプ大統領の選出という専門家らの想定を裏切る結果が続いた後だけに、「可能性は完全には排除できない」と揃って付け加えもした。

フランスはドイツとともに欧州統合を牽引してきた国でありユーロ導入国でもある。そのフランスがEU離脱の是非を問う国民投票を掲げる大統領を選ぶことは、ユーロを導入しない権利を確保するなど加盟国で最も離脱に近い位置にいた英国の離脱とは比べ物にならない重みがある。

英国の離脱交渉に関していえば、英国が離脱の意思をEUに通知していないこともあるが、フランス大統領選挙が統合の根底を揺るがす結果とならないことを確認するまでは、EU側には本腰を入れる余裕がないようにも感じられた。

3つめは、直接感じることはできなかったものの、潜在的リスクとして強く意識せざるを得なかった断層がある。

それは、筆者が今回話を聞いたEUやEUの統合を推進してきた主流派の政治勢力や欧州機関、その活動をサポートしてきた研究機関や主流派のメディアなどと一般の市民、特に地方で繁栄から取り残されたと感じている市民との断層だ。

フランスの大統領候補のルペン氏の公約は保護主義の傾向が強く、フランス経済の競争力を損ない、財政を悪化させる恐れがある。それ以前に、ルペン氏勝利の一報に、市場は「ユーロ離脱」を意識して激しく反応するおそれがある。

欧州中央銀行(ECB)のスタッフも、16年の市場の動揺にユーロ圏の金融市場と経済が強い耐性を示したことに自信を深めつつも、ルペン大統領誕生というショックに市場参加者がユーロ分裂を意識しかねないことを懸念しているようだった。

しかし、ルペン氏の支持層が、既存の政治やEU官僚に象徴されるエスタブリッシュメントに反発を抱いているとすれば、こうした批判に耳を傾けず、むしろ「嘘をついている」と受け止め、ますますルペン氏支持の意思を強める可能性がある。

筆者は、欧州統合の制度設計に強い影響力を発揮してきたフランスは、ドイツ以上にEUの恩恵を受けている国だと感じている。

そのフランスで、英国の国民投票の離脱派の勝利、米大統領選挙でのトランプ氏勝利と同じような力学が働き、一般市民が、そうとは意識しないままEUとユーロの根底を揺さぶる選択をするのではないか。そんな懸念を払拭しきれないまま帰国の途に就くことになった。

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(2017年3月3日「研究員の眼」より転載)

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株式会社ニッセイ基礎研究所

経済研究部 上席研究員

伊藤 さゆり