2つの出生力推移データが示す日本の「次世代育成力」課題の誤解:研究員の眼

意外なことかもしれないが、この40年以上、日本の夫婦(既婚女性)から生まれる子どもは…。

-少子化社会データ再考:スルーされ続けた次世代育成の3ステップ構造

【はじめに】

いまや日本において少子化が進んでいることを知らない人はほとんどいなくなった。しかしその状況を正確に把握しているかといわれれば、漠然と把握している人がほとんどのように思う。

筆者のもとに中学生から大学生までの学生が少子化問題をレポートするためにヒアリングにやってくる。

しかし今のところその100%が「少子化対策と保育所・保育の質」「少子化対策と待機児童」「女性の就業と子育て支援」を少子化対策として考えたい、といってくる状況である。

残念ながら、少子化対策というのであれば、子育て支援はその一部でしかない。

そうであるにも関わらず、彼らがいまだに問題の本質(または全て)であるかのように考えているのは日本の少子化問題の深刻さを表しているように思う。

次世代が多く育成される(次世代育成力の向上)ためには、一体どのようなステップが必要であろうか。

ここで学生たちが考えてくる「子育て」から川上へと逆流する形でステップを考えてみよう。

極めてシンプルな話であるが、子育てをするには子どもが産まれなくてはならない。そして子どもが産まれるためには男女のカップリングが行われなければならない。

つまり、「次世代育成力」の弱体化である少子化の要因を考えるには、当然この3ステップ「カップリング力」「妊娠・出産力」「子育て支援力」のそれぞれが考察されなければならないはずである。

しかし、経済や社会を学ぶ学生が持参するのは「子育て支援力」考察ばかり、という状況には悲しい気持ちにならざるを得ない。

【合計特殊出生率のうみだす誤解】

統計上、出生力の推移を観察するために有効な指標が2つある。

「合計特殊出生率」と「完結出生児数」である。

合計特殊出生率(以下、出生率)はあるエリア(日本なら日本、大阪なら大阪)に暮らす15歳から49歳の女性の「代表的な出生力」を推計する統計上の指標である。

よく勘違いした記述を見かけるが、決して(そのエリアに生まれた赤ちゃん)/(そのエリアに住む出産可能年齢の女性)といった単純平均ではない。

「この町から若い女性が沢山よそへいっていなくなったから出生率が下がった」などというのは大きな誤解である。

そのエリアに残った若い女性の出生力が高ければ出生率は下がらない。各年齢の女性の出生力の積み上げ計算で出生率は計算されるからである。

しかし、そのことがわかっても、さらに誤解が生じやすい指標でもある。

この「そのエリアの女性の出生力が高ければ」の前提として、「カップリング力が高いこと」がある。理由は2つある。

出生率の分母の女性には、未婚女性も既婚女性も含まれていること、そして、日本では長期に婚外子比率が2%前後で推移しているため、ほぼ既婚女性から子どもが産まれているからである。ゆえに分母の既婚女性割合が減少した方が、出生率も下落する可能性が高まるのである。

すなわち、出生率が下がる要因は2つあることになる。

①エリアの結婚した女性が産まなくなる

(日本は婚外子が2%に過ぎないため婚外子のケースはここでは除外する)

②エリアの男女が結婚しなくなる

条件が2つあるにも関わらず、いまだに出生率が下がると「(既婚)女性が産まなくなった、産みにくい環境だ」ばかりが注目されがちである。

筆者の知り合いの女性は「最近の嫁は自分の小遣いほしさに結婚しても仕事ばかり優先するんだろう?こんな風だから、日本は子どもが少なくなっちゃったんだよ。」という老年男性の言葉を聞いて耳を疑ったという。

先述の「少子化対策は子育て支援策オンリー」な視点の学生たちも、少子化を考察する時、「①エリアの結婚した女性が産まなくなる」のみ着眼していると考えられる。

「結婚しても仕事を続けるためには、日本は子どもが産めないような環境だ。それは保育園が足りないからである。保育園がないと仕事を断念しなければならないからである。だから子どもが産まれないのだ、以上。」

これは間違いではないが、少子化の一面でしかない。出生率が示しているもう一つの「②「エリアの男女が結婚しなくなる」、すなわち「カップリング力」をスルーしている点で不十分である。

しかしこのような完全スルーの光景は、先ほどの老年男性の例だけではなく、あらゆる世代の少子化議論で普通に見受けられている。

【完結出生児数は語る -「妻は2人産んでいる」】

日本というエリアにおける女性の出生力は1993年以降、恒常的に1.50をきっており、日本の女性は長期に約1名しか産まなくなっている。

しかしこの分母には未婚女性も既婚女性も含まれている。そのうちの既婚女性の出生力は一体どのように推移しているのであろうか。これを見るために用いる指標が、完結出生児数である。

完結出生児数は、結婚してからの経過期間が15年から19年の夫婦の平均子ども数として計算される。なぜ15年から19年かというと、その期間を過ぎた夫婦は統計的にほぼ子どもを授かっていないからである。つまり、完結出生児数は「夫婦の最終的な平均出生子ども数」とみなさていれる。

日本の完結出生児数は戦後1952年の3.50から急激に低下をした。しかし、1972年の2.20以降、最新調査の2015年1.94まで、徐々に下降しているもののおよそ2で推移している(図表1)。

意外なことかもしれないが、この40年以上、日本の夫婦(既婚女性)から生まれる子どもは2人であり、大きな低下を見せていないのである。

【大きく低下した「カップリング力」】

1970年代以降、少なくとも2002年までは妻の2人までの出生力は維持されており、表の赤線の出生率の低下は、母数である未婚女性の増加(カップリング力の低下)が大きく影響しているだろうことが図表1からみてとれる。

昨年あたりから政策的に「ライフデザイン教育」が学校教育分野で登場した。これは次世代育成の3ステップの「妊娠・出産力」に関わる正確な知識の普及も含まれている。

男女がみずから、子をもうけることの有無、タイミングを希望の叶う形でデザインするには、まず何より正確な生物学的知識をもつことが不可欠である。

女子学生が「女性活躍時代だし、資格もとってキャリアをつんで40歳になったら子どもをつくろうかな」などと口にするケースもいまだに見られる日本は、他の先進国と比較するとあまり褒められるレベルではないのである。

不正確な妊娠・出産力に関する知識によって、カップリングを含む出産育児の夢の実現が阻まれる可能性は決して小さくはない。

今年10月から12月にかけて、長時間労働などの反ワークライフバランスの温床となりがちな企業・団体組織に、「カップリング力」を阻害しないような環境整備を期待する政府の検討会も開催された(*1)。国としてこのステップに着眼したことは、やっとではあるにしても評価したい。

あくまでも個人のライフデザインの応援の枠を踏み外さず、しかし決してスルーされることなく、学生から老年者にいたるまで新たな3ステップ議論が少子化対策として社会でかわされることを切望してやまない。

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(2016年12月26日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

生活研究部 研究員

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