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頑張れ金融庁~「貯蓄から投資へ」の課題(その1):研究員の眼

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金融庁がこの9月に発表した「平成27事務年度 金融レポート」及び10月に発表した「平成28事務年度 金融行政方針」が関心を集めている。

その理由の一つに家計の資産形成のあり方に詳細な記述をしていることがある。

例えば前者ではわが国の家計が保有する資産の半分以上が現預金となっている点に焦点を当て、「公的年金にも自ずと財政的な制約がある中では勤労世帯の自助努力を促し、安定的な資産形成をすすめること」が重要であるとしている。

その参考にすべき事例として米国を挙げ、「かつては米国の家計も今の日本と同程度の株式・投信保有比率に留まっていたところ、401(k)(企業型確定拠出年金)やIRA(個人向け確定拠出年金)といった税制措置を含む政策的な対応を通じ株式・投信の保有比率が上昇し、安定的な資産形成が実現している」と述べている。

また、後者で「国民の間に少額からの積立・分散投資による資産形成を広く普及させるため、現行のNISAよりも年間積立額を少額としつつ非課税投資期間を長期とする『積立NISA』の実現を含め、NISAの改善・普及に向けた取組を進める」と記している。

筆者はこれらのレポートにおける論点である資産形成の重要性について異論は全くない。しかし、内外の年金制度のあり方について見ている立場からすると、いくつかの点で課題が残されている気がする。

その一つが米国において「安定的な資産形成が実現している」という点であり、もう一つは英国における「ISAの役割」の変化である。

今回はまず米国の家計における資産形成がどのような状況にあるかを考えてみたい。

米国の研究機関であるNIRS(National Institute on Retirement Security)が2015年3月に発表したレポート「The Continuing Retirement Saving Crisis」によると、米国における平均的な家計の老後への備えは全く出来ていないと言う。その論点は次の通りだ。

① 労世帯の45%(約4,000万世帯)は401(k)やIRA(以下 税制優遇)を活用できていない。

②税制優遇を活用している世帯の年収(中央値)は86,000ドルを超える一方、全く活用していない世帯の年収(中央値)は35,000ドル強に留まる。

③この結果、税制優遇を活用している退職直前世帯(55~64歳)の資産は104,000ドルとなっているのに対して、同じ年齢帯の全世帯平均は14,500ドルしかない。

④また、104,000ドルといえども本来持つべき資産水準に達しておらず、退職直前世帯の70%以上が貯蓄不足の状態にある。

⑤今後、米国の勤労世帯が退職後に向けて充分な備えを持つためには、公的年金(Social Security)の強化、低コストかつ高品質な運用機会の拡大、低所得層を対象とした補助プログラムの充実が必要である。

このような状況に至った背景として、NIRSのレポートでは(ⅰ)伝統的な確定拠出年金(DB)をやめて、確定拠出年金(DC)への移行が急速に進んだこと、及び(ⅱ)公的年金をめぐる政策議論が給付の削減ばかりに向ったことを挙げている。

米国では平均的な勤労世帯が退職後も生活水準を維持しようとした場合、退職直前の収入の85%程度が必要であると言われている。

それに対して公的年金からの収入は30%程度に留まり、残る50%は他の手段に頼らねばならない。そしてこの50%部分に深刻な変化が起きているというのがNIRSの指摘している点である。

企業年金に加入している世帯の変化を見ると(図表1)、1989年に「DBのみ」及び「DBとDC」に加入していた勤労世帯の割合が合計67.4%であったのに対して、2013年には40.3%まで減少している。

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その一方で「DCのみ」に加入している世帯の割合は1989年の32.6%から2013年の59.7%へとほぼ倍増している。

さらにその中でも見逃せないのが世代間の違いだ。

55~64歳の世代では「DCのみ」が42.9%となっているのに対して、45~54歳世代は60.7%、35~44歳世代は69.6%、そして25~34歳世代では71.5%となっている。

こうした状況についてNIRSは「1978年に401(k)の条項が出来た時の狙いはDBを補完(supplement)するものであり、代替(replace)することではなかった」にもかかわらず、急速なDBの減少が深刻な問題を生み出していると述べている。

一連の分析の中で筆者が特に注目したのは、制度を積極的に利用しているのが高所得者層(四分位の最上位層は89.7%)であり、低所得層(四分位の最下位層)の利用割合はその4分の1以下(21.4%)に過ぎないという点である。

米国において一連の制度に認められた税制優遇措置の内容は日本のそれと比べて極めて大きい。例えば401(k)で認められる拠出限度額は最大で59,000ドル(企業によるマッチング分を含む)に及んでいる。

その結果、所得水準によって401(k)の残高には大きな違いが生まれている(図表2)。

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比較的収入に恵まれた層がこのような優遇制度を活用して築いたのが米国における「家計の資産形成」の実態ではないだろうか。

同様のことは別のレポートでも確認できる。

今年の7月に全米の金融規制機構であるFINRA(Financial Industry Regulatory Authority)が発表したレポート「Financial Capability in the United States 2016」によると、税制優遇を活用している人の割合は全体で58%だが、所得別に見ると年収が25,000ドル未満層での活用割合は19%に留まり、年収が25,000ドルから75,000ドル未満の層で61%、75,000ドル以上の層では87%になっているという。

また、老後への備えについて検討した経験のある人の割合も、それぞれ19%(~25,000ドル未満)、37%(25,000以上~75,000ドル未満)、60%(75,000ドル以上)となっている。しかも、どの所得層においても半数以上の人が老後の備えに不安を抱いている。

こうして見ると、米国における税制優遇制度は富裕層における貯蓄から投資の促進に効果を上げ、その安定的な資産形成を実現していることは間違いない。

しかし、その一方で非富裕層は必ずしもその恩恵に預かっていないと見ることができる。

税制をめぐる設計はそのメリットを享受できる層に対して大きな効果を上げるが、メリットを感じない層あるいはその余裕のない層への効果は限定的だということを示唆しているように映る。

自助努力による資産形成を促進すると同時に、NIRSが主張しているように低所得者層を対象とした補助プログラムの検討など、わが国の政策においても併せて必要になると思われる。特に金融庁には国民の幅広い層のために「低コストかつ高品質な運用機会」の実現を期待したい。

本日(11/25)の日本経済新聞の一面に「金融庁が"投資商品の手数料明示"を検討中」という記事が出たが、こうした顧客本位の考え方が確定拠出年金制度にも良い影響をもたらしてほしい。

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(2016年11月25日「研究員の眼」より転載)
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