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「自撮り棒」が写す現代社会

2014年11月28日 00時50分 JST | 更新 2015年01月27日 19時12分 JST
Henn Photography via Getty Images

「鳥の眼」「虫の眼」と"ひとり社会"

今年の夏、トルコの古代遺跡を巡った時、なんども面白い光景に遭遇した。棒の先にスマホやデジカメを装着し、それで「自撮り」(自分自身を撮影すること)している観光客をよく見かけたのである。

確かに一人旅の場合、自分を写真に撮ることは難しい。たとえ手を伸ばして「自撮り」しても、背景となる風景はあまり写らない。しかし、ワイヤレスのシャッターボタンが付いた「自撮り棒」(セルフィー・スティック)を使えば、背景の景色に自分の姿を自然に取り込んだ写真が簡単に撮れるのだ。

この「自撮り棒」、日本でもちょっとした人気商品になっている。浅草あたりに行くと外国人観光客が使っている姿をよく見かける。また、ブログなどに自らの写真をアップするために、「自撮り棒」を活用している人もたくさんいるそうだ。

先日、テレビのニュース番組でも「自撮り棒」利用者が増え、巧く自撮りするための講習会なども開かれていることが紹介されていた。

「じどり」といえば名古屋コーチンなどの高級鳥である「地鶏」を思い浮かべる私には、「自撮り棒」を使った自撮りなどとても気恥ずかしくてできそうもない。しかし、「自撮り棒」に取付けたカメラから俯瞰的に見る景色や地面から見上げる自分の姿は通常のスナップ写真とは一味違う新鮮なものだろう。

目線を1メートル高く、あるいは低くすることで全く異なる風景が見えるから不思議だ。このように「自撮り棒」は、世の中を観察するには、なかなかの優れモノだと思う。

それは、「鳥の眼」「虫の眼」と同じように、人の日常の目線とは異なる角度から社会を眺めることができるからかもしれない。

一方、「自撮り棒」の利用にはデメリットもある。一人旅で自分の写真を撮りたければ、周囲の人に頼むのが手っ取り早い。グループツアーであれば、添乗員やツアー仲間に依頼する。

そこで、新たなコミュニケーションが生じる。旅先の見ず知らずの人や、偶然同じツアーに参加した人たちと交わす会話が旅の楽しみでもある。「自撮り棒」はそんな楽しみを奪ってしまわないのだろうか。

今、日本は「ひとり社会」へ邁進している。食事もひとりで食べる「個食」が増えており、先日訪れた大学の学生食堂の大きなテーブルには、中央に目隠し板が設けてあった。

「袖振り合うも多生の縁」で、旅先で見知らぬ人と同じテーブルで食事をしながらの会話は、旅の醍醐味でもあったはずだ。しかし、「個」やプライバシーが重視され、人と人とのつながりが薄れた現在、旅先でも「自撮り棒」が活躍する時代になっている。

「自撮り棒」が有する「鳥の眼」「虫の眼」の効用はとても貴重だが、その広がりは、過剰に「ひとり社会」になりつつある現代社会をも活写しているように思えてならない。

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株式会社ニッセイ基礎研究所

社会研究部 主任研究員

土堤内 昭雄

(2014年11月25日「研究員の眼」より転載)