2016年はアジアで選挙が目白押し~台湾総統選とフィリピン大統領選に注目:研究員の眼

2016年はアジア新興国で選挙が目白押しだ。なかでも国のトップが代わる台湾の総統選挙とフィリピンの大統領選挙は、注目度が高い。

(2016年はアジアで選挙が目白押し)

アジア新興国では、2015年にシンガポールとミャンマーで総選挙が行われた。

シンガポールでは与党・人民行動党(PAP)がこれまで通りの圧勝を続けられるかに注目が集まり、結果はPAPの得票率が69.9%と前回選挙(2011年)の60.1%から上昇して圧勝した。

ミャンマーの選挙では野党・国民民主連盟(NLD)が想定どおり過半数を確保したが、このままスムーズに政権交代が進むのか世界が注目している。現在のところNLDと国軍の融和が進んでおり、スー・チー氏が大統領に就任する兆しも見えてきている。

2016年はどうだろうか。2016年はアジア新興国で選挙が目白押しだ。

韓国では、4月に総選挙が行われ、2017年12月の大統領選挙に向けた前哨戦となる。

台湾では、1月16日に正副総統と立法院のダブル選挙が行われ、政権交代が濃厚と見られている。

ベトナムでは、1月20日から28日にかけて共産党全国代表者大会が開催され、最高幹部の政治局員(トロイカ体制の3名である最高権力者の書記長、対外的な顔である国家主席、行政を担う首相が含まれる)が選出される。

フィリピンでは、5月9日に正副大統領や上下院議員、地方自治体首長などが選出される統一選挙が行われる予定で、再選が禁じられたアキノ大統領の後任に注目が集まっている。

このほかインドでは上院選挙、香港では立法会選挙が行われる予定である。

これらのなかでも国のトップが代わる台湾の総統選挙とフィリピンの大統領選挙は、注目度が高い。

(台湾総統選挙:政権交代で台中関係悪化の恐れ)

台湾で1月16日に正副総統・立法院選挙(4年に1度)が投開票される。総統選で有力視されているのは野党・民主進歩党の公認候補である蔡英文主席であり、当選すれば初の女性総統の誕生となる。

一方、与党・中国国民党は現職の馬英九総統(現在二期目)の三選が禁止されているため、別の新しい総統候補を出す必要があり、当初は洪秀柱立法院副院長が総統候補として指名されていた。

しかし、洪氏は親中発言で支持率が低迷したことや同日に行われる立法院選挙への悪影響が懸念されたため、国民党は朱立倫主席を新たな総統候補とした。

それでも蔡英文氏の勝利が確実視されている。2008年に発足した現・馬英九政権(国民党)が国民の支持を失った理由としては経済の低迷や格差拡大、相次ぐ不祥事などが挙げられるが、最も大きな理由は急進的な対中融和政策だ。

現政権は、2009年に両岸経済協力枠組み協定(ECFA)を締結するなど経済関係を改善する施策を次々と実現した。

しかし、2014年3月にはECFAに基づく両岸サービス貿易協定の批准を巡って議会が紛糾し、学生らは経済的に中国に取り込まれることを恐れて「ひまわり学生運動」と呼ばれる大規模な抗議運動を行った。

最終的には国民党が強行採決しようとしたために、学生らが反発して立法院を占拠する事態にまで発展した。現在、国民の世論の大半が両岸関係の「現状維持」を望んでおり、対中融和路線の国民党にNoを突きつけている。

一方、民進党は2015年6月に蔡氏が訪米してアメリカのお墨付きを得たと見られるほか、政策論争を控えることで大きな失態のない選挙活動を進めている。

懸念されるのは、台湾にとって最大の経済パートナーである中国との関係悪化だ。台湾の中国・香港向け輸出は全体の約4割(GDP比では約24%)を占める。台湾は中国との結びつきなくして経済発展は見込めない。

しかし、民進党は「台湾独立」を志向しており、国民党政権が中国と結んだ92年コンセンサス「1つの中国(それぞれの解釈)」を認めていない。蔡氏は「対中関係は現状維持」と再三に渡って発言しているものの、態度を変える可能性は捨てきれない。

仮に民進党政権が「現状維持」を続けたとしても、中国は国民党政権の返り咲きを望み、台湾との協調姿勢をとらない可能性もあり、注意が必要だ。

例えば、TPPやRCEPなど広域FTAへの台湾の参加を中国が是認するとは考えにくく、関係諸国は中国との関係悪化を恐れて台湾の交渉参加を認めることができないと思われる。

このことはTPP交渉とRCEP交渉に参加する日本にとっても影響が出てくる話だ。

特に台湾はエレクトロニクス産業を得意としており、日本にとってライバルであると同時に良き取引先でもあるだけに、総統選とその後の台中関係の行方は要注目と言える。

(フィリピン大統領選挙:改革路線継承なるか)

フィリピンでは、5月9日に大統領選(6年に1度)と上下院議員(3年に1度)、そして全国で地方選挙が実施される。

フィリピンでは政党間で基本的な政策の違いはなく、また大統領選挙後には権限の集中する大統領の所属する政党に多くの野党議員が移ることで、大与党が形成される。このため、どの政党であるかは選挙でほとんど意味を持たず、大統領選は「人気投票」とも言われている。

有力候補はグレース・ポー上院議員、ジェジョマル・ビナイ副大統領、マヌエル・ロハス前内務・自治相、ロドリゴ・ドゥテルテ現ダバオ市長であり、4名での混戦となっている。

直近の世論調査(SWS調べ)によるとポー氏とビナイ氏が国民の支持を集めているが、ポー氏は12月に選挙管理委員会から「10年間の国内居住」や出自が不明で「生まれながらのフィリピン人」とする候補者要件を満たしていないと決定され、このまま失格となる可能性が高そうだ。

注目されるのは腐敗・汚職の問題だ。フィリピンは、2009年の汚職腐敗指数(Transparency International公表)が世界139位と、ビジネス環境が最悪の水準との評価が下されていた。

このため同国は日本や米国からの投資を呼び込むことができず、マレーシアやタイなど周辺国と比べて成長が遅れていた。

しかし、2010年に就任した現ペニグノ・アキノ3世大統領が汚職撲滅とインフラ整備に取り組み、2014年には汚職指数が世界85位(*1)まで改善した。結果、海外からの投資が増加し、成長によって増加した税収をインフラ開発に充てて更なる経済成長へと繋げていった。

また同時に財政再建も進めたことからフィリピン国債の格付けが2013年5月に「BBBマイナス」の投資適格級(米大手格付け会社S&P社)を取得した。

このような経済の好循環によって現在フィリピンは高成長期(2012-14年の実質GDP成長率は平均6.6%増)を迎えていることから、新大統領候補の腐敗・汚職に対する姿勢は海外投資家から高い注目が集まっている。

アキノ大統領が後継を指名されたロハス氏は現在の汚職撲滅・経済改革路線を引き継ぐものと期待されているものの、支持率は3位と伸び悩んでいる。

一方、支持率トップのビナイ氏はマカティ市長時代の汚職疑惑を多く抱えているほか、低所得者へのばら撒き型の政策が目立つ。

外資系企業を呼び込み、雇用を生み出すことで所得格差を是正する現政権の経済政策の継続性を同氏に求めるのは難しそうだ。

また支持率4位のドゥテルテ氏は、ダバオ市の治安改善のために犯罪者を闇で殺害するといった強硬的手段を取るような人物であり、国政や外交など一国のリーダーとしての資質に疑問が投げかけられている。

アキノ政権の汚職対策をはじめとする改革路線が継承されるのか。フィリピンは、近年労働コストが高まった中国に代わる生産拠点としてベトナムとともにチャイナ・プラスワンとして日系製造業から熱い視線を集めているだけに、5月の大統領選挙には注目だ。

アジア新興国で産業高度化に成功した国は、いずれも積極的な外資誘致政策を通じて地場産業を育成してきた。現在、外国企業がビジネス環境の改善を特に期待する国は、フィリピンに限らずミャンマーやインド、インドネシアなど多く存在している。

しかし、各国はビジネス環境整備の重要性を認識しつつも財政的な余力の乏しさや総論賛成・各論反対の規制改革など歩みは遅い。

従って、選挙結果はもちろんのこと、その後の経済政策の進捗を見ていくことも重要だろう。

(*1) 汚職腐敗指数(2014年)は、日本が15位、韓国が43位、マレーシアが50位、タイが85位、中国が100位、インドネシアが107位。

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(2015年12月29日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

経済研究部 研究員

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