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Nobuko Oyabu Headshot

外国につながる子ども達が自己表現できる場を――浦島花子が見た日本

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最初から言わせていただくと、この投稿は寄付のお願いです。--――というと、ここから先読んでもらえないかもしれない。

でも、これから否が応でも進んでいくであろう多文化共生社会に興味がある、特に子ども達のために何かしたい、そして外国人であってもなくても、自らが何らかの形で外国につながっている人には、是非最後まで読んで、ご協力や拡散をお願いしたい。

今年の1月に「横浜インターナショナルユースフォトプロジェクト」なる写真プロジェクトについては、こちらにも書かせていただいている。

http://www.huffingtonpost.jp/nobuko-oyabu/picture-this_b_14142898.html

これは、外国につながる中高生にカメラを持たせ「彼らの横浜」を写すことで、国際都市といわれる横浜の姿を内側から紹介すると同時に、写真を自己表現とコミュニケーションのツールとして学んでもらい、表現の枠を広げてもらうことを目的に実施した。

私自身、人生半分以上をアメリカで外国人として暮らした。最初は英語がわからず当然苦労した。母語ですら、自分の言いたいことや気持ちを表現することが難しい人は多いだろう。それを外国語でやれといわれたら、最初から「無理です」とならないだろうか。

私はアメリカでそれを強いられた。日本に移民してきた外国人の人たちは、それを日々強いられている。しかも、生きる上で、そこから逃げることはできないのだ。

いくら行政が「やさしいにほんご」を推進しても、本心を外国語(外国人にとっての日本語)で伝え合うのは難しい。

もっとも、住んでいる国の言葉をしゃべる、又はしゃべる努力をすることは必要だし、ある意味礼儀というものかもしれない。

今となっては、アメリカで生きるために鍛えられた外国語力は、私の人格の大事な一部となり、海外で生活する中でできた友達は、かけがえのない宝物である。

今、日本各地で、外国につながる子ども達の学習支援という、大切な活動が広がっているのはありがたい。私の子どもも、地域の学習支援には大変お世話になっている。

そんな学習支援教室は、ただ日本語での授業についていけていないところを補うだけではない。外国につながる子ども達が、素でいられる場所として、とても重要な役割を果たしている。

でも、学習支援の他にも、素でいられる場があってもいいのではないか。勉強嫌いだった花子は、そんなチョイスの少ない外国につながる子ども達にどうも同情してしまうのだ。

例えば、日本の中高生には、部活をする選択がある。外国につながる子ども達の中には、言葉に自信がない故に、部活に入っていけない子も存在する。

昨年の「横浜インターナショナルユースフォトプロジェクト」には、そんな子どもたちもいた。月2回のペースで行う「クラブ活動もどき」に、目を輝かせてやってくる。憧れの部活動だったのか、または、苦手な勉強をする以外に素でいられる場所を見つけた、そんな感じだろうか。

今年も、この写真プロジェクトは8月からスタートする。外国につながる子ども達が、プロジェクトの始まりを楽しみに待っている。

やっと本題に入りたい。

現在、この写真プロジェクトのためにクラウドファンディングを行っている。私ものんびりしていたのが悪いのだが、このクラウドファンディングの締め切りが1週間を切って5月31日(水)までとなり、未だ50%も集まっていないことに花子は焦っている。大変焦っている。

そこで、この場をお借りしてお願いしたい。

外国につながる子ども達が、表現する場を得ることで、自分と向き合い、自己肯定感を育み、これからこの社会の一員としてしっかり歩んでいくための活動にご協力いただけるかたは、是非、下記リンクよりご支援をお願いします。

https://readyfor.jp/projects/internationalyouthphoto

ついでに、来年1月に横浜の港の観光地「象の鼻テラス」で行う展覧会にお越しくださり、子ども達の声を実際に見て聞いてください。

どうぞよろしくお願いいたします。