東レ会見での“ネット掲示板書き込みへの言及”で重大局面を迎えたデータ改ざん問題

東レという個別企業のみならず、日本企業全体にも"重大な影響"を生じさせることになりかねない。

東レは、2017年11月28日に都内で会見を開き、子会社の東レハイブリッドコード(THC)が、タイヤの形状を保持する補強材のタイヤコードや、自動車のブレーキホースやベルトに用いられる補強材等の一部の製品の品質データを書き換えて出荷していたと発表した。

この東レ子会社の検査データの改ざんは、経団連会長の榊原定征氏が、不正が行われた期間、東レの社長・会長を務めていたこと、同氏が、その直前に表面化した三菱マテリアルの検査データの改ざん問題について「日本の製造業に対する信頼に影響を及ぼしかねない深刻な事態だ」と批判していたこともあって、一層注目を集めることになった。

それ以上に驚いたのは、同社の日覺昭廣社長が、今回、この問題の公表に至った経緯について、記者会見で、「今月初めに、ネットの掲示板で書き込みがあり、問い合わせを受けた。正確な情報を流すべきだと思った。」「神戸製鋼所のデータ改竄問題がなければ子会社のデータ改ざんも公表しなかった。」などと説明したことだ。

記者会見とほぼ同時刻に公開された週刊文春のネット記事でもこの問題を報じており、不正の公表に至る経緯には様々な動きがあったはずだが、公表に至った原因として説明されたのは、「ネット掲示板への書き込み」だった。このような公表の原因の説明は、今後のデータ改ざん問題の展開や関与社員の行動に"重大な影響"を与えることになりかねない。

昨年(2016年)8月に、【「カビ型行為」こそが企業不祥事の「問題の核心」】(日経BizGate「郷原弁護士のコンプライアンス指南塾」)で、鉄鋼メーカーが水圧試験のデータを偽装していたことが発覚した"ステンレス鋼管データ捏造事件"や、マンション建設の際の杭打ち工事のデータ偽装が業界全体に蔓延していたことが明らかになった"マンションくい打ちデータ改ざん事件"などの重大な不祥事事例を「カビ型行為」として紹介し、内部監査、内部通報窓口の設置等の通常のコンプライアンス対応による発見が困難であること、組織内での自主的な自浄作用を働かせることが難しいことを指摘した。

そして、今年10月以降、日産自動車、神戸製鋼等で不祥事が相次いで表面化したことを受け、【日産、神戸製鋼...大企業の不祥事を読み解く(前編)】【日産、神戸製鋼...大企業の不祥事を読み解く(後編)】では、改めて、それらのデータの「改ざん」や「偽装」などが、人的、時間的「拡がり」を持つ典型的な「カビ型行為」であることを指摘した。その中でも述べたが、多くの大企業、特に、素材、部品メーカーでは、検査数値より、確立された製造工程とブランドに相応の信頼があるため、検査数値の多少のブレは、顧客との暗黙の了解の下に、「数値の調整」が見過ごされてきたというのが、おそらく、多くの「データ改ざん」の実態だと考えられる。

しかし、「法令遵守の徹底」「偽装・隠ぺい・改ざん・捏造」への批判が「水戸黄門の印籠」のように世の中を席巻する昨今の「過剰コンプライアンス社会」では、「形式上の不正」であって実質的な安全性、品質に影響がなくても、「データ改ざん」それ自体が厳しい批判非難の対象となる(拙著【思考停止社会~遵守に蝕まれる日本】講談社現代新書:2009年)。それに伴い、過去から製造現場で恒常的に行われていた「改ざん」「偽装」が「隠ぺい」されることで不正が連鎖し、潜在化し、「カビ」として企業組織の末端ではびこることになる。そして、この「カビ型不正」は、巧妙に隠ぺいされるため内部監査では発見できず、関与している従業員の側にメリットもない内部通報も機能しないため、多くは、マスコミや監督官庁への内部告発によって表面化する(最近では、日産自動車の無資格検査問題が、検査員の名義の「偽装」で隠ぺいされていることが監督官庁への内部通報によって発覚したと推測される)。それによって、社会的批判・非難が一気に高まり企業に重大なダメージが生じる場合もある。

データの改ざん・偽装等の行為は、今なお、多くの大企業の現場で潜在化しているとの前提で対応すべきであり、企業にとっては、それを、どのように把握し、どのように解決し、世の中に説明するかが重要な問題となっている。

そうした中で、今回、東レ子会社のデータ改ざん問題に関して、記者会見で、「ネットの掲示板への書き込み」があったことが公表の理由と明言されたことで、これまで、多くの企業の製造現場でデータ改ざん等の「カビ型不正」に悩まされてきた関与社員に、「2チャンネル等の匿名掲示板への書き込み」という、有力な問題表面化の手段が提供されることになった。

経団連会長出身企業がそのように理由を説明して問題の公表を行った以上、他の企業も、今後データ改ざん等の具体的事実が掲示板に書き込まれる都度、同様の対応をせざるを得ないことになる。今なお、企業の製造現場で潜在化していると考えられる「カビ型不正」を抱える日本の大企業、特に素材、部品メーカーにおいて、今後、データ改ざん等の情報のネット掲示板への流出が相次ぐことで、その都度、経営トップが謝罪会見に追い込まれるという最悪の事態になりかねない。

記者会見で、「掲示板書き込みが問題公表の原因」であることを率直に認めた東レの日覺社長の姿勢は大変誠実で正直であり、経営トップの対応として評価すべきであろう。しかし、一方で、「カビ型」の、安全性に問題のない「形式的不正」としての「データ改ざん」が、世の中から厳しい指弾を浴びる「改ざんドミノ」とも言われる異様な社会情勢の下で、その「正直さ」が、東レという個別企業のみならず、日本企業全体にも"重大な影響"を生じさせることになりかねない。

掲示板への書き込みが公表に至った最大の原因だったとしても、「当社子会社のデータの改ざんは把握しておりましたが、お客様にも説明して了解を得ておりますし、安全性にも影響がないことから公表の必要はないものと考えていました。しかし、神戸製鋼所の問題等への社会的批判が高まっていること、マスコミ報道や、ネット情報等によって、問題が表面化する可能性も十分にあることなどから、自主的に公表するのが適切と考えるに至ったものです。」というような、「当たり障りのない説明」でごまかす「役人的したたかさ」で対応することも可能だった。そうしていれば、「掲示板への書き込み」に注目が集まることはなかっただろう。

では、企業として、このリスクにどう対処したら良いのか。方法は2つある。

一つは、そのような「カビ型不正」を把握するために最も有効な手段である「問題発掘型アンケート」(【「カビ型行為」対策の切り札、"問題発掘型アンケート調査"】)を緊急に実施することで、不正に関わっている社員の「匿名情報」を、ネットの匿名掲示板ではなく、アンケートの自由記述の方に集めるようにすることだ。

そして、もう一つは、「カビ型不正に対する社内処分についてリニエンシーを導入する」こと。つまり、期限を設定し、それまでに、「カビ型不正」を自主申告した場合には、社内処分を免除するが、期限後に発覚した不正に関わっていたことが判明した場合には、申告の過怠も含め厳正な社内処分を行うことを告知するという方法だ。この場合、「形式的不正」の範囲であれば社内処分の免除を「確約」する必要があり、それには取締役会決議が必要となろう。

いずれにしても、多くの日本企業に、安全性に影響のない「データ改ざん」などの「カビ型不正」問題で重大なダメージを受けないようにするために、迅速な対応が求められている。

(2017年11月29日「郷原信郎が斬る」より転載)

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