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「共謀罪」 議論の封殺の荒技を前に思うこと

2017年06月15日 19時25分 JST | 更新 2017年06月15日 20時04分 JST

恐ろしいことが起きています。

共謀罪は、会期末を控えた国会で、6月14日に参議院で自民党が、「法務委員会質疑を省略して『中間報告』により本会議で採決したい」と民進党に提示したことからにわかに緊迫しました。夜には、衆議院で内閣不信任案が提出され、参議院本会議は朝まで開催され、今朝、自民党・公明党・日本維新の会等の賛成多数で「可決・成立」したと伝えられています。「良識の府」と呼ばれた参議院の「問答無用」の議論封殺は、議会の価値をおとしめる国会の歴史にも残る卑劣なものだと感じます。

6月13日午後、参議院法務委員会での採決の可能性を否定しない与党側に対して、野党は金田勝年法務大臣の問責決議案を提出し審議を止めました。この時は、翌日14日の参議院本会議で問責決議案を否決した後、共謀罪の強行採決に踏み切るのではないかとの観測が流れていました。14日に連続してツイートした文面を追っていきます。

ただし、国会の小幅延長の可能性があるとも報道されていました。加計学園に関する問題に火がついて、調査を約束したもののその結果を出さなければならず、この内容を野党に追及されたくないとの判断もあり、会期延長なしという見方もありました。黒を白と言い続けて、誰が見ても黒だという状態になっても認めない強引さや、手順も論理も飛ばして自己都合最優先の国会運営ができるのはなぜだろうか。

安倍政権の下では、閣僚や議員の不祥事や、乱暴な強行採決があっても、高い支持率には一時的にしか影響せず、森友学園や加計学園では深い霧がたちこめたままに推移してきました。

会期末に残る「共謀罪」は参議院法務委員会での強行採決かと思われましたが、歯車は別の方に回り始めました。法務委員会はパスするというものです。

「共謀罪」、今日中の成立図る 野党は内閣不信任案の提出で対抗(2017年6月14日15時13分)

「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法改正案をめぐり、自民党は14日、民進党に対し、参院法務委員会での審議を打ち切って本会議で直接採決する「中間報告」を同日に行うことを提案した。与党は同日中に「共謀罪」法案を成立させる構えだ。成立阻止をめざす民進など野党4党は午後、安倍内閣に対する不信任決議案を衆院に提出する。

このニュースを聞いて、背筋が寒くなりました。会期延長しないためには手段を選ばない...しかもただの法案ではありません。国民生活の中に語り、計画を共有しただけで「277もの共謀罪」が創設されるという内容を、いかなる手段を使っても成立させようとする...この常軌を逸したやり方に凍りついたのです。しかも、「数の力」は国会延長をしたところで次の選挙まで続きます。議論を継続することは十分にできたはずです。与野党が対決する重要法案で「委員会質疑」を省略して、委員長が「中間報告」をして、いきなり本会議採決に臨む等、「異例中の異例」に他なりません。

カジノ法案では、衆議院での短い審議で与党議員が「般若心経」を披露したことが問題となりました。国会は、「数は力」「多数の意見がすべて」であれば、法案審議は不要だという暴論にもつながります。11年前の小泉純一郎政権も圧倒的多数の与党の議席を持っていましたが、私も含めた当時の野党の論戦と、世論の高まりを受けて、小泉総理自身が立ち止まり廃案になりました。国民を縛る刑法体系の抜本的な変更を抑制する力は、当時まだあったのです。

「東京都議会議員選挙への影響」を懸念しているのであれば、当時の小泉純一郎総理のように立ち止まればいいのだと思います。今回のように強引で議論を封殺するような「共謀罪」の制定はどのように受け止められるのでしょうか。むしろ、都議選のテーマに共謀罪をめぐる強引な政権運営が、浮上してきたのではないかと思います。

「策士策に溺れる」という言葉があります。「中間報告」をめぐる見え透いた舞台裏が報道される中で、「強行採決以上の議会での議論封殺」が、はたして、都議会議員選挙に何かプラスになるのでしょうか。しかも、投開票日は7月2日なのです。これは、有権者・都民が試されていると思います。ついに朝になり、ニュースが流れました。

「特定秘密保護法」(2013年)、「安保法制」(2015年)、そして今回の「共謀罪」(2017年)と安倍晋三政権は、隔年ごとに強い世論の反発と、野党の抵抗を押し切って「数の力」を行使してきました。その間の国政選挙では、経済政策を前面に出して、強行採決を続けた法案を大きく訴えてはきませんでした。ただ、今や大きな変化は「憲法9条」に第三項を加えるという改憲案の実現を、「政権のゴール」と見据えてきています。しかも、今後の「数の力の行使」には、躊躇なき政権です。

政治は言葉で主張し、言葉で反論し、互いに議論する場です。その言葉と言葉の熾烈な衝突や巧みなやりとりが与野党の間であってこそ、議会が機能していると言えます。ところが、「数の力が全て」「議論は不毛」というのでは、議会制民主主義は自壊をたどり、国会崩壊に至ります。政治が言葉を捨てた時、社会のタガが外れていくという歴史を、私たちは戦前の国会で教訓としてきたのではなかったのかと思います。

最近、税理士の方から相談を受けたことがあります。取引先や依頼者との相談で助言したことが「組織的犯罪」と見なされ、捜査当局から摘発される可能性はないのでしょうか? という不安の声でした。277の共謀罪の中に企業の経済活動や税にかかる犯罪も含まれています。金田法務大臣なら「心配はありません」と答弁するのでしょうが、法文上「テロ集団に限る」等の限定がないので排除されていないということです。

「これからは下手な冗談も言えない」「共謀罪の嫌疑をかけられないように気をつけろ」等の会話が始まりそうな風潮に危機感を覚えます。こうして、人々が無難な会話以外、誰が聞いているかわからないと萎縮をし始めたら、「共謀罪効果」ははかりしれないものとなります。

自由や権利は使わないと錆びついていきます。自由な言論や表現が繰り返し語られていてこそ、土台は固まってきたのです。今は、どんどん発言し、萎縮を遠ざけ、自由な言論と表現を行使していくことで、「共謀罪効果」の方を最小化し、共謀罪法の再改正の時期を早く実現するべき時です。

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