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「改憲の入口」は「緊急事態条項」という罠

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SHINZO ABE
ASSOCIATED PRESS
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年明け早々から、参議院選挙のテーマは「改憲」であると、安倍首相は自ら争点設定を急いでいます。1月4日の年頭記者会見で「今夏の参院選で改憲を争点にする考えを表明」(東京新聞) しただけでなく、1月10日放送のNHK番組でも、自民・公明の与党に加えて「おおさか維新の会」等を合わせて「3分の2」の改憲議席を狙うと表明しました。
安倍晋三首相は10日のNHKの報道番組で、夏の参院選について「自公だけではなく、改憲を考えている責任感の強い人たちと、3分の2を構成していきたい」と述べた。自民、公明両党のほか、おおさか維新の会など憲法改正に積極的な政党を合わせて、憲法改正の発議に必要な3分の2の議席確保をめざす考えを示したものだ。(朝日新聞2016年1月10日)

昨年の安保法の強行採決後、議論の場となる国会を開かずに、低下した内閣支持率の反転を意識して「次は経済だ」と安倍首相が呼号してきたのが、「一億総活躍社会」でした。「女性活躍」に続いて、今度は「総活躍」です。

「女性活躍」という言葉の飲み込みの悪さは、客観的評価を誰がするのかが不明であることにもありました。「一億総活躍」と対象が広がると、ますますその感を強くします。... そもそも「活躍」とは何でしょうか。物事に秀でていたり、傑出した業績をあげたり、地道な努力を実らせたり、他者から見て評価できるという場合に使う言葉です。「総活躍」とは「全員が活躍する社会」という意味になり、裏を返せば「非活躍者ゼロの社会」となります。ありえない話です。 (「一億総活躍」と「みんな違ってみんないい」2015年10月6日「太陽のまちから」)

安倍首相は安保法強行採決の余韻を消すようにして、内閣改造と共に「一億総活躍社会」をスローガンとして「新3本の矢」を打ち出しました。「希望を生み出す強い経済〜GDP600兆円をめざす」「夢を紡ぐ子育て支援〜希望出生率1.8」「安心につながる社会保障〜介護離職ゼロ」はどれも重要なテーマですから、秋の臨時国会で十分に議論する時間はありました。

ところが、「新3本の矢」が根拠薄弱な願望であることは明らかでした。安倍首相の「夢」実現にいたるプロセスも、制度改革も、財源も示されていないことから、「議論」に耐えるレベルの政策ではありません。「GDP600兆円」の目標を掲げることは国民を幻惑するだけです。IMF(国際通貨基金)の国別名目GDP比較では、日本すでに27位の中位に落ちています。

非正規労働が蔓延する貧困・格差の是正と、長時間労働の禁止等の労働政策を推進しないで、「希望出生率」を語る資格はありません。介護報酬の切り下げで、介護職の勤務条件の改善は見られず、福祉専門学校には学生が集まらなくなっています。「介護離職ゼロ」の前に、「介護職場からの離職ゼロ」を集中目標にすべきです。

それでも、戦時国家体制を彷彿とさせる政権戦略よりも、経済政策・社会政策・福祉政策に力を入れるという方向は国民の関心にも合致しています。政治とは、粘り強く現実に向き合い、法制度を見直して、国民生活の改善をはかる仕事です。これが大事だということは意識していても、政策執行に身が入らないのが現在の安倍首相ではないでしょうか。

「安倍首相の悲願である改憲」と書くメディアがありますが、冗談じゃないと思います。国民の悲願はどこへ行ったのでしょうか。そもそも、内閣総理大臣は専制的支配者でも、絶対的統治者でもありません。有権者によって託された政治の現場で、「国民の悲願」の成就に最優先で取り組む政治であることが必要だと、私が出会った90年代後半の自民党の重鎮たちはよく理解していたと思います。

しかも、安倍政権は「衆参ダブル選挙が可能な日程」をチラつかせて、準備の整わない野党側に揺さぶりをかけています。加えて、ちょっと待ったと言いたいのは、フランス・パリでの同時多発テロ事件や北朝鮮の核実験を奇貨として、憲法に「緊急事態条項」がないことが改憲の焦点に浮上していることです。

改憲が争点に 緊急事態条項は許されない [琉球新報]社説 2016年1月9日 

昨年の国会で首相は緊急事態条項を憲法に創設したい考えを示しており、与党もそれを軸に改憲論議を進める構えだ。

確かに衆院・参院の任期満了選挙が災害で実施できないことがあれば、政治空白が生まれる可能性はある。だが自民党が4年前にまとめた憲法改正草案では、緊急事態宣言で内閣は法律と同じ効力を持つ政令を出せることになっている。国民の私権制限も一方的にできる。戒厳令そのものだ。そうなれば政権はまさに万能である。民主的政体も立憲主義も完全に霧消する。断じて許容できない。


ヒトラーのナチスが、国会議事堂放火事件を契機に緊急事態を理由にした全権委任法(1933年)を成立させ、ワイマール憲法が保障していた国民の諸権利を「永久停止」させて独裁政権を樹立したことを歴史の教訓にしなければなりません。「緊急事態」に特別な統治状態をつくることが、「憲法の一時停止」を生んで、民主主義を崩壊させる契機になる危険があることは十分に議論しなければなりません。

日本国憲法には、解散・総選挙によって、衆議院議員不在の政治空白を埋めるために、「参議院の緊急集会」を制度化しています。長谷部恭男教授の発言に注目しました。

改憲の「初手」? 緊急事態条項は必要か 長谷部恭男×杉田敦「考論」(朝日新聞2016年1月10日)
憲法に緊急事態条項を新設する意味があるのは、最高裁の判例が現在認めている以上に、国民の基本的人権を制限する権能を、政府や国会に与える場合だけです。

しかし、それはまさにドイツのワイマール憲法が採っていた制度で、ナチスに悪用されたことは周知の事実。緊急事態を理由に停止された基本的人権は元には戻りませんでした。 (中略)

憲法54条には「衆議院が解散された時には、参議院は同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要がある時は、参議院の緊急集会を求めることができる」とある。それで十分だというのが憲法制定者の理解だったと思います。緊急事態に際して法律をつくる必要があるなら国会を召集する、衆議院が解散している場合は参議院の緊急集会で対応すればいいと。

「改憲」の入口として、政治空白を埋めるために「緊急事態条項」を課題にするのだとすれば、そもそも参議院議員半数の改選にぶつけて解散・総選挙を打つ「衆参ダブル選挙」が話題にのぼること自体が二律背反です。「集団的自衛権行使可能」の論拠として、一言も「集団的自衛権」に言及していない「砂川判決」を持ち出した非論理性をふりかえれば、このぐらいの矛盾には国民は気づかないはずだと見くびってはいないでしょうか。

「一億総活躍」から「一億総動員」に転じるような歴史の逆行を許さないために、「緊急事態条項」の議論は大いに掘り下げる必要があります。衆参両院での補正予算・本予算審議で、「緊急事態条項」を自民党がどのように考えてきたのかを検証し、安倍首相の基本姿勢を正す必要があると感じます。「危機管理体制の強化」は一般的に多くの人の了解を得ることが可能なテーマですが、「憲法の空白」を逆手にとった統治者の手で、自由自在に「国民の権利」「基本的人権」が制約される社会は、誰も望んでいません。

憲法を捨てるのか、生かすのか。これが今夏の参議院選挙のテーマだとすれば、安倍首相は自ら目の前に高いハードルを置いたことになります。「国民の悲願」を実現するために政治があることを見せつける結果を生まなくては、と強く思います。