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参議院選挙と「ポスト舛添劇場」に問われるもの

2016年06月21日 16時45分 JST | 更新 2017年06月21日 18時12分 JST
TORU YAMANAKA via Getty Images
College students raise their arms and shout at the start of a job hunting ceremony in Tokyo on February 8, 2011. Some 1,500 students, who will graduate from schools in March 2012, attended the annual ceremony to encourage themselves to look for jobs. AFP PHOTO / Toru YAMANAKA (Photo credit should read TORU YAMANAKA/AFP/Getty Images)

6月22日、参議院選挙が公示されます。辞任した舛添要一前都知事の政治資金問題をめぐる「舛添劇場」とも呼べる集中豪雨的報道は、「参議院選挙」を厚い雲で覆い隠し、遠ざける効果さえ持ったかのように見えます。ニュース番組では、参議院選挙まで1週間を切っているのに、「舛添問題」のみをクローズアップしながら、参議院選挙の報道はないに等しいという状況が続きました。雲の切れ間で、ほんのひととき「甘利明前経済再生担当大臣不起訴へ」というニュースもありました。

長い間、続いてきた「舛添都知事問題」の集中的な報道の影で、甘利前経済再生担当大臣は、完全に隠れたと言っていい。それどころか、1週間後に迫った参議院選挙の報道も皆無に近い状況が続いたことは危機的だと思う。18歳選挙権で新有権者に「政治に興味を持て」と言う大人から見ても恥ずかしい状況だ。(6月15日のツイート)

安倍政権は、メディア規制にかけては「電波停止」(高市総務大臣)さえ否定しない強権的な姿勢で、「国境なき記者団」による「報道の自由度ランキング」でも世界72位という低い評価を受けています。安倍政権や安保法に批判的なニュースキャスターが次々と降板し、今回の参議院選挙への心配は「史上最短の報道時間」になることでした。政権中枢にいた甘利前大臣の雲隠れを論詰することもなく、自民党離党という過去の行状もある「舛添都知事」なら遠慮なく叩けるといういびつな構造だったのでしょうか。

そして、18歳選挙権です。少年少女の頃、どのような気持ちだったかを思い出して下さい。もともと、「政治家」のイメージや信頼度は極端に低い上に、繰り返された「舛添劇場」の報道によって、どんな心象が生まれるのかは容易に想像できることでしょう。「政治は汚くて、誰がやっても同じ」「政治家の言うことは信用できない」「自分の私利私欲にしか興味がない人たち」というネガティブな感覚が生まれていたとしても、誰が若者たちを責められるでしょうか。

参院選「必ず行く」55%、18~29歳21%

「18歳選挙権」が導入される今回の参院選は、投票率の行方が注目される。しかし、調査では全体的に投票意欲や関心が下がっており、投票率の低下が懸念される。

 調査の数字を年代別にみると、「必ず行く」と答えた人は、18~29歳で21%にとどまり、年齢が若いほど低かった。「関心がある」とした人は70歳以上で83%に上る一方、18~29歳では56%だった。(読売新聞 2016年6月20日)

18歳から29歳までの有権者で参議院選挙に「必ず行く21%」「関心がある56%」という結果は、日本の政治参政権の歴史上初の「18歳選挙権」実現を目に前にした数字としては、低くて冷え込んだ数字です。

「18歳選挙権」がうながす「若者政策の可能性」

小学生から中学生にかけて、また高校生から大学生へと成長するに従って、日本の子どもたちは自己肯定感が低くなり、自分の意見を主張せずに他者の意見に同調することを優先して、抑制的にふるまうようになってはいないかと問いかけました。

この点は、先にふれた「18歳選挙権」と深く関わっています。選挙権年齢の引き下げは、若者の政治関心を呼び起こすでしょうか。20歳以上の若者の政治的関心が低いままでは、18歳・19歳の新有権者の関心が跳ね上がるのは難しいようにも思います。(2016年6月20日)

「18歳選挙権」を導入しても、10代の新有権者も含めて、20代の投票率が従来通り低いままだと、政治と若者の距離はますます開いていきます。世界各国では「若者政策」が議論されています。教育、雇用、社会保障と不安定な若者の状況を打開するために、各政党が政策を競います。私も、自治体の現場で「若者政策」を展開しています。若者の政治参加が広がれば、若者政策の不毛地帯だった日本の政治にも「若者政策」が根付いていき、若者が投票に背を向ければ、「若者政策」は政治テーマから周辺に追いやられます。

参議院選挙の公示日を前に、9カ月前の「安保法の採決」を思い出します。私の耳によみがえってきたのは、永田町にいた当時の与党議員の常套句、「反対が多くても、国民はやがて忘れる」というささやきでした。閣議決定で憲法違反を押し通し、安保法を強行採決したのは9カ月前のことでした。「舛添劇場」の騒ぎの下で覆い隠されている出来事を思い出してみましょう。

安保法成立、「国民はやがて忘れる」永田町伝説が崩れ去る日を

与党国会議員の間で、語り継がれている経験則があります。「どんなに反対の声が強まっても、数カ月すれば国民は忘れてくれる」というものです。来年7月の参議院選挙の頃には、「記憶の断片」と収縮していくので影響は限定的だと、みずからに言い聞かせている言葉のようにも受け取れます。

ところが、これはどんな時にもひっそりと永田町に棲息してきた「伝説」だったのですが、今回は活字となり、テレビで報道されています。これは、これまでになかったことです。深夜に「採決」が伝えられた国会前でも、「選挙に行こう」というコールが響きわたっています。(2016年9月21日)

今回の参議院選挙では、全国32選挙区で「野党統一候補」が擁立されます。安倍首相や与党幹部は、全国の遊説で「憲法改正」を封印しています。参議院選挙で「3分の2を獲得して、憲法改正に向かいます」と主張しないままに、またしても「アベノミクス」「経済」を正面に掲げる作戦です。そして、「特定秘密保護法」や「安保法」がそうであったように、議席を獲得したとたんに「国民の信任を得た」として批判に耳をかさないで、改憲への道を強引に開こうとするのが安倍首相の手法です。

舛添前知事辞任にともなう東京都知事選挙は、7月14日告示、7月31日投票の日程で行われます。2012年12月、石原慎太郎知事の任期途中辞任により行われた都知事選挙で猪瀬直樹知事が当選したものの政治資金問題により1年で辞任、2014年1月の都知事選挙で当選したのが舛添前知事だったということになります。なんと、3年半で3回の都知事選挙が続くことになります。しかも「舛添劇場」の「続編」という要素もあり、東京都民のみならず、全国の参議院選挙の動向に大きな影響を与えることになります。

舛添前知事の選挙中のキャンペーンは、「高齢者福祉」「介護」「待機児童」など、暮らしに身近なテーマでしたが、「舛添方式」と後に呼ばれるような政策フレームの構築はできませんでした。同じ世田谷区にいながら、待機児童問題で意見交換したり、共に政策を議論し制度設計できなかったのは残念としか言えません。一方で、田村憲久前厚生労働大臣は世田谷区内の保育園と待機児童の状況を見に来ただけでなく、その後に厚生労働省の幹部レベルとも実務的な意見交換を積み上げています。

ただし、舛添前知事は就任後、世田谷区内のサービス付高齢者住宅とディケアセンターの視察に来ています。テレビで「高齢者施設視察ゼロ」というのは間違っています。約1時間、舛添前知事の視察に同行しました。今日の東京では、保育園はもちろん高齢者施設も、立ち上げていく仕事は主に基礎自治体である区の仕事になります。知事の仕事は、それぞれの現場が抱えている問題点を読み取り、共通の制度改善をはかる仕事になります。厚生労働大臣として活躍した舛添前知事の経験に、私も期待をしていました。

新しい知事には、介護や福祉、保育の現場で働く人の賃金を底上げし、企業が長時間労働で労働者を縛り上げる労働現場・雇用環境を改善するという大きな課題があります。とりわけ待機児童問題は、首都圏も含めた「東京問題」と言ってもさしつかえない都市部特有の問題です。国の雇用政策を眺めているだけでなく、東京から「働き方を変える」ぐらいの思い切った政策が必要です。

政治とは希望を紡ぐ仕事です。そして、現実を少しでも改善し、結果を出していく仕事です。ポジティブな政治の姿が見えてくれば、そうだったのかと若者たちが覚醒し、「動かない政治」「変わらない社会」を揺さぶる投票行動に参加するはずです。私たち大人の責務は、汚濁にまみれた政治の旗をきれいに洗うことにあります。